~それぞれの夏休み 1~

「あーあ…プール行きたかったな…。コウキ兄…許さないんだから…」


「…有薗さん?どうかした?」


「え?あ、ううん。何でもないよ。気にしないで」


 すぐに笑顔を作って楽しんでいることをアピールする。せっかく友達とお祭りに来ているのに、私の機嫌で台無しにするわけにはいかない。

 まあ私が行きたかったのは祭りじゃなくてエツジさんたちとのプールなんですけどね?


「意外と賑わってるね」


 境内に並んだ出店を見ながらそう言ったのは隣を歩く同級生の信濃しなのウタ君。

 「そうだね」と会話に応じてみるが、私の頭の中はプールに行けなかった未練と兄への怒りで埋め尽くされてそれどころではない。


 兄がプールに行こうと提案した時、私もその場にいたのでメンバーに含まれていると思っていた。だが兄は私の部活がある日に日程を合わせて、私が参加できないようにした。兄妹でプールに行くのを恥ずかしいと思ったのだろうけど、私からすれば兄が一緒だろうと、エツジさんと一緒にプールに行けるのであればどうでもよかったのに。


 私は兄の影響で男子サッカー部のマネージャーをしている。本当は男子バスケ部のマネージャーが良かったのだけど、三年生の部活期間は短いこともあってそこは詳しい方のサッカーを選んだ。

 今日も夕方までマネージャーとして部活に参加し、帰ろうとしたところ近くで祭りがあるから一緒に行こうと誘われて会場の神社に来ているというわけだ。あまり気乗りはしていなかったが、同じくサッカー部でマネージャーをする同級生の安藤あんどうアユミの頼みということで行くことを決めた。

 なんでも、サッカー部に気になる男の子がいるのに、2人で行こうとは誘えなかったようだ。そこでグループなら誘いやすいと私と信濃君が声をかけられたみたいだ。


「あの2人、どこ行ったんだろう?」


「さあ?案外2人で楽しんでるかもね」


 大元となった2人とは会場を歩いている内にいつの間にかはぐれていた。偶然かわざとなのかはわからないけど、事情を知っている私は気を利かせて探そうとはしなかった。会場もそこまで広くないし、歩いていればいずれ合流できるであろう。

 信濃君も最初は合流しようとしていたが、今は探そうとしていない。申し訳ないがもうしばらく私と2人で我慢してもらおう。




 ぐるっと一周回っても合流しなかったので、疲れた私たちは人のいない場所に移動して休むことにした。茂みに少し入ったところに丁度良いベンチがあったのでそこに座った。


「あの2人、上手くいったかな」


 信濃君も途中で気づいていたようだ。


「だといいね。お祭りの雰囲気って告白も成功しやすいって言うし、大丈夫じゃない?」


 出店で買ったオレンジジュースを飲みながら、他人事のように言う。上手くいってほしいのは本当だけど、まだ私の頭には未練が残っている。


「成功しやすいんだ…」


 そう呟いた信濃君は覚悟を決めたかのような顔つきで私の前に立った。


「実は俺…有薗さんのことが前から好きでした。いつもマネージャーとしてサポートしてくれる姿を見て気になりだして…。もしよかったら―――」


「ごめんなさい!」


 自分で「成功しやすい」と言っておいて、申し訳なくなった。

 告白をされたことは何回かある。その経験から断るときは曖昧な答え方ではなく、はっきりと言うのが後腐れなく終われると学んだ。


「嫌いってわけじゃないけど、恋愛感情はないかな。それに私、好きな人がいるから」


 小学校の頃から好きな人。もう1人の兄のようで、次第に憧れが芽生え、いつしかその気持ちは好きに変わっていた。


「そ、そっか。ごめんな。知らずに告白しちゃって」


 何も悪いことをしていないのに私に気を遣ってくれる信濃君は人が良い。イケメンでもあるし、私以外に相応しい人がその内現れるであろう。


「謝らないでよ。…私が言うのも何だけど、信濃君さえよかったら友達でいられないかな?お互い気まずくなるのも嫌だし、この事を他の人に言うつもりも全くないから。どうかな?」


「有薗さんがそれでいいなら、俺は全然…むしろお願いしたいな」


「よかった。じゃあこれからも友達としてよろしくね?」


 この提案を快く思わない人もいる。中には逆切れする人もいた。それならそれで別に構わない。そんな人と関わろうとは思わないから。

 信濃君とは部活でも顔を合わせるから、気まずくならなくて良かった。

 まだ告白直後なのでぎこちなさはとれていないが、お互い笑い合って様子を見る。そうしているうちにアユミから連絡があり、無事に合流を果たした。


「どうだったの?」


「実は…私たち付き合うことになりました!」


 満面の笑みで「ありがとうーシズクー」と抱き着いてきた。こちらの事情も知らないで…、とも思ったがアユミの幸せそうな顔を見たら私も嬉しくなる。信濃君も同じ気持ちの様だ。

 帰り道は方向的に男子と女子で上手い具合に別れた。


「シズクはモテるのに彼氏作らないよね?もしかして好きな人でもいるの?」


 学生あるある、恋人ができた途端友達に彼氏や好きな人のことをやたらと聞いてくる。まあマウントをとられているわけではないし、ずっと続くと面倒だけど今日だけは大目に見てあげるか。


「さあー…どうだろね?」


 好きな人の有無は隠すようにしている。学生に恋バナを内緒にしておけというのは無理なお願いなので、基本は話さない。たまに信濃君のような人には断る理由として言う時があるが、私が言ってもいいと判断した人は大抵秘密にしてくれる。もし広まったとしても告白が無くなるならそれもいいかもしれない。

 好きな人以外に告白されても意味がないのだから。


「え?その反応はもしかしているの?誰?誰?」


「さあー?どうでしょう?」


「教えなさいよー!もしかして部長?それとも信濃君とか?ねえ誰よ?」


 私はエツジさんが好き。


 エツジさんは私のことを子ども扱いするし、妹のように思っているのかもしれない。それはそれで嬉しいのだけど、やっぱり1人の女性として見られたい。

 正直、今のままでは脈がないと思う。2歳差というのは少しの差のようで、中学生と高校生の間には大きな壁がある。諦めるわけではないけど、エツジさんのことだから彼女ができるのも時間の問題だと思う。想像はしたくないけど…。

 でも裏を返せば高校生にさえなればチャンスはある。むしろ年下というのは武器にもなる。だから今は来たるべき日に備えて自分を磨こう。もしエツジさんに彼女ができたとしても、最後の彼女は私よ。


 ――――――まだまだ諦めないんだから!

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