~side 白石サユリ 2~

「さすがに攻めすぎたかな…でもあれくらいしないと…引かれてないよね…意識してくれたかな…ねえ、エッジ、どう思う?」


 聞いたところで返事はない。私がエッジと呼んだ相手はくまのぬいぐるみなのだから。

 私が抱き抱えているこのくまのぬいぐるみはこの夏に私の部屋にやって来た良き相談相手だ。傍から見れば痛い光景かもしれないが、やって来た初日から私の心の内を聞いてもらっている。人に話しているわけではないけれど、話してみると意外とスッキリするものだ。名前の由来についてはご想像にお任せします…。


「でも、夏休みに入って距離が縮まったのは間違いないわよね…。この画像なんて…ほぼ恋人なんだから…」


 スマホを見ながらにやけてしまう。画面に表示されているのは映画を観に行った時に彼と2人で撮ったプリクラの画像。複数枚あるものをスライドショーのようにループさせてずっと眺めている。もうかれこれ何時間こうしているのだろう。


「顔…近かったなぁ…。かっこよかったなぁ…。この画像とか腕組んじゃってるし、こっちは背中くっついてるし、これなんてあとちょっとでキ、キスじゃない」


 思い返してみれば自分でも大胆な行動をしたと思う。今になって顔から火が出るほど恥ずかしいのだけど、それ以上に嬉しかった。

 私が積極的になったことも影響しているかもしれないが、彼のほうにも変化を感じた。その変化は私にとって嬉しいものだった。


「一緒にプリクラを撮ってくれるなんて思ってなかったな…。フフッ…緊張して慣れてないのがまるわかりね。…初めてだったのかな?だったら嬉しいな…。そうじゃなくてもあの様子なら男女2人で撮ったことはないはずだから、実質初めてよね」


 そもそも誘ってくれたのも久しぶりのことだった。相談に乗ってもらっている時や他の人もいる場合を除いたら初めてかもしれない。そう考えればこの夏は私にとって大きな進歩だった。


「しかもあの時、『彼氏ですけど』って言ってくれたんだよね…。今度は自分から…。嬉しすぎて一瞬夢なのかと疑ったわよ…。今日のプールでももっとナンパされてたら言ってくれたのかな…」


 映画を観に行った日から、毎日寝る前はこの場面を頭に浮かべる。そしていつも後悔することになる。あの時、もっと踏み込んでいたら…と。


『…嫌じゃないよ』


『え…それって…』


『…うん。私は、あなたが本当の彼氏だったらなぁって…』


『お、俺も、サユリが本当の彼女だったらなって…』


『私たち…両想いなのね…』


『ああ…そうだな…』


『…好きよ』


『…好きだよ』


 そして2人は唇を重ね合い―――


「キャー!」


 毎晩このように1人妄想に耽りながら悶えている。抱き抱えているエッジの首はその都度締められ、近いうちにもげてしまうのではないかと心配している。

 しばらく悶えた後は今日のプールを振り返る。


「やっぱり優しいな…」


 彼は私に素早く泳ぎをレクチャーしてくれた。教え方が上手く、今まで苦戦していたことも難なくできるようになったのは驚いた。でもそれよりも驚いたのは私の心を読んでいるのかと思うくらいに私の不安を気遣ってくれたことだ。

 私は泳ぎに自信がなかった。それは仕方がないことなのだが、泳げないことによってみんなが行きたいところに行けなくなることが気掛かりになっていた。ようは足手まといということだ。実際に泳力が必要かと言われればそうでもないけど、久しぶりということもあって正直怖さもあった。

 そんな状況で遠慮して言い出せない私に声をかけてくれた彼はやっぱり優しくて、誰よりもかっこよかった。


「手も繋いでたよね。手どころか全身触れられたけど…気持ちよかったな」


 ……変態じゃないからね?

 好きな人に触れられるというのはドキドキするけど、温かくて、こそばゆくて、気持ちがいい。真夏日の水中であっても感じた温もりは当分忘れることはないだろう。

 総じてこの夏休みは私にとって幸せな時間となったが、危惧していることもある。


「待ってるときエリカと何話してたんだろ…」


 彼の変化によって良い思いをしているのは私だけではないようだ。エリカと話している時も何だか良い雰囲気なようにも感じた。聞いた話だとエリカは彼の部屋に入ったとも言っていた。私は入ったことないのだけれど…。

 初プリクラと初部屋…うーん…ちょっと負けてるような…。いや、あれは初プリクラというよりは初デートだよね?うん、そういうことにしておきましょう!てことで負けてはないわよね…。

 エリカ本人には絶対に言えないけれど、私はエリカのことを一番の親友だと思っている。6人の中でも少しだけ、ほんの少しだけエリカを特別に思っている。いつも張り合っているけれど、遊ぶときはべったりで、ライバルであって、親友で。

 エリカの気持ちにも薄々気づいてて、だからこそ負けたくないし、向き合いたい。有り得ないけど、もし私以外が彼と付き合うならエリカかな…って思ったりもして…。

 …やっぱり負けたくないわね。


「マコトはどうなんだろ…」


 マコトは見ての通りつかみどころがない。それは昔も今も変わらない。だからといって信用していないとかではなく、大切な友達だ。その可愛さや要領の良さは女としても人としても憧れているし、尊敬している。容姿に関しても参考にしている部分もあったわね。かと思えば甘えてくる時もあって、女の私でもキュンと来る時がある。

 彼女はいつも彼の隣にいた。彼が気になり始めた時、マコトの存在を知っていたので敵わないと半分諦めていた。そう思っていたのだけれど、一緒に過ごして2人を観察していると、単純な恋愛とはまた違うように思えた。2人の距離は異常に近かったし、実際はわからない。2人だけにしかわからないのかもしれない。マコトが裏でやっていたことの一端を知っているので、ただ仲が良いだけとは思えないけど…。

 わからないものはどうしようもないし、私にもチャンスがあると思えただけでそれ以上の情報は必要なかった。日が経つにつれて”好き”という気持ちは大きくなっていく。結局、最初から諦めるなんてできるわけなかったんだ。


 最近はエリカやマコト以外にもチラホラと怪しい話が耳に入る。それもそのはず、彼のことを知ってしまえば意識する人なんて沢山いると思う。彼の魅力が伝わるのは嬉しいことなのだけれど、ライバルが増えるのは勘弁だわ。

 今までのように彼を他の人からガードするのもこれからは難しいでしょうけど、前向きになったのは私にとってもチャンスだし…。

 そうなると自分からガンガン攻めるしかない!


「新学期……文化祭があったわよね…」


 私たちの高校の文化祭は10月の終わりにあると聞いている。一般公開もされて毎年賑わう一大イベントとなっている。生徒の間では、それをきっかけに男女の仲が発展したり彼氏彼女ができるのではないかと密かに期待が寄せられている。実際にイベント事で仲が深まるというのはよくある話だし、後夜祭のダンスで踊った男女は…なんて噂も聞いたことある。

 いつもの6人で楽しめればいいと思っていたけれど、今回は…。


「エツジと2人で回りたいな…。そのまま2人でダンスを踊って…。告白イベントなんかもあるって言ってたっけ…」


 待ってるだけではダメだ。これからは今まで以上に積極的に行動しないと。幸い手ごたえもある。


 ――――――文化祭で告白する!


「待ってなさい…エツジ」

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