第51話
営業時間いっぱいまで遊び尽くした俺たちは、引き上げて帰りのバスを待っている。この時間になると部活をしている連中もさすがに疲れを感じているようだ。リキヤは首をこくんこくんと前後に揺らしていて、あと数分で眠りに落ちてしまいそうだ。寝たら面倒くさいなと思っていたところにバスが来てくれたので、声をかけて目覚めてもらう。「…もう泳げない」と言っていたのですでに半分寝ていたのだろう。
リキヤの世話をコウキに押し付けて俺たちはバスに乗り込む。サユリの隣にエリカ、俺の隣にマコト。マコトが隣に座るのはいつものことだが、今日だけは避けたかった。自分でも不思議だが、何を喋っていいかわからなかったから。黙っていてもマコトなら大丈夫なのだが、今日は要らぬことを口にしてしまう可能性もある。
「僕が窓際でいいよね?エっ君」
サユリの隣にたどり着く前に俺の袖を掴んだマコトは、一緒に座るのが前提の確認をしてきた。咄嗟に「おう」と答えた瞬間に俺の座席は確定した。
今の俺がマコトと話す時に覚える感覚としては気まずいという言葉が一番近いのかもしれない。マコトに対してこんな感覚になることがあると思わなかった。その原因となっているのがサユリやエリカに言われた言葉。
「いやー疲れたけど楽しかったね」
「そうだな」
バスの中では「ああ」「おう」「そうだな」しか使わなかった。マコトは楽し気に話しかけてくれていたが、俺の様子を見て疲れていると思ったのか、徐々に静かになっていった。
バスが駅に着いたら、自宅の最寄り駅まで電車を乗り継ぐ。全員一緒なのはそこまでで、あとは別々の方向に帰っていく。
解散したら同時に夏休みも終わってしまいそうで、全員が帰るのを渋っていたが「夏休みが終わってもまた遊ぼ!」というマコトの言葉を皮切りに各々帰路についた。
俺とマコトは帰る方向が同じなので、みんなを見送ってから並んで帰る。距離的にマコトの家が近いので、必然的に俺が家まで送ることになる。
「そういえばリッキーとコウ君、逆ナンされてたね」
あの2人だけでいると2人組の女性に度々声をかけられていた。俺はその光景を目の当たりにして殴りたくなったが、その気持ちを抑えて笑顔で振舞っていた。
「それに比べてエっ君は……」
「うるさい。あいつらがおかしいだけで俺が普通だ」
「アハハ!ごめんごめん。そんな可哀そうなエッ君には僕がいてあげるから」
「可哀そうは余計だ」
サユリ、エリカ、マコトも複数の男に声はかけられていたが、今日はリキヤとコウキがいてくれたので回数は少なかった。ムキムキのイケメンと張り合うのは無謀というものだ。
「羨ましい限りだ」
「…エっ君もナンパされたいの?」
「されたいというか…でもまあ、一度くらいは味わってみたいとは思うな」
「やめたほうがいいよ。間違っても仲良くなるのはダメだよ」
「そうか?…別に仲良くなりたいってわけでもないけど、先入観で判断するのもどうかと思うがな」
いつもなら「そうだな」で終わりのはず。
「…どうしたの?エっ君…。僕の言うこと信じれない?」
「いやいや信じるとかそんな大層な話じゃなくて…ごめん、そうだよな。マコトの言う通りだな」
「わかってもらえたならよかったぁ」
ニコッとしたマコトの表情は、いつも見ている顔。何度も通ったことのある道に、見慣れた風景。何も変わらない、いつもと同じ。
「…でもさ、出会い方は別として、俺に好意を持ってくれる人がいたら嬉しいけどな」
「えー?そんな人いるのかなぁ?」
「どっかにはいるだろ」
「まあ1人くらいはいるかもね?」
俺を小馬鹿にしているようにみえる態度も、本気でそう思っているわけでもないことも、知っている。
「……あのさ…」
「なに?」
変わらない日々を、変わらないように過ごしたければ、何もしなくていいのに。
「前に話したサユリとエリカのことなんだけどさ…あの時は勘違いっていう話だったけど、本当にそうかな?って思って……。マコトが言った恩返しっていうのも納得できるんだけど、なんか違うような…。俺も、自分でもよくわかってないんだけどな…」
「……」
「今日会って、話してみて…時々感じたんだよな…。恩返しとか友達とか、そういうのとは違う感覚を。気のせいかもしれないけど、もしそれが間違ってなかったら、はぐらかすのも良くないのかなって」
足を止めずに、ゆっくりと進み続ける。
「……サユリちゃんやエリカちゃんに何か言われた?」
夏の終わりを知らせるような涼し気な風が肌に触れる。心地よさはなかった。
「そういう訳じゃないけど……」
「エっ君の気持ちはわかるよ?でも、前にも言ったけどそれは勘違いだって。恋愛経験がない男の子が女の子に優しくされると自分に気があると思っちゃうのと同じだよ。エっ君もそういうの疎いからなぁ。今日のサユリちゃんとエリカちゃんは積極的に思えたのかもしれないけど、プールって環境と水着による解放感でそう思えただけなんじゃないかな?」
「そうかもしれないけど…というかお前も恋愛経験ないだろ?」
「男子と違って女子はそういうのに敏感なの」
マコトの言っていることは頷ける。環境というのは心持ちに影響するものだ。それはサユリやエリカだけではなく、俺にも当てはまること。プール、水着、夏、それらの要素は俺を舞い上がらせるのには十分な材料だ。
やはりマコトの言うことが正しいのだろう……。
――――――あなたは…どう思っているの?
「……サユリやエリカの気持ちはわからない。俺の思い違いなのかもしれない。でも、少なくとも俺があいつらのことが気になってるのは確かだ。これは俺自身の気持ちだから間違いない。この気持ちが恋愛感情なのかどうかは、まだよくわからないけど」
「勘違いっていうのはエっ君の気持ちに対しても言ってるんだよ?エっ君も夏に感化されて積極的になってるだけなんじゃないかな?意地悪って思うかもしれないけど、エっ君が勘違いして暴走しないように、僕たちの関係が気まずくならないようにっていう親切心だよ?年頃だから恋愛に興味があるのはわかるけど」
「マコトの気持ちはわかってる。意地悪だなんて思ってないよ。でも、この件に関しては誰が正しいとか誰が間違ってるとかじゃなくて、自分の気持ちに少しだけ素直になってみようかなって思ってさ」
「どうしちゃったの?あ、もしかして可愛い女の子の水着姿を見て惚れちゃったとか?それか周りにいたカップルが羨ましくなっちゃったとか?…どちらにしても、それは一時の感情だよ」
「気持ちが昂ってるのかもしれないけど、サユリやエリカに対する気持ちは一時だけの軽い気持ちじゃない。この気持ちは今まで一緒に過ごした時間の積み重ねなんだよ。これはサユリやエリカだけじゃなくて、コウキにリキヤ、もちろんマコト、お前にも言えること。みんな好きだし、みんな大切だ。その上でもっと知りたくなったんだ。その”好き”ていうのがどういう”好き”なのか。あいつらはどう思ってて、俺はどう思ってるのか。自分の気持ちがわからないなんておかしな話だけど、マコトの言う通り俺はそういうのに疎いからな」
「…何言ってんの?…意味わかんない」
「ハハ…だよな…。俺も自分で言ってて何言ってんだろーなって思うよ。けど…」
――――――エツジにとってマコトはどういう存在なの?
「俺からマコトに相談しといてなんだけど、俺はマコトに頼りすぎてたんだよな。情けない話だけど、何でもかんでもマコトに話せば助けてくれるって思ってたんだ。マコトの優しさにつけ込んで勝手に特別だと思って接してたんだ。考えてみれば俺のことは俺が決めろって話だよな。俺の問題で…マコトには関係のない話ばっかりなのにな」
「関係のない」というのは冷たい言い方だが、このくらい言わないと俺の意思は伝わらない。それ程にマコトは優しくて、優しくて、俺のことになると、とにかく優しい。「特別だと思って接してた」と言ったものの、心の中ではずっと特別だと思っている。でも、今だけ、この瞬間だけは…。
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