第50話

「私たち…好き同士ね」


「その言い方は語弊があるんじゃないか?」


「別に間違ってはないわ…」


 身体つきの好みの話だよな、心の中で自分だけに聞こえるように呟いた。


「夏休みの宿題は終わったかしら?」


「無事に終わらせることができました」


「そう…よかったわ。エツジ君の家で勉強した日に残り半分以上あったから心配してたのよ」


「そういえば一緒にしたな、勉強。あの時、だいぶ進んだんだよな。おかげさまで今年は焦らずに済んだよ」


「……また勉強教えに行ってあげてもいいわよ?」


 エリカなりに俺の力になろうとしているのだろう。


 ――――――あくまで恩返しじゃないかな?


「その申し出はありがたいんだが、勉強に関してはもう大丈夫だ。今後は自分の勉強に集中してくれ」


「え?あ…そう…。もしかして教え方下手だったかしら?」


「わかりやすかったよ」


「…堅苦しくて楽しくなかったかしら?」


「楽しかったよ」


「じゃあ…なんで」


 エリカが嫌だとか、そんな否定的な理由ではない。


「マコトが教えてくれるって言うんだ。エリカと一緒に勉強したって言ったら『エリカちゃんに迷惑かけちゃダメだよ。これからは僕が教えてあげる』ってさ。まあマコトもエリカに負けず劣らず頭がいいからな」


 マコトに相談したあの日に言われたこと。勉強に限らず何事も頼っていいよと言ってくれた。マコトの凄いところはどんなことでも頼ったら力になれるスペックがあることだ。


「確かにマコトは賢いけれど…私、迷惑なんて思ってないわ」


「エリカが迷惑と思ってないのはわかってる。けれどマコトの方が家が近くて行き来しやすいのかなって。それにマコトが言うには『エリカちゃんは頼んだら断らないだろうけど、エっ君と違って忙しいんだから。知らずに負担になってるかもよ?』だってさ。エリカは俺と違って部活もあるからな。マコトなりに気にしてるのかもな」


「それはありがたいけれど…。でもそこら辺は自分で管理してるわ。その上で言ってるのよ?」


 俺の膝の辺りにエリカの手が置かれていることに、その時気がついた。


「勉強がしたいわけじゃないわ…。エツジ君と一緒にすることに意味があるの。あの日、エツジ君の部屋に入れてもらえて嬉しかったの…。認められたみたいで、嬉しくて…楽しくて…」


「俺だって楽しかった……」


 ――――――1人で舞い上がってるだけだよ。


「…けど……」


「時々、あの時の光景が夢に出てくるの…。ベッドに寝転んで見上げていて、目の前にはエツジ君がいて…。あの日の続きをみれるのかと思えば、いつも寸前で目が覚めるの…。ねえ、エツジ君はあの時、何を思っていたの?何を感じて、何をしようとしていたの?…私は…私は…」


「俺は……」


 ――――――僕の言う通りにしてれば間違いないから…。



「…いや、でもマコトが―――」


「さっきから『マコトが』『マコトが』ってマコトは関係ないでしょ?…ねえ、エツジ君。あなたの声を聞かせて?あなたは…どう思っているの?」


 頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられた感覚だった。おぼつかない思考は、俺から声と言葉を取り上げる。その中で唯一聞こえていたマコトの声も、今は聞き取れない。

 エリカの言葉を聞くと、今まで自分の意思だと思っていたものはそうでなかったのかと思える。知らず知らずの無意識のうちに、心の中に潜むマコトという存在に頼っていたのかもしれない。でも、それを認めてしまえば、何かが壊れるような気がする。いや、この考え方ももしかしたら…、でも悪いことでもないし…、やっぱり自分の意思はちゃんとあるはずだし…。

 何も言えない俺をエリカは何も言わず待ってくれている。膝の上にあった手は、今は俺の手を優しく握ってくれている。


「俺は……俺はあの時―――」


「あー!こんなとこにいたんだ!もー…探したよぉ」


「マコト?何でここに…」


「あなたみんなと一緒にスライダーに並んでいるはずじゃ…」


「実は僕も疲れちゃってさ。抜けてきちゃった。それでエっ君とエリカちゃんと一緒に待とうと思って探してたんだよ。ていうかエっ君、エリカちゃんにくっつきすぎだよ。エリカちゃんとくっついていいのは僕とサユリちゃんだけだよ。ということで、ほらほら、どいてどいて」


 突然現れたかと思えば、マコトは俺とエリカの間に体をねじ込んできた。俺を押しのけてベタベタとエリカにくっついている。くっつかれているエリカは微笑みながらマコトの頭を撫でている。その姿は妹を甘やかす姉のようだった。

 俺とエリカの間に座るマコトはまるで壁のように俺とエリカのやり取りを阻んでいる。エリカに投げかけた言葉も何故かマコトが答えるか中継している。良かれと思ってなのだろうが、今はお節介に感じる。

 それ以降はどんな言葉を投げかけても壁に当たって跳ね返されるの繰り返し。マコトとエリカはイチャついて、俺はのけ者のような扱いで、結局スライダー組と合流するまでその時間は続いた。

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