第49話

 女子が戻ってきたので再びプールへと戻る。お昼休憩で水に浸かってない時間が長かったので、来た時同様にまずは体を慣らす。流れるプールを1周している間に「午後はウオータースライダーを回ろう」という意見にまとまった。

 ここはプールだけでなくウオータースライダーの種類も豊富なので、それだけで十分に遊べそうだ。全部制覇しようと片っ端から並んでいく。

 オーソドックスな形のものでも大中小とあって子供から大人まで楽しめるようになっている。シンプルながらに面白かった。

 緩やかな傾斜に10個ほどレーンが並んでいるスライダーはビート板に腹ばいとなって滑って競争するタイプ。リキヤがぶっちぎりの一位で他を寄せ付けなかった。

 2人乗りの浮き輪で滑る大掛かりなスライダーはコースも長くて迫力があった。途中で転倒しそうになってコウキが叫んでいたが、そこは上手く作られていてこけることはなかった。

 どこも人が多くて並んでいる時間が長かったが、この6人でいるとあっという間だった。


「次はあれ乗ろうぜ!」


 あらかた乗り終えた俺たちが次に向かおうとしているのは、このパークのメインとされるスライダーだ。大型のゴムボートでそこそこの高さから落ちていき、急降下と急上昇を繰り返すアトラクションとなっている。ここへ来たからには誰もが乗ろうと思っているに違いない。

 一つだけ懸念するべきことがあるが…。


「俺はやめとくよ。ちょっとはしゃぎすぎて疲れた」


「マジで?うーん…なら休憩挟んでからにするか?」


「俺のことは気にせず行ってこいよ。並ぶ時間考えたら今行かないと乗れるかどうかわかんないし。それに俺が気を遣われるのが嫌なの知ってるだろ?」


 ここで割り切って行くのも申し訳ないと感じてしまうし、行かないのも気を遣っていると思われる。せめぎ合いながら悩んでくれるのはみんなが優しい証拠だ。


「私もやめておくわ」


 エリカが小さく手を挙げる。


「私、絶叫系が苦手なの。2人なら待ってる間も退屈しないし、みんなも気兼ねなく行けるでしょ?」


 しばらく悩んでいたが、待つ側が1人増えたことで負い目を感じる必要もないとなくなり、乗る人と待つ人で別れることになった。

 俺たちの間に遠慮なんていらないのにこんなに悩んでくれるのは悪いことをしている気にもなってしまうが、嬉しくもある。

 待ち合わせ場所を決めたら4人はスライダーの方に歩いて行った。何度か振り返ったマコトと目が合ったのは俺の体調を気にしているからだろう。心配するな。ちょっと大袈裟に言っただけだ。


「さてと、俺たちはどうする?」


「ここでずっと待つわけにもいかないし、来る途中にあった温泉みたいなところで待たない?」


 エリカが言っているのは文字通り温泉のプールだ。温水で満たされた浅く小さなスペースで、休憩や体を温める時に人気の場所。温泉といっても水着はつけたままだが。

 待つにはうってつけの場所なので否定することもなく、来た道を戻っていった。少し歩いた先に目的地はあり、着くや否やゆっくりと足先から入浴もとい入水した。

 人はまばらだが、広いわけではないので端の方に2人並んで腰を落とす。周りを見ると沢山の人が歩いていて、それを座って眺める俺たちは時間の流れが緩やかになったように錯覚する。


「なんだか、本当にエツジ君と温泉に来ているみたいね」


 エリカはわざとらしく首を傾け肩に水をかける。その動きは温泉でよく見かける所作だ。


「混浴ってこんな感じなのかしら」


 からかわれているのはわかっているのに、動きと言葉と表情にドキッとしてしまう。


「ありがとうね」


「何が?」


「疲れたっていうの嘘でしょ?本当は私が絶叫系苦手なの知ってて、乗らなくても済むように口実として言ったのでしょう?エツジ君のことだから私だけだと言い出し辛いと思って、先に言ってくれたのでしょうけど」


「……何のこと?俺は本当に疲れただけだが」


 「そういうことにしときましょうか」とエリカはクスッと笑った。恥ずかしくなった俺は口元まで温水に浸かってしまう。


「やっぱり優しいわね。エツジ君は」


「だから違うって。もういいだろ」


「スライダーのことじゃなくて、朝のことよ。その…私の胸が好きって言ってくれたこと…」


 今度はエリカが口元まで浸かった。というか正確には小さい胸が好きって言ったんだけどな…。


「嘘でも嬉しかったわ。あれだけで自信が持てるものね」


「嘘じゃないって!本当に…」


「サユリの胸見て鼻の下伸ばしてたじゃない」


 今日で痛いほど学んだことは女性は男が思っている以上に胸を気にしているようだ。


「そ、それは男だったら誰でもなるというか…。でも嘘は言ってない。本当に、好きっていうか、その…」


 さてさて俺のイメージはどこまで落ちたんだ…。

 「そ、そうなのね…」とエリカは縮こまった。どうやら双方にダメージがあったようだ。


「…私もエツジ君の体好きよ」


 何を血迷ったのか、お返しのつもりなのか、エリカが言ったその言葉ははっきり聞こえた。


「それこそ見え透いた嘘だろ…。リキヤの体は好き嫌いがわかれそうだけど、俺よりはコウキの体のほうがいいだろ」


「そんなことないわよ。女子からしたらリキヤ君もコウキ君も変わらないわ。私はムキムキの体よりエツジ君の程よく鍛えられたナチュラルな体のほうが好きよ」


 男子と女子の価値観が違うのもわかるし、俺が自分の好みに嘘はないと言った手前、エリカの好みについても疑うことはできない。素直に受け入れることにしたが言葉にするのは照れるので黙ったまま。


「…触っていいかしら」


「え?」


「駄目かしら?」


「駄目ではないけど…」


 男の筋肉を女性が触るというのはよく聞く話だが、ある程度耐性がないと醜態を晒すことになるので要注意だ。

 水面下で俺の腹筋をエリカの手が撫でる。間に布一枚もないその感覚はこそばゆいのに気持ちがいい。「いい硬さね」と褒めてくれるのは嬉しいのだが、それどころではない。あまり長く触られると別の部位が硬くなるので「はい終了」と強制的に手を離す。ついでに体一個分隣に移動して距離をとった。


「照れてるの?エツジ君、意外と可愛いところあるわよね」


 体一個分離した距離も、エリカは自然に詰めてくる。さっきよりも近くなった。


「近すぎないか?」


「狭いのだからこれくらいくっつかないと駄目よ?」


 肩と肩が当たったり当たらなかったり。もどかしいと思うのは、あまりにも魅力的なエリカのことを意識し過ぎているのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る