第48話

 昼食を食べ終えたら、女子たちは御手洗いにと席を離れる。ついでに日焼け止めを塗り直すらしいので時間がかかりそうだ。

 取り残された俺たちは日陰になっている場所でかき氷を食べながら待っている。


「そういやエツジ、あの話どうするんだよ?」


 「あの話って?」とピンときていない俺に「とぼけるなよ」とコウキはツッコむ。本当に心当たりが無かったのでかき氷を食べる手を止めて考えていると、やれやれとコウキは教えてくれた。


「佐々木さんと東堂さんと遊びに行くって話だよ。ていうかお前が提案したんだろ?」


 すっかり忘れていた。そういえば何回か催促の連絡が来てたっけな。


「俺のところにも連絡が来たぞ。エツジが日程を決めてくれないってな。どうするんだよ?」


 どうするんだと言われてもどうしたものか。具体的には何も決めておらず、夏休み明けでもいいかなとしか考えていなかった。


「何の話だ?」


 横でさっきまでかき氷を飲み物のように飲み込んでいたリキヤが会話に入ってくる。空になった容器と、頭をおさえている様子から、すでに食べ終えたのが一目でわかった。

 合コンのことも含めてコウキが手短に話すと「呼ばれてないぞ!」とリキヤが声を荒げる。いやお前「部活に集中したい」とか「いつか1人の女性を」とか言ってなかったか?俺の中でリキヤの硬派というメッキは剥がれかけている。


「んでエツジ、言った以上は実行しないとな。俺も予定を合わせるから近いうちに決めようぜ」


 確かに発案者は俺だが、そのきっかけはトウコだ。それに、俺に意欲があるわけではなく、佐々木さんとトウコの意を汲んでの提案だ。コウキを中心にこの話は動いているのだが、コウキ自身は知らないだろう。


「そのうちな」


 今頃になってだが俺はいらない気がしてきた。そう思い始めると予定を立てる気もそがれてしまう。


「駄目だ、エツジ。こういう時お前は後回しにしがちだ。今日中に決めるって約束しろ」


 コウキの反応は思っていたものと違っていた。俺との温度差をはっきりと感じるくらい。トーンは落ち着いていたが、じりじりと気圧される。


「佐々木さんや東堂さんの気持ちも考えてやれよ」


 コウキよりは考えているし、理解しているつもりだ。だがコウキが言っている意味もわかる。おそらく自覚していないコウキとは意味合いが違うと思うが、佐々木さんやトウコからしたら早くコウキとの接点を増やしたいと思っているのだろう。

 そう思うと話を持ち出した俺がのんびりしているのは無責任な気がする。


「わかったよ。夏休み明けになると思うけど今日中にみんなの予定を聞いて日にちを決める。それでいいだろ?」


 予定が未定だったのは俺だけなので、俺が融通を利かせればすんなりと決まるはずだ。コウキもそれでいいと言ってくれたので後は忘れないようにするだけだ。


「おーおー羨ましいことで」


 リキヤは面白くなさそうに皮肉を呟く。誘ってやりたいがあのメンバーにいきなりリキヤが加わるのも変な話だ。悲しいが俺と入れ替わったほうが喜ばれる可能性もあるけど。


「……そういやエツジ、相原とは連絡とってんのか?」


 部活漬けの毎日だったリキヤとの夏休み共通の話題と言えば練習試合と相原のことくらいだ。


「あれからちょくちょくとな。と言ってもどうでもいいようなことばっかだけど」


 練習試合のあの日から相原とは連絡を取るようになった。今日食べたものとか今日あった出来事とか、何でもないような緩いやり取りだったけど、日を重ねるごとに楽しみにするようになった。遊びの誘いも何回かあったがお互いの予定が噛み合わず、あれ以降会ったことはない。


「相原って中学の時の?」


 コウキも直接面識はないものの、同じ学校でお互い有名だったので顔は知っている。「その相原」と教えてやるとチラッとリキヤの方を見て、俺にひそひそと喋りかけてきた。


「相原って一時リキヤと噂があったよな?その話していいのかよ?」


 駄目だったらリキヤも自分から話さないと思うが、広げるほどの話でもない。

 リキヤは無言のまま空を見上げていた。筋肉を纏った肉体には似合わない様だったが、水を差すのも悪いので放っておいた。

 同じように察したコウキもそれ以上は喋らなかったが、コウキもコウキで儚げな表情をしている気がする。

 コウキとリキヤの本心を知りたい気持ちはあったが野暮なことはやめておく。いつの間にか溶けて液体となってしまったかき氷と一緒に、その気持ちも飲み込んだ。

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