第47話
波のプールの水は特別で海水に近いものとなっている。そのしょっぱさと波はまるで海に来ているのかのようにも思える。
もう一つの特徴として、とてつもなく人が密集している。波のプールは奥に行くほど深くなっているのだが、深い所になるほど人は多い。そうなると浮き輪同士のぶつかり合いや人との接触も増えてくる。女の子をそんな所に連れて行くのは良くないという意見が男同士で一致したので中間辺りで揺られることにした。マコトなんかは「えーもっと深いとこ行こうよー」とごねていたが、浮き輪をひっくり返して黙らしてやった。それで火がついたのか俺にちょっかいをかけてくるようになり、コウキやリキヤにもそれは伝染していった。ゆったりと波に揺られる俺の計画は早くも破綻してしまった。美男美女に混じりながら水をかけ合うというのは絵に描いたような青春でもあるので悪い気はしないのだけどな。
波が終われば流れるプールに移動。人を躱しながら流れに乗って運ばれる。
泳ぎを教えたからか、サユリとの距離が精神的な意味でも物理的な意味でも急接近した気がする。水ではなく「私の浮き輪につかまっていいわよ」という甘い誘いに流されて腕と顔を乗せて進んでいく。
「楽しんでるな」
「うん。楽しいもん。エツジは楽しくない?」
「見てわかるだろ?めちゃくちゃ楽しい」
一番楽しんでるのは「どっちが早く一周できるか」と飛び出していったコウキとリキヤかもしれない。あの2人なら他の人に迷惑をかけることはないと思うので心配はないけど。
それにしても間近で見るサユリの肌はとても綺麗だ。白く汚れを知らず、太陽の光が反射して眩しく思える。それだけではなく視覚からの情報だけで柔らかいのが伝わる不思議な質感。
「あんまり近くで肌とか見ないでね…。その…自信ないから…」
「え?そうか?すごい綺麗だと思うけど…」
「へ?」
しまった、と思った時には遅かった。この発言は捉え方によっては気持ち悪く思われるが…。
サユリは顔を逸らしていたが「ありがと…」と聞こえたのでセーフのようだ。
俺が安堵していたら横からドガッと腹を蹴られた。人が多いから誰かの足が当たることもあるのだろう。エリカが横を通過していったが偶然タイミングが重なっただけだよな…。
「……さっき言ってた胸は小さいほうが好きって…ホントなの?」
ブーッと思わず吹き出してしまった。そんなこと掘り返さないでくれよ……。
「それはもういいじゃないか。どっちだって……」
「良くない!真剣に答えて!」
えー…。これはどう答えるのが正解なんだ?
「いや、まあ、さっきも言ったけど、どちらかといえば小さいほうが好きかな…」
「……そっか。そうなんだ」
露骨に落ち込むサユリを見ると心が痛む。
サユリの胸は大きい部類なので直接言われると多少はへこむこともあるだろうけど、たかだか俺の意見だぞ?もしかして男の総意だと間違えてないか?安心してくれ。自分で言うのもなんだが多分俺は少数派だ……。
「おっきいのは嫌いだよね……」
「勘違いしてほしくないから言っとくけど、別に大きいのが嫌いなわけではないからな?全部好きっていう前提での……俺何言ってんだろうな…。まあとにかく嫌いとかはないから」
「ホント?じゃ、じゃあ、胸が大きい人と付き合うこともあるの?」
「そりゃあるだろ。そもそも胸が大きい小さいなんて後からついてくるものだろ。そういうとこよりももっと重視するべきことがあると思うけど」
外見の好みはあるけれど、付き合うとなればそれ以上に大切なものがあると俺は思う。好きになってしまえば胸に限らずどんな部分も愛おしくなってくるのだろう。……まあ小さいのが好きなのは否定しないが。
「そうよね!私もそう思うわ!」
どうやら地雷は上手く撤去できたようで、サユリの表情から悲しさは消えていった。
「それはそうと、参考がてらに他の好みも教えてほしいな…。あ、あくまで、男の人の意見が聞きたいっていうか…」
「別にいいけど、コウキやリキヤに聞いた方がいいんじゃないのか?」
「エツジでいいの!エツジがいいの!一番参考になるっていうか……」
言われてみればコウキやリキヤみたいなモテ男よりは俺の方が世の男の意見に近いのかもしれない。
「そういうことなら俺のグハッ!」
「どうしたの?」
「……何でもない」
またも誰かの足が横腹にヒットした。マコトが横にチラッと見えたのは気のせいだろうか。何にせよこの人の多さで特定はできない。
笑顔を作って誤魔化しながら話を続けようとしていたら、今度は下半身をガシッと掴まれ水中へと引きずりこまれる。水中で目が合ったのはリキヤだった。ブクブクと気泡を出しながら口を動かしていたが何を言ってるのかさっぱりわからなかった。浮上してみるとコウキとマコトがけらけら笑っている。
「なーにのんびり話してんだよ。油断大敵だぜ?」
プールで油断もくそもないだろ。
数秒遅れてリキヤが水面から顔を出した。してやったりという顔をしているのが腹が立つ。
「お前ら…覚悟はできてるんだろうな?」
言葉と同時に飛び掛かる。見事に躱されたのだが、しつこく追いかけていく。のんびりと流れながら女の子の水着姿を拝むのもいいが、野郎だけではしゃぐのも楽しみの一つ。追い付いてはリキヤに投げ飛ばされて、コウキに沈められて、また追いかけて。子供っぽいかもしれないがこいつらと遊ぶのはやっぱり楽しくて等身大でいられる。
「そういえばエツジ、さっき回ってるときにすげーエロいお姉さんたちがいたぞ」
サユリたちと少し離れた所でコウキが教えてくれた。
「うむ、あの胸はたまらんな」
リキヤの顔つきは険しいが、言っている内容はただただゲスい。
「俺は興味ないな」
さっき散々サユリに語った手前、ここは恰好つけておく。
「またまた強がっちゃってー。エツジ好みのスレンダーなお姉さんもいたぞ?」
「え、マジで?どこだよ?」
すみません、サユリさん。決してやましい気持ちはございません。
自分にも言い聞かせながら男同士で盛り上がっていると、
「何の話をしているのかしら?」
隣から声が聞こえた。3人揃って首を捻ると、そこにはゴミを見るかのような冷たい眼差しを向けて緩やかに俺たちと並走しているエリカがいた。
「……エリカさん、こんなところにいたんですか…」
「ええ、ちょっと先に行きすぎたからゆっくりと流れてみんなを待っていたの。それで、何の話をしていたのかしら?」
「……えっとだな、リキヤの筋肉はすごいなーみたいな…。だよな?コウキ?」
「あ、ああ。俺もけっこう鍛えてるんだけどなーとか言ってさ…」
とっさに口裏を合わせたがさすがの連携だと思う。だてに3人で馬鹿話をしてきただけあって、上手くやり過ごせそうだ。
「嘘ね。途中から聞こえてたわよ。スレンダーなお姉さんがどうとか言ってたわよね」
聞いてたうえで罠を張ってたのかよ…。悪すぎるだろ…。
エリカの巧妙なやり口によって、低俗な会話に加えて嘘をついたという罪が増えてしまった。諦めて3人揃って謝罪コースを覚悟した。
「バレたか…。実はエツジがスレンダーなお姉さんいなかったか?って聞いてくるから仕方なく俺もその話に付き合ってたんだよ」
「え?」
「うむ、そういう目で見るのは良くないと言ったんだがな…」
「嘘だろ?」
お前ら…仲間だと思ってたのに…。
「そういうことね。わかったわ。このことはサユリとマコトにも報告するから」
見事に手の平を返された俺は生贄となる他に道はなかった。言い訳しようにもその隙を与えてもらえず、すぐにサユリとマコトが合流して想像通りの説教タイムが始まった。「まあまあそんなに怒るなよ」とコウキとリキヤは庇うような立ち位置にいるが、俺の内心はどの面下げてそこにいるんだということしか思っていなかった。
説教が終わってからコウキとリキヤに文句を言いに行ったが、昼飯をおごってもらうということで手を打った。
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