第46話

「ちょっと休憩してから戻るか」


「そうね」


 プールサイドからは一面が見渡せる。家族連れが子供を浮き輪に乗せて遊んでいたり、奥の方ではコウキたちがビーチボールで白熱している。その横ではさっきまでの俺たちのように泳ぎの特訓をしている男女がいる。


「あの人たち、カップルなのかな?」


 サユリも特訓する男女を見ている。


「さあ?違うんじゃないか?カップルだったら特訓じゃなくて波のプールで仲良く揺られてるんじゃないか?」


「そ、そうかな…。でも素敵じゃない?賑やかなところであえてこういう場所で2人で泳ぐのも」


「なるほどな…。そう考えると確かにありかもな。あの2人も付き合ってるように見えなくもない」


 初心な様子から推測するに付き合いたてといったところかな、なんて誰目線かよくわからない考え方をしてしまう。


「でしょ?!……私たちも周りからそう思われてたのかな?」


「俺とサユリが?…いやーさすがにないだろ」


「そんなことないと思うけど……」


「そうか?まあ、だとしたらごめん」


「謝らないでよ…。一緒に映画観に行った時も言ったでしょ?…嫌じゃないって…むしろ…」


「お、おお…。そっか…。そう言われるとなんか―――」


 ――――――勘違いだよ。


「ん?どうしたの?」


「いや、何でもない…。映画面白かったなー。ゲーセンも久々だったし」


「うん、楽しかった。また…誘って欲しいな…」


「…サユリさえよかったらまた行こうぜ」


「ホント?」


「ああ」


 ――――――真っ先に僕に話してね?


「今度はマコトも誘って」


 ――――――約束だよ?


「え?……マコト?」


「あいつに前のこと話したら『僕も行きたかったー』ってずっとごねるんだよ。ちょっとかわいそうだったからな、次は誘ってみようかなって」


「そうなんだ……。マコトに話したんだ……」


「どうした?サユリ?」


「ううん。何でもない。そうよね。マコトも一緒に行けたらいいわね」


 一瞬笑顔が消えた気がしたが見間違いだったのだろう。


「映画もいいけど、また別の日に泳ぎを教えてほしいな。もっと泳げそうな気がするの」


「随分やる気になったみたいだな。うーん…そうだな、夏はもうすぐ終わるけど時間があれば教えてやるよ」


「エツジ、小学校の頃から泳ぐの得意だったもんね。教え方も上手いからすぐに上達しそう。楽しみだなー」


「一応スイミングスクール通ってたしな。マコトも一緒に通ってたんだ」


 通い始めたきっかけもマコトに誘われたからだしな。思い返せば小さい頃からマコトの影響を受けてたのかもしれない。


「……へぇ」


「習いたての時は全然勝てなくてさ。あいつ速いんだよ。その時はマコトが俺に色々教えてくれたんだよな。それから高学年になってようやく勝てるようになったんだ」


「……」


「そうだ、マコトにも声かけるか。俺の泳ぎもあいつから教わった部分もあるし、サユリも参考になるんじゃないか?」


 足を動かしながら水をちゃぷちゃぷさせているサユリは、どこか遠くを見ているような気がする。

 顔を覗こうかと体をねじった時、サユリも同じくこちらを向いた。


「ねぇ、エツジにとってマコトはどういう存在なの?」


 音がやんで時間が止まったような、そんな感覚だった。ただの表現で、時間にすればもの凄く短い間隔だったが。

 脈絡があるようでないようなサユリの言葉。口は開けど言葉が出てこない。俺からすればそう難しくない質問のはずなのに。


 俺にとってマコトは、幼馴染であって、親友であって、一番の理解者であって…。


 呼び名なんていくらでもある。それなのに、心のどこかで呼び名をつけてしまうのを拒んでいる自分がいる。今までぼかしながら過ごしてきたのもそいつが邪魔をしていたのかもしれない。

 俺にとってマコトがどういう存在なのか、当てはまる単語はあってもそれだけで表せるほど浅い関係ではない。であれば今はまだ言い切らなくてもいいと思ってるし、そもそも明確な輪郭が必要だとも思っていない。ただ、この気持ちをわざわざ他の人に言ったところで伝わらないのもわかっている。俺とマコトにしか……。


「エツジ?」


「えっと……」


 バシャン。答えあぐねる俺と、じっと見つめるサユリの前の水面が盛り上がって飛沫が上がった。


「どう?びっくりした?」


 海坊主の正体はマコトだった。俺たちを驚かせようと潜水して近づいていたようだ。話に気を取られていたから気がつかなかった。


「サユリちゃん泳げるようになった?」


「え、ええ。少しは…」


「さっすが!じゃあそろそろ別のところへ行こうよ。みんなも2人と遊びたいってさ」


 「おーい」「どんな感じ?」とマコトを追うようにコウキたちが俺たちの方に向かってくるのが見えた。時間を確認すると一時間程経っていたようだ。

 目の前のマコトは「次は波のプールがいいなぁ」と子供っぽく笑っているが、濡れた髪を額に貼りつけた姿は大人っぽく、まさしく水も滴るいい女だった。

 さっきまでの会話がまだ頭に残っていたが、もう終わったかのように振舞う。会話が切れるのは好都合だ。あえてサユリとは目を合わすことなく合流まで待った。


 体もあったまったところで別の場所に移動することになった。マコトの要望通り次は波のプールに行って、それから順々に回っていくことにする。


「サユリちゃんと何話してたの?」


 マコトが俺を覗き込む。


「……泳ぎの上達方法だよ」


 一瞬マコトに言おうか、そして聞こうか迷ったことがあったがやめておいた。隠したかったわけではなく、特に言う必要も聞く必要もないと判断したからだ。

 「ふーん」と言うマコトは何を思っているのか。浮き輪を抱えながら前へ行ってしまった。


 俺がマコトに聞こうと思ったこと…。


 ――――――マコトは俺のことをどう思ってるんだ?

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