第45話
準備体操を終え、浮き輪やビーチボールの調達も完了した。
「さて、まずはどうする?」
俺たちが来ている場所は国内でも最大級のウォーターパークだ。様々な種類のプールにウォータースライダー、飲食やその他施設も充実していて一日中遊べる人気スポットだ。それゆえに人も多いので怪我や迷子などにも気を付けなければならない。
「あれ?そういえばサユリって泳げたっけ?」
ふと思い出したのは小学校で行われた水泳の授業。男女合同だったのでそれぞれの泳力をうっすらと覚えている。
たしかサユリは10メートルも泳げなかったような…。
中学になってからは別々なので現在どれほど泳げるのかはわからない。
「……そんなに泳げないわ。で、でも、ここだとそんなに泳ぐ必要ないし、迷惑はかけないわ」
サユリが心配しているのは、自分のせいでみんなが楽しめないということ。そんなこと俺たちは気にしないし、仲間外れにもするわけがない。
「体慣らしがてらにまずは普通のプールに行こうか」
最初としては無難ではないだろうか。
俺たちが向かったプールは流れや波など何もない深さ1.2メートルのプール。流れるプールやスライダーの方に人が集まっているので、ここは意外と人が少なかった。
「気持ちー!」とプールに入って体を慣らしたらはしゃぎだす。サユリも水に苦手意識は無さそうだが、動きづらそうにしている。
「サユリ、ちょびっとレッスンしないか?俺、こう見えても意外と泳げるんだぜ?」
「知ってるわよ…。でも私は無理よ…。それにエツジも遊びたいでしょ?」
「俺はサユリも一緒に遊びたい。それに、完璧に泳げるようにするわけじゃなくてちょっとコツを教えるだけだよ。時間もかからないし、プールに来る機会も滅多にないからどうだ?」
今のままでも楽しめると思うし、お節介かもしれないが提案してみた。
「エ、エツジがそう言ってくれるなら……教わりたい」
他の人には少しの間適当に遊んでもらって、俺とサユリは人がいない端のほうで練習することを伝えておく。
「私も泳げないわ」
「エリカのストロークはきれいだったよな」
「僕も泳ぐの苦手なんだよね」
「俺と同じスイミングスクールに通ってたよな」
「俺も泳ぎ方忘れた」
「コウキは俺と競ってただろ」
「俺も一緒に教えようか?」
「リキヤの豪快なバタフライは参考にならないから」
何故かこぞってついて来ようとしてくる。気にかけてくれているのだろうが、俺1人のほうがやりやすいし時間もかからない。「お前らが泳げるのは知ってるから」とサユリの手を引いて移動した。
こうして手を触れたり、前みたいにサユリやエリカと話せるのはマコトのおかげだろう。マコトに話していなければ1人で勝手に空回りして、プールを楽しむことができなかったかもしれない。
手始めにどのくらい泳げるのかを把握する。ちなみにだが、事前に化粧の確認は当然したのだが、肌のケアはしているもののノーメイクだと言っていた。サユリだけじゃなく、エリカもマコトも同じらしい。それであの美貌というのだから舌を巻く。
「行くわよ」と床を蹴ってスタートしたはいいものの、とてもじゃないが泳ぎとは呼べないジタバタをしながら数メートル進んだ先で立ち上がった。サユリは「こんなもんかしらね」と言うが、昔から進歩はしていないようだ。水飛沫にたいして進んだ距離が割にあっていない。そもそも無駄な動きが多い。それでも思ったよりはひどくなかったのはせめてもの救いだ。
俺が今回教えるのは泳ぎ方ではなく浮き方だ。今回の場合、それさえ覚えれば足をつきながら前に進める。少なくとも今のジタバタよりははるかに速い。サユリは水が怖いわけではないようなので早速レクチャーする。
「人間は空気を吸えば肺が膨らんで何もしなくても浮くようにできてるんだ。で、なにが大事になってくるかっていうと姿勢だ。泳げない人でありがちなのは前を向いてしまうんだ。見た感じサユリもそうだな。前じゃなくて下を見る。後頭部と水面を平行にするんだ。あとは脱力するだけ」
動きを交えて説明する。サユリも理解が早いので実際にやってみる。
「最初は俺が手を引くから、力を抜いてやってみて」
「う、うん…。絶対に離さないでよ?」
一回目から上手くはいかなかったが、何回かやると次第にコツを掴んだようで、力みなく浮かぶことが出来ている。「見た?!出来てたよね?!」と嬉しそうなサユリを見ると教え甲斐があるというものだ。それができるようになったら俺の補助なしでやってみる。始めはバランスが取れずジタバタしていたので、時折俺が支えながらゆっくりと感覚を沁み込ませていく。その際に触れるところがまずかったのかビクンと反応したときは焦った。嫌がっている素振りは見えないが少し気まずい。すべすべの肌の感触が指に残っているのは黙っておいた。
何回か繰り返すと体も覚えてきたのか、きれいな姿勢のまま進めるようになった。
「エツジ!やったわ!」
「お、おう。思ったより早かったな。というか近いんだけど……。まあとりあえず目標達成だな。みんなと合流するか」
これができるようになれば泳げるようになるのもすぐなのだが、今日はここまででいいだろう。
少し離れたところでビーチボールを打ち合っているコウキたちの下へと行こうとした時、
「もう少し…教えてほしいな」
今度はサユリからお願いされた。俺が持ちかけたことだし、泳ぎに苦手意識のあったサユリが自ら教えてほしいと言うのなら喜んで協力しよう。
「駄目かな…?」
「いいに決まってるだろ」
「やった!やっぱりエツジは……その……」
「うん?どうした?」
「ううん…。何でもないわ」
コウキたちも盛り上がっているようなのでもう少しだけ練習時間を延長することにした。
基本の姿勢はできているので次はバタ足を付け加えてみる。いきなりできるとは思っていないので支えながらやることに。
「その…どこ支えればいいかな?」
「エツジがやりやすいところでいいわよ…」
「そうなるとお腹になるんだけど…」
「……いいわよ。…優しくしてね?」
先程の反応から学んだので聞いたのだが、逆に恥ずかしくなってしまった。許可はとったので触っていいのだが手が震える。触れた瞬間に「ひゃ」と聞こえたのがいけないことをしている気分になる。サユリのお腹は肌触りが良く、柔らかい。この瞬間は全神経を指に集中させた。……一応だが変態ではない。
筋がいいのかバタ足で前に進むのはすぐに習得した。アドバイスをしたのは膝を曲げないことと力を込めすぎないことだ。正直初日でここまでできるようになれば上出来だと思う。それでもサユリは更に上を目指そうとしている。できるようになる喜びは俺にもわかるので、サユリが求めるのであれば俺も付き合うことにした。
次の段階としては息継ぎなのだが、ついでにクロールを教えることにした。そこでも触れることがあるのだが、
「そのほうが私もわかりやすいし…エツジなら触られても…嫌じゃないわ」
との言葉を頂いた。教えてもらっている恩義なのか、男としてみられていないのか、どちらともとれるが俺としてもそう言ってくれるとやりやすい。触る度に「んっ」「あっ」と聞こえたが自分を叩きながら正気を保った。
手を添えて足の動きや手の回し方を教えたことによって形はそれっぽくなってきた。ぎこちなかった息継ぎもスムーズにできるようになってきている。完璧とまでは言えないが数十分前と比べたら雲泥の差に思えるくらい泳げるようになった。サユリ自身も満足しているのでここらで合流することにする。
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