第44話

 8月の末、夏休みももうすぐ終わるというのに猛暑は振るう。本日晴天にて真夏日、絶好のプール日和となっている。日焼けを気にする世の女性はそうでもないかもしれないが、やはりこれくらいでないと。


 着替え終わった俺、コウキ、リキヤの3人は女子たちより早く待ち合わせ場所について待っている。男と違って女には色々と時間がかかるのだろう。詳細は知る由もないが。

 待っている間に自分の体とコウキたちの体を見比べる。俺もなまらないように軽い筋トレをしているので引き締まってはいるはずなのだが、2人と並ぶと貧相に見えてしまう。コウキは程よい筋肉を身にまとってバランスのとれた無駄のない肉体。リキヤに至っては鍛え上げた筋肉の主張が激しく、服を脱いでいるのに普段より大きく見える。男の俺からしても憧れる肉体を目の当たりにして、自信がなくなってきた。

 夏休みなだけあってどこを見ても人が溢れている。日常では見ることが無い露出の多い水着姿の女性が前を通り過ぎると無意識に目で追ってしまう。男子高校生としてはある意味健全ではないか。名誉の為に言っておくがコウキもリキヤも見ているからな。

 通り過ぎて行く人々を眺めていると奥の方から塊のような何かが人混みをかき分けて俺たちの方に向かってくる。いや、かき分けるというより人混み自ら避けると言ったほうが正しいか。その光景はモーゼを彷彿とさせる。近づく前にそれが誰なのかすぐにわかった。モーゼにも見えたその正体はサユリ、エリカ、マコトの3人だ。ちなみにシズクちゃんは予定が重なって来れなかった。コウキの陰謀のような気もするが…。

 群を抜いた容姿を最大限に引き出す水着姿は、一言で言うと「圧巻」だった。男女問わず足を止め見惚れてしまうのも無理はない。オカルトチックなことを言うつもりはないが、この時だけはオーラというのを信じてしまう。


「お待たせー」


 知っている人の水着姿を見るとドキドキしてしまうのは俺だけなのか。非常に目のやり場に困ってしまう。3人とも華奢でスタイルが良く、それでいて出るところは出ている。


「どうしたの?エっ君?さっきからどこ向いて…もしかして僕の水着に照れてるの?一緒に買いに行ったとき一回見てるでしょ?」


 一度見ているからといって慣れることがあるのだろうか。

 マコトが着ていたのは一番最初に試着していた黒のビキニ。リングなどが至る所にあってシンプルながら大人っぽさが漂っている。マコトの雰囲気と白い肌には相性抜群だ。


「……それにしたんだな。やっぱり似合ってる」


「エヘへへ…ありがと」


「ちょっと…マコトだけなの?」


 サユリはピンクのオフショルのビキニだ。露わになったデコルテはやらしさではなく美しさが際立っている。そのラインを辿ると大きな胸に目がいく。全身が小柄な分、より大きく感じる。服を着ているとわからないもんだ。


「変…かな?」


 腕の間で寄せられてできた谷間を間近で見ると、貧乳派の俺でさえぐらついてしまう。というかリキヤ、横目で見てんのバレバレだからな?

 まあ貧乳派も巨乳派も仲良くしようぜってことだな。


「か、かわいいよ」


「ホント?ありがと!」


 つくづく小学生並みの感想しか言えない自分にがっかりする。コウキのように自然に褒めれたら格好がつくんだけどな…。横ではコウキがスラスラと褒め称えている。


「うむ、みんな良い感じだな。エリカはラッシュガード脱がないのか?」


「べ、別にいいでしょ!日焼けが気になるの!」


「そうなのか……。もしかして胸の大きさを気にしてるのかと思ってな」


 その瞬間、冷たい風が吹いた。女性に胸の大きさについて言及するのはまずいことだと俺でもわかる。コウキが「あーあ…」と頭を抱え、女性陣の眼つきが鋭くなった。エリカからは殺意が漏れ出している。それを察したリキヤは「すまんすまん」と言いながら慌てて言葉を付け加える。


「俺が言いたかったのは胸の大きさは気するなってこと。好みは人それぞれだから小さいのが好きな人もいるってことだ。現にエツジは小さいほうが好きだもんな?」


 おいいいぃぃ!この場で爆弾を放り込むんじゃねーよ!

 視線が俺の方に集まる。唐突な暴露にうろたえてしまう。誤魔化すこともできるがエリカが傷つくかもしれない…。


「エツジ君……。そうなの?」


「えーっと…まあどちらかというと小さいほうが好きかな…。いやでもどっちも好きなんだけどな?強いて言えばっていうか…」


 ああ俺何言ってんだろ……。最悪すぎるだろ……。


「そ、そうなのね……。ふーん…。まあ日焼け止めも塗ってあるし脱ごうかしら」


 どうやらエリカのプライドは保たれたようなので犠牲の甲斐はあったのではないだろうか。 

 エリカの胸は小ぶりだがそれを補う程の手足の長さがスタイルを引き立てている。これだけのポテンシャルを持っているのだから隠すのはもったいない。水着はデニムのショートパンツでカジュアルながらもさらっと着こなしている。


「ど、どうかしら?」


「すげーいいと思う…。そのタイプの水着が一番好きだし」


「……嬉しい」


 褒めた方も褒められた方も照れている。外観が全てではないが、この日のエリカは体型も水着も俺の好みのど真ん中だった。しおらしいエリカが見れるのも新鮮なので水着姿も含めて目に焼き付けておく。


「小さいのが好きなのは本当の胸を知らないからよ!だから私が教えてあげる。ほら、遠慮しないで…」


「むぅー…。一番好きな水着とか知らなかったんだけどー?なんで教えてくれなかったの?」


 両腕に当たる柔らかい感触は好みという概念を壊そうとしてくる。

 結局のところ、みんな違ってみんな良い、ということなのだろう。


「ちょっとあなたたち!離れなさい!」


「アハハッ…大変だねーエツジ」


「うむ、俺は大きいのが好きだ!」


「笑ってないで助けてくれ!」


 まだ着いて間もないのに騒がしい美男美女のせいで悪目立ちをしてしまった。テンションが上がっているのは俺も同じだが、人の目も気になるのでまとわりつくサユリたちを振りほどいてそそくさとその場を離れるのであった。

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