第39話

「どう?楽しんでる?」


「うん。ちょっと疲れちゃったけど。コウキ君はへっちゃらみたいだね。羨ましいなー。私、体力も無いし運動神経も悪いから」


「部活で鍛えてるからな。スポーツも好きだし。でもサッカー以外だとエツジに勝てねーんだよなー」


「二宮君何でもできるよね。話も面白いし、優しいし」


「だろ?昔からあんな感じなんだよな。俺の憧れでもある…ってどうでもいいか」


「……モテそうだなぁ。彼女とかいるのかな」


「……気になる?エツジのこと」


「え?あ、いや、ごめんなさい。変なこと言ってたよね」


「別に謝ることじゃないよ。でも、せっかくだからエツジの話じゃなくて佐々木さんの話が聞きたいな。佐々木さんはどうなの?彼氏とかいるの?」


「いないよ。私なんかにできるわけないよ…」


「そんなことないと思うけどな。……じゃあどんな人がタイプなの?」


「そ、それは―――」




 「ニノごときに負けるとは…」と本気で悔しがる東堂さんを見るのは面白い。俺も手心加える必要がないと判断して、本気でやった。東堂さんはそういうのを気にせず純粋に楽しめる人だ。しかもワンサイドゲームにはならず競っているということは東堂さんもそつなくこなすタイプのよう。

 第一印象はお高くとまっているように見えたが、人は見た目で判断してはいけないと改めて胸に刻んだ。そうなると俺もやりやすい。「次行くよ!」と連れ回されるが苦ではなかった。


「あたしが全敗……ニノ何者?」


「仕方ないよ東堂さん、俺が相手だもん」


「ムキ―!憎たらしいー!てかさ、その東堂さんてのやめてよ。トウコでいいよ」


 今日会ったばかりの女子を名前呼びするのはいかがなものかと思ったが、「いいから。これは命令よ」とごり押しされたのでトウコと呼ぶことにした。

 入れ替わってから時間も経っていたので皆のいる所に戻る。コウキたちも合流していた。佐々木さんが上手く話せたのかは気になったが、後でそれとなく聞いてみよう。

 他の人もそれなりに仲を深めたみたいだ。その場の空気で感じ取れた。

 遊び尽くした俺たちはスポーツエリアを離れる。


 疲れた体を休ませるために座れる場所がいいなという意見はみんな同じよう。となると選択肢は限られている。ここでその条件を満たしている、まだ行ってない場所…。


「カラオケっしょ!」


 その流れになるのはわかっていた。それこそ高校生の合コンと言えば真っ先にカラオケが浮かぶ。だが俺にとってそれは非常にまずい。何故かって?音痴だからに決まってるだろ。

 このメンバーだといい意味でからかってもらえる気もする。盛り上がるのは万々歳なのだが、そこは少しでもかっこつけたい男の性が邪魔をしている。いっそピエロになるのも有りか…でもなぁ…。


「エツジ、どうする?」


 葛藤の中でコウキの声が聞こえた。

 コウキは俺が音痴なのを知っているので、気にかけてくれたみたいだ。


「エツジ苦手だったよな?やめとくか?」


 ケイスケも心配している。友達になったのもある意味俺の音痴が絡んでいるので、今回は馬鹿にする気配はない。

 2人が事情を知っているので、別の場所にすることもできなくはないが、楽しそうなユウタたちを見ると気が引けるな…。

 どうする?どうすればいい?どれが正解?あーもう何でもいいから何か起こってくれ!


「あら偶然ね」


 願えばその想いは届くもの―――


「こんなところで会うなんて奇遇ね」


 現れたのは救世主―――


「やっほーエっ君」


 のような都合のいい展開はなく、それを上回るピンチが訪れるのであった。


 この状況が如何に悪いものなのかを理解しているのは俺とコウキだけだった。ケイスケとユウタは突如現れた知り合いとみれる美女たちに見惚れている。女性陣もその神々しいオーラに気圧されて、言葉を失っている。優劣をつけるわけではないが、やはり彼女たちは別格だ。


「な、なんでここに…」


 俺もコウキと同じことを思っていた。「偶然」で済ませるほど物分かりがいいわけではない。


「こんなところで何してるのかな?コウキ兄」


「シ、シズク!お前まさか…」


 合点がいった。情報の提供者はコウキの妹、シズクちゃんだったか。てことは俺は巻き添えを食らったってことだよな…。それなら何とかなるか。


「エツジ君、今自分に関係ないって思ったわね?そんなわけないじゃない。これは重罪よ。どういうことなのか説明してもらうわよ?」


 俺の楽観的な考えはすぐに打ち砕かれた。それどころか矛先は俺に向けられている。

 説明も何もないのだが。というか悪くはなくね?

 さてさてこの空気をどうするかな。乱入者によって一気に空気が張り付いた。トウコたちもどうしたらいいかわからず、目を泳がしている。

 ここを打開できるのは俺かコウキだけ。目でコンタクトを取りながら団結して切り抜けようと試みる。やるべきはこの場の離脱。この際、音痴がどうのなんて言ってられない。


「友達と遊んでただけだって。これからカラオケ行くんだ。なあエツジ?」


「あ、ああ。てことで俺たちもう行くから。お前らも楽しんでこいよ」


 即座に背を向けてカラオケに向かう。時間をかけるほど不利になるので短期決戦で終わらせようとする。が、俺たちの考えは甘かった。言葉ではなく、物理的にそれは阻止された。ガシッと肩を掴まれ、一歩たりとも進むことができない。肩を掴んだ力は万力のようで、「逃げるなよ?」と脅された気分だ。


「へー…カラオケねー…。楽しそうじゃない。私たちも混ぜなさいよ」


 この空気で着いて来ようとするのは図々しすぎないか?

 サユリ、エリカ、マコト、シズクちゃん、この4人を加えてカラオケなんて俺の心臓がもたない。俺だけじゃなく他の人にも迷惑をかけてしまうだろう。


「この人たちはコウキ君たちの知り合い?」


 落ち着きを取り戻したトウコからの質問に答えたのはマコトだった。「とーっても親密な関係だよ」と人が良さそうな受け答えをしているが、どこか怖さを感じる。


「そうなんだ。悪いけど今日は私たち―――」


「多分コウ君に誘われたんだろうけど、こんな華やかな所にエっ君は似合わないよ。相手にされなかったら可哀そうだし、僕たちのほうで引き取るよ」


 割と上手くやれてたんだけどな…。


「そんなことない!ニノは―――」「待って!二宮君は―――」


「ごめんね邪魔しちゃって。後はよろしくね。コウ君」


 トウコと佐々木さんが引き留めようとしてくれたが、その隙も与えずにマコトたちは俺の腕を引いて、そのままカラオケの部屋に連れ込まれた。


「悪い!妹も向こうにいるし、俺もあっち行ってくる。今日は楽しかったよ。また機会があれば遊ぼーな!」


 後を頼まれたコウキも俺1人だと不味いと思ったのか急いで追ってきた。

 残された人には申し訳ないが、俺もコウキもこの後の地獄をどう潜り抜けるかということしか頭にない。

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