第36話

「それにしても相変わらずリキヤは騒がれてるね」


 キャーと騒ぐオーディエンスを見ながら、相原が言った。あまり良く思ってない顔と言い方だった。バスケを観に来ている人にとって、リキヤを見て騒ぐ人たちは、上辺だけしか見てないように思える。それが駄目なわけでは無いし、俺もなんとも思ってないが、邪魔と感じる人もいる。


「あいつかっこいいし、上手いし、仕方ないよ。中学の時からだし、もう慣れた」


 思い返すとリキヤが入ってから、徐々に見物人が増えていった。最初は集中できなかったが、リキヤだけしか見てないとわかると、気にならなくなった。


「それにしても、不平等だよなー。モテないにしても、少しくらい俺にも黄色い声援があってもよかったと思うが」


 反応がなかったので隣をみると、相原がきょとんとした顔でこちらを見ている。


「意外……。あんたもそんなこと思ってたんだ」


「そりゃ多少はな……。モテたいって気持ちは誰しもあるだろ……。顔のことは置いといて、バスケしてる時は補正がかかると思ってたんだけどな…」


 相原は冗談なのか、本気なのか、受け取り方を考えているようだ。俺としても冗談半分、本気半分なんだけどな。

 学生の部活なんて、そんな動機だろ?


「……まあリキヤのことは置いといて、エツジもかっこよかったよ」


 フォローに走ったようだ。それはそれでむずがゆい。


「バスケしてるエツジをうちは知ってるからね。そうじゃなくても密かに人気はあったよ。あんた、特別かっこいいわけじゃないけど、話しやすいし、優しいし。それでいて意外と何でもできるじゃん?うちの周りにも狙ってる子いたよ」


 そこまで優しくされると惨めに思える……。そんな考えを読まれたのか、「知ってると思うけど、うちお世辞言うタイプじゃないから」と付け加えられる。


「マジかよ……。そんな話聞いたことないし、気配すら感じなかったんだが」


「それはそうでしょ。あんたの周りにはサユリ、エリカ、マコトがいつもいたんだから」


 ん?それが関係あるのか?


「あんな連中が周りにいたら、そりゃ躊躇うでしょ。敵うはずないんだから」


 あいつらと仲が良いのを付き合ってると誤解されたってことか?風評被害にも程があるだろ…。


「そんな…。じゃあ誤解を解いてたらチャンスがあったのか?」


「そういう問題じゃないでしょ。エツジが誤解を解いたところで、あの3人…特にマコトなんて……。いや、やっぱこの話はやめとこ。うちも何言われるかわかんないし…」


 1人くらい俺を応援する人がいてもいいだろ、と考えたことはあった。相原は優しいので、今の言葉を全部鵜呑みにするわけではないが、惜しい気持ちを隠せずにいた。


「そうじゃなければ、うちだって……」


 「なんでだよー…」と嘆く俺の横で相原が何か言っていたが、余計悲しくなりそうなので耳を塞いだ。

 なんか、もう振り回されんのも疲れたな……。




 どこまで本当かわからない話に翻弄されている間に、試合は終わっていた。最後の方に関しては、集中して観ることができなかったので、心の中でリキヤに謝罪しておく。

 スコアは79-76でリキヤたちが勝っていた。練習試合、それも2軍相手、だとしても大金星と言える結果だ。次の大会ではいいところまで行くかもしれない。

 試合後の選手たちは清々しく、羨ましく思える。

 俺も何か始めようかな。

 相原も撤収するようだ。「これを機にいつでも連絡してしてこいよ」男勝りな口調で言い残して去っていった。


「お疲れ」


 試合後のリキヤに声をかける。「観てくれたか!」と試合が終わって間もないのに元気なやつだ。


「どうだった?けっこう上手くなってただろ?」


「だいぶな。チーム全体としてもレベル高かったよ」


 リキヤがニコッとはにかんだ。普段無愛想なリキヤが嬉しそうなのを見ると、どれだけバスケが好きなのかがわかる。


「どうだ?バスケやりたくなっただろ?」


「部活に入るのも悪くないなとは思った」


「おお!そうと決まれば―――」


「バスケかどうかはまだ決めてないけどな」


 「なんだよそれ」と落ち込むリキヤには悪いが、バスケの他にも興味があるので正直に伝えておく。でも、何か始めようと思えたことは、リキヤに感謝だ。


「そういえば相原来てたぞ」


「知ってる。見えてたからな。……相原、何か言ってなかったか?」


「別に、お前がキャーキャー騒がれてるのが鼻につくってさ」


「そんなの知らねーよ」


「冗談だって。上手くなってるってよ」


 それを聞いたリキヤは斜め上を見ながら「あっそ」とあっさりしていたが、口角が上がっていた。照れ笑いを隠すのが下手な奴だ。

 中学の時も、リキヤと相原はいがみ合いながらも傍から見ればいいコンビだった。褒められた時も今回のような反応だったが、内心喜んでいるのがバレバレだった。

 そんな様子から2人は付き合ってるなんて噂もあった。


『別になんとも思ってねーよ。……仮に好きだったとしても、あいつには別に好きな奴がいるらしいしな……』 


 噂が流れた時、一度だけそれとなく聞いた時のリキヤの言葉。聞いた限り2人が付き合ってるという事実は無さそうだ。

 相原の浮いた話はそれ以降聞いたことがないので、『好きな人』というのもわからずじまい。

 もしリキヤがその気なら、何かしら手助けはしたいけど、前に聞いたタイプとは真逆なようなので、出番は無さそうだ。


 試合が終わった後もやることがあるので、リキヤとはそこで別れた。

 今日見た光景、肌で感じた熱気、会った人物。何かに打ち込んだ日々を思い出すには十分な材料だった。

 何をしようかなと、贅沢な悩みにワクワクしながら家に帰るのであった。

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