第35話

 俺は今、学校の体育館にいる。部活動をしていない俺が夏休みにこの場所にいるのは、リキヤが所属するバスケ部の練習試合が行われるというのが理由だ。といっても参加するわけではなく、ただの見学。

 「一回観に来てくれよ!」と熱く語るリキヤを無視することもできなかったので、こうして観戦に来ている。

 アップも終わったので、もう少しで試合が始まるだろう。

 ギャラリーを見渡すと、思ってたより見物人が多かった。しかも女子。「松方くーん」と黄色い声援が聞こえたので、リキヤ目当ての人も多そうだ。

 しばし待機していると、両校が整列し始める。

 相手校は県内でも屈指の強豪校の2軍らしい。2軍といっても選手層が厚く、レベルが高いと有名だ。俺たちの高校もメキメキと力をつけてはいるが、それでも格上に当たる。こうして試合をしてもらえるのもいい経験になるはずだ。


「隣、いいかな?」


 1人で見物していた俺の横に誰かがやって来た。


「どうぞ…って相原?」


「よっ。久しぶり」


 予想外の人物にびっくりしてしまった。

 俺と違って平然としているその人物の名前は相原あいはらミナミ、俺と同じ中学出身の女子だ。サバサバしていて、その性格から男友達も多かった。俺も割と仲が良かった。高校は別だったはずだが…。


「何でお前ここにいるんだ?」


「何でって、今日の練習試合、うちの高校とじゃん」


 そこで初めて相原の通っている高校を知った。


「そうだったのか。知らなかった…」


「えー…酷くない?うちは練習試合の相手聞いて、すぐにエツジとリキヤがいった高校だってわかったのに。今日も会えると思って楽しみにして来たんだけどなー」


 リキヤはともかく、俺のことも知っていたとは。


「でも、ここで会うとは思ってなかったな…。向こうに立ってると思ってた…」


 相原の視線の先はコート上。すでに試合は始まっている。


「バスケ…辞めたの?」


 相原は俺たち中学男子バスケ部のマネージャーだった。

 リキヤをバスケ部に誘ったのは俺だ。その俺も当然バスケ部に所属していた。当時の俺は、そこそこバスケが上手かった。身長こそ高くはなかったが、シュートとドリブルでカバーしていた。そこにリキヤが加わり、俺たちバスケ部は県で上位に入賞するくらいに強くなった。俺は外から起点となって、中はリキヤが持ち前のフィジカルを生かして、チームとしてまとまっていた。相原もマネージャーとして、俺たちを支えてくれた。

 だからこそ、コートに立っていない俺に疑問を持つのは当然だ。


「まあな。高校に入ってモチベーションが無くてな」


 バスケは面白かったし、嫌いになったわけではない。辞めたのも深刻な理由があるわけでは無く、ただ、何となくだ。俺が自分に自信が持てなかった時期と重なったということも少なからず関係している。リキヤを誘っといて申し訳ないのだが、やる気になれなかった。


「そっか……。まあ、あんまり詮索するのもやめとくよ」


 決して興味がないとか、冷たいわけではなく、割り切って接するのが相原のいいところ。女子というより男子に近い考え方なので、俺としても話していて楽だ。


「というか相原こそここで観てていいのか?ベンチでサポートすることあるんじゃないか?」


「あーいいのいいの。エツジに聞いといてなんだけど、うちもマネージャーやってないし」


「そうだったのか?ここにいるってことは、てっきり…」


 俺の言いたいことを汲み取って、「今日はただの手伝いだよ」と相原は早めに答える。


「うちのバスケ部、強豪だし大所帯でしょ?中学の時マネージャーやってたのを誰かから聞いたのか、マネージャーになってくれって頼まれて。断ったんだけど何回も誘われて、先輩のマネージャーさんも大変そうだったから、たまに手伝ってるんだよね。だから正式には違うんだ」


 「今日はそれを頼まれて」と指を指す方向にはカメラが設置してある。試合の振り返りと相手校の分析の為だろう。「なるほどな」と理解した俺は観戦を続ける。

 相原がマネージャーを辞めたのは単に自分でも体を動かしたくなったからだそうだ。バスケに限らず様々な競技に、今も挑戦中らしい。

 相原がマネージャーとして優秀なのは知っているが、運動神経が良いのも知っていた。相原が運動部に属していないのをもったいないとさえ思っていたので、今の彼女を応援したい。


 観戦しながらの世間話はそれからも続いた。「そっちの学校どうなの?」「誰々に彼女ができたらしいよ」他愛もない会話でも、久々に会った友人が相手だと話題は尽きなかった。

 時折、黄色い歓声が沸くのは、リキヤが得点した時なので、話に気を取られていてもすぐにわかった。


 試合後半になるとお互いバスケを知っているので、試合について語りだす。その時点での試合の内容はほとんど五分。リキヤたちも予想に反して喰らいついている。相原が言うにも2軍と言えどここまでやれれば上出来だと。リキヤも調子が良さそうで、良い動きをしている。


「リキヤ、PFなんだ」


 リキヤは中学の時、Cだった。同年代でも一回り大きい体格を武器に、ゴール下ではその強さを十分に発揮していた。高校に入って、リキヤと同じくらいのがたいの良い先輩とポジションが被っていた為、今のポジションとなった。役割に関しては見た感じ変わってないが、昔に比べ、技術面の上達を感じる。特に、得点力に関しては大きく成長していて、伸びしろも感じる。


「エースって言われてるだけあるね」


 相原も同じように感じたようだ。


「中学の時は粗さが目立ったけど、今はあの頃と違うな。上手くなったよ、あいつ」


 もう、さすがに勝てないな……。


「でも、ますます残念だなー。あそこにエツジがいたら、もっと強くなってたでしょ」


 「買いかぶりすぎだな」と言っておく。俺のレベルではベンチ入りも危ういだろう。そもそもタラレバの話をするのが良くない。

 リキヤがコート上を走っていて、俺はここから観ている。それだけだ。

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