第34話

「かん…ちがい…?」


「うん、勘違い」


 どこかで落ち込んでいる自分がいるのだが、決して悟られないように振舞う。だって、マコトが言うのだから……。


「エっ君が1人で勝手に舞い上がってるだけだよ。サユリちゃんやエリカちゃんみたいな可愛い子が相手だから、そうなるのも無理はないけど」


「そう…かな?」


 「そうだよ」と矢継ぎ早に口を動かすマコト。俺が割り込む隙間を与えない。


「エっ君の受け取り方は変わったけど、サユリちゃんやエリカちゃんの態度は変わってないでしょ?良くも悪くも友達として、だよ。僕たちは特別仲が良いから近すぎると思うかもしれないけど、昔からこんな感じだったよ。今まで一歩引いてたエっ君は最近気づいたってだけ」


 俺の受け取り方が変わったのはつい最近だ。でも、もしかすると昔から好意が―――


「好意はあっても、そこに男女の関係、つまり恋愛感情なんてないと思うよ。サユリちゃんやエリカちゃんの好意はあくまで恩返しじゃないかな?昔からよく相談に乗ってあげてたでしょ?そのお返し。だから恋愛感情とは似て非なるモノだよ」


 スッと腑に落ちる感覚。

 俺の考えは否定されたが、言われてみればそうかもしれない。サユリやエリカ、コウキにリキヤも昔のことをえらく感謝しているようだった。それだけで俺たちの関係が成り立っているわけではないが、少なからず影響しているのだろう。尽くしてくれてるように思えるのもそれが理由なのかもしれない。


 ――――――俺は思いあがっていたんだ……。冷静に考えればそんなことわかったはずなのに……。


 トントンと、マコトが隣を軽く叩く。座れということだろう。そこに移動すると、マコトは俺の肩に頭を置いて、体重を預けてきた。


「ごめんね、冷たい言い方しちゃった…。でも、エっ君の為を思って言ったのはわかってほしい…。あのまま、勘違いしたまま過ごしてると亀裂ができちゃうかもって…。せっかく本音を打ち明けて仲良くなれたから、それだけは防ごうと思って……」


 「わかってるよ」とマコトの頭を撫でる。マコトが俺のことを思って言ってくれたのはわかっている。その優しさに助けられてきたのだから。


「あー!改めて人間関係って難しいなー!マコトに相談してなきゃ、俺、暴走してたかも」


 「ホントだよー…危なかったね」とマコトも笑ってくれた。


「てゆーか、映画だったら僕を誘えばいいのに。その原作だってエっ君のところで読破してるし、どんな映画でもエっ君が誘ってくれたら断らないよ」


「そうかもしれないけど、せっかくだから他の人と行ってみようと思ってな」


「プリクラだっていつでも撮るよ?何だったら今から行く?」


「勘弁してくれ。当分行きたくない」


「むぅー…。押し倒すにしたって、僕だって何回もやってるじゃん」


「ハハッ…。それこそマコトに関しては昔から知ってるから、そんな気がないこともわかってるって」


「……へぇ。そうなんだ…。じゃあこれはどうかな?」


 「えい!」と俺の首元に腕を巻き付けて一緒に倒れ込んだ。ベッドの上、図らずも腕枕をしているような体勢になる。


「どうかなって…ついさっきマコトが教えてくれたばかりじゃないか。勘違いだって……」


「うん…だから、教えてあげる。恋愛としての好意を……」


 首に絡めた腕を締め付け、顔と顔の距離が近づく。マコトの綺麗な亜麻色の髪が頬を撫でる。2人だけの空間で研ぎ澄まされた嗅覚は敏感に匂いを感じとる。その芳香は今までに嗅いだことのないくらい、甘くて、とろけそうだ。アロマ以上のやすらぎに、目を閉じればまどろみの中へと誘われそう。

 女の子ってこんなにいい香りがするものなのか?それともマコトだから?俺だって同じ人間なのに、こんなにも違うものなのか?

 マコトの魅力はそれだけに留まらない。全身に絡みつくように走る柔らかい感触は、この世のどこを探しても見つからない極上の抱き枕のようで、触れているだけで幸せを感じる。この感触を知ってしまうと他ではもう満足できないかもしれない。


「マ、マコト?え?ちょ、これってどういう……」


 思考はぼやけて、語彙力が消え失せる。拒否することもままならない。先程学んだはずなのに、おめでたい頭のようだ。


「こういうのが……男女の…恋愛としての…好きってことだよ?」


 目を合わせないようにしていたが、無駄だった。どれだけ抵抗しても五感は正直なようで、嗅覚と触覚に命令されて視線がぶつかった。とろん、としたマコトの表情に、視覚までも支配される。

 最早、体の自由は奪われたも同然。

 

「駄目だって…。マコト?なぁ?これ以上は…いくら何でもやりすぎだって…」

 

 本心では嫌なわけがない。ギリギリで保っている理性が必死に選んだ言葉。引き離そうと思えばできるのに、それをしない俺に説得力は皆無だ。


「エっ君……」


「マコト……」


 これってもしかして…からかってるんじゃなく、本気で……。


「クスクスッ…アハハハッ!もうーエっ君てばー!冗談だよ。冗談。あれだけ注意してあげたのに…。そんなに僕が魅力的だった?」


 大笑いするマコトを目の前にして、呆気にとられる。


「すごいテンパってるし、顔も真っ赤だし…。あー面白かった」


 なんだ…やっぱりからかわれただけか……。

 冷静になった途端、急激に恥ずかしくなってきた。「最悪だ…」と漏れた一言を聞いて、マコトは更に嬉しそうだ。


「やっぱりエっ君1人だと心配だなぁ。その内悪い女の子に騙されちゃいそう…」


「そんなに心配しなくても……」


「これからもこういう話は真っ先に僕に話してね?一緒に考えてあげるから。その都度僕が教えてあげる。僕の言う通りにしてれば間違いないから…」


 長い時間共に過ごしてきた俺たちはお互いのことをよく知っている。それなのに時々、マコトの全部を俺はまだ知らないんだ、と思う時がある。マコトは俺のことを何でもお見通しなのに、同じ時間を過ごしたはずなのに。

 それでも、マコトが間違いないと言うのなら―――


「そうだな。そん時はよろしくな」


「……約束だよ?」


 海のように、綺麗で、底知れない、マコトの瞳を見ながら答える。


「ああ、約束だ」


 この約束が俺にどう影響するかなんて、この時は深く考えなかった。

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