第33話

「エっ君!あーそーぼー」


 バタンと開いた扉の向こうに立っていたのは案の定マコトだった。


「お前な……ノックくらいしろって何回も言ってるだろ?」


「えー…。いいじゃん別に…。僕とエっ君の仲なんだから」


「もし俺が取り込み中だったらどうすんだよ」


「エっ君…溜まってるの?……エっ君だったら…僕…いいよ?」


 「バーカ。何の話してんだか」「さあ?何の話でしょう?」こんなやり取りを今まで何回してきただろう。そろそろマコトにノックを求めるのは諦めるべきか。

 マコトは家に来る時、事前に連絡をよこさない。にもかかわらず、毎回俺に予定がない時にやって来る。不思議に思っていたが、最近俺の母とマコトが連絡を取り合っているのを知って謎が解けた。回りくどいから俺に連絡すればいいのにと言うと、「サプライズの方が嬉しいでしょ?」と言っていた。別に嬉しくないのだが。


「んで、今日は何の用だ?」


「用がないと来ちゃいけないの?」


「駄目だな」


 俺の冗談を「ケチ―」と言いつつ受け流すマコト。部屋に入るとすぐに俺のベッドに飛び込んだ。高校生にもなったのだから、もう少し恥じらいを覚えてもらいたい。

 スマホをいじりながら、何をするかを聞いてみる。いつもはあれこれ意見を言うマコトなのだが、今日は静かだった。様子がおかしいと思って、スマホを置いて見に行く。

 マコトは何やら神妙な面持ちで寝転んでいた。


「どうした?急に黙るなよ」


 反応無し、かと思えば突然、近くのシーツを鼻に寄せて、「やっぱり…」と呟く。

 え?何のことだ?もしかして臭う?

 その動作と一言から、傷つく予感がしていたが、恐る恐る聞いてみた。


「ど、どういうことだ?」


「……女の人の匂いがする」


 予想していたものと違っていたので安心して肩の力を抜いた。だがそれも束の間だった。


「どういうこと?」


 いつもの緩くフワフワしたマコトの雰囲気とは違って、冷たいものを感じる。時々このモードに切り替わるのだが、何がスイッチなのか未だにわからない。ただ一つ言えるのは、下手に逆らわないほうがいいということ。エリカ様とはまた違う締め付けるような怖さがある。あのリキヤでさえも、一度体感しているようで、「マジで怒らせないほうがいい」と語っていた。

 匂い、というのに心当たりもあるし、別にやましいこともない…はずなのでありのままを伝えることにする。


「それは多分―――」


「この長い髪……。僕のでもないし、エっ君のでもないよね?言い訳はできないから」


 喋ろうとする前に、何故か証拠を突き付けられる。別に言い訳なんてしないのに。そもそも何に対しての言い訳なのかも不明だ。そう思っても口には出せない空気になっている。


「匂いも髪も、多分エリカのだ。昨日この部屋で一緒に勉強してたから、その時のやつだろ。それだけだよ」


 というか匂いなんて残ってたのか。寝てる時は気が付かなかった。惜しいことをしたような…。


「……エリカちゃんが来てたんだ…。ふーん……。そうなんだ……」


 マコトが何を思っているのか、わからなかった。エリカという人物をマコトも知っているので、やましいことが無かったというのも伝わったはずだが……。


「僕以外にも部屋に入れるんだ…」


「あ、ああ。って言ってもマコト以外ではエリカが初めてだったけどな。なんか、いつもと違って緊張したっていうか…。エリカでそんなテンパるなら、彼女できた時どうすんだって話だよな。ハハハ……」


 場を和ませようと笑ってみるが、マコトは笑ってくれず、目も合わなかった。俺だけの笑い声が響くこの部屋は、冷房の効きすぎかと思う程に冷え切っていた。


「どんどん”僕だけ”が無くなってくなぁ……」


 マコトがボソッと呟いた言葉は聞こえなかった。もう一度聞くのも怖かったので、知らないふりをする。

 どんな言葉をかければいいかわからない。マコトとこんな雰囲気になるとは思っていなかった。気を遣わず、もっと気楽に話せると思っていたのだが。


「エっ君、他に隠してることあるでしょ?」


 俺があたふたしている間に、いつものマコトに戻っていた。

 ニコッと優し気に笑うマコトを見て、ホッとした。


「前にも言ったでしょ?エっ君のことは何でもお見通しなんだから」


 確かに、マコトに話そうか迷っていたことがある。先程の話にも出ていたエリカのこと、そしてサユリと映画を観に行った時のこと。その時、自分でもよくわからない気持ちになっていたこと。

 隠そうと思っていたわけではない。自分の中で整理がついていないので、話していなかった。マコトにはバレているようなので、この際、話してみることにした。


「実は―――」


 事細かにというわけではないが、おおよその出来事は話した。その時の自分の思考、感情も織り交ぜて。マコトはいつものように真剣に聞いてくれた。

 

「―――ってことがあってさ」


 整理しきれていない感情を伝えるのに、時間がかかった。マコトは一言も不満を漏らすことがなかった。花火大会の時に続いて、頭が上がらない。


「なるほどね。それで、エっ君としてはその気持ちがなんなのかわからないんだね?」


「そうなんだ。今までも2人で遊びに行くことなんて何回もあったし、一緒に勉強することもあった。やってることは同じ…はずなのに、花火大会以降、なんかドキドキするっていうか、意識しちゃうんだよな…。前から思ってたのとは違う意味で可愛い、とか綺麗だなって」


 サユリとエリカを頭に浮かべるだけで、胸が高鳴る。


「気づいたこともあるんだ。多分、俺はあの時まで一歩引いて接していた。違う世界の人のように勝手に線引きして。それを取っ払って接するようになって、考え方だけじゃなく、見え方も変わったような気がする。そうなると、サユリやエリカがぐっと近い存在になって、友達としてだけじゃなくて」


 自分でも、薄々気づいていた。


「女性として、異性として、見てしまうんだ。今までの言動も、仲が良いってだけじゃなくて、そこに、もし男女の関係があるのだとすれば…」


 その気持ちが何なのか。


「思い返すと…ひょっとして…好意だったんじゃないかって。いや、もちろん友達としてだけなのかもしれないけど…期待してる自分がいるっていうか……」


 確証がないからこそ、誰かに言って欲しかった。そうすれば自分でも認めることができる。


「この気持ちって―――」


 そんな時、欲しい言葉をくれるのはいつもマコトだった。そしてその言葉は、いつも正しい答えに俺を導いてくれる。


「うん。その気持ちは―――」


 今回もきっと―――


「勘違いだよ」


 マコトが出した答えは、俺が求めていたものと違っていた。

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