第28話
夏休みに入って封切になった映画の中に、観たいものがある。漫画原作の実写映画だ。であれば映画館に行けという話だが、今回は少し考えてしまう。誰と観に行くか…。
いつもなら1人で観に行くことが多いのだが、花火大会のことがあってから、人付き合いに関して積極的になろうと意識している。その中でも5人との関係は大切にしたい。
コウキとはよく映画を観に行っていたので、誘ってみたのだが今日は一日中部活の様だ。
「どうしようかな……」
そういえばあいつもこの漫画好きだったよな……。
スマホを手に取り連絡してみる。気分的にメッセージでやり取りするよりも電話することにした。
プルルルルッ、と音が鳴ってすぐに通話に切り替わる。ワンコールで出てもらえた。
「もしもし。いきなりだったけど今大丈夫か?」
【だ、大丈夫よ!いきなりだったからびっくりしたけど…】
「急だったもんな。悪い悪い」
【べ、別にいいわよ…。それで、どうしたの?エツジから電話なんて珍しいわね】
「実は観たい映画があってさ、よかったら一緒に観に行かないかなって―――」
【行く!】
食い気味に返事が返って来た。ありがたい。
「よかった。いつに―――」
【今日!今から!】
またも食い気味に返事が来る。俺としてはいつでもよかったので向こうに合わせることにした。
「お、おお…。それでいいなら、了解。今日にしよう。今からだと…、そうだな、11時に○○駅集合でどうだ?」
【わかったわ。じゃあ、また後で…】
こうして通話は終わった。あまりのんびりしている時間はないので、支度に取り掛かる。早めに準備が終わったので余裕をもって家を出た。早く着く分には問題ないし、遅刻はしない主義だ。
駅に着いたのは10時30分。30分前に着くというのは、待ち合わせだと申し分ないはずだ。そう思っていたのだが、待ち合わせの相手はすでにそこに居た。
「ごめん、待たせたかな?サユリ」
「いいえ。私もさっき着いたところよ」
その相手というのは白石サユリだ。賑わう人混みの中でも醸し出す空気は一際目立っていた。勉強会の時のように髪は下ろして毛先を巻いている。私服姿と相まって、そのビジュアルは通り行く人々の目を次々と奪っていた。贔屓目じゃなくてもそのオーラは芸能人と遜色ない。
普段から知っている俺でさえ、見入ってしまった。
「どうしたの?そんなにジロジロ見られると照れるじゃない…」
「ああ、いや、別に……」
いつもと何かが違う気がする…。髪型とか服装とか、そんな単純なものではない何かが…。
この時の俺はまだわからなかった。
「そのシャツ、前に買ったやつだよな…と思って」
「そうなの!気づいてくれたのね!…どうかな?」
「似合ってるよ。髪もいつもと違って可愛いと思う」
前回の反省というわけではなく、素直に思ったことだった。
「そ、そうかな…。嬉しいわ……。エツジも…かっこいいよ…」
ギリギリ聞こえた。確かに、今日の俺はいつもより身だしなみを整えてきた。かっこ良くなったというよりは、マシになった程度だろうが、サユリがそう言うなら素直に受け取ろう。
「ありがとな。で、早めに着いたけどとりあえず移動しようか」
「そうね。行きましょ」
サユリも暇していたのだろうか、なんだか機嫌が良いみたいだ。その姿を横目に、俺たちは目的の映画館へ向かった。
「それで、観たい映画って何なの?」
「最近公開され始めた【俺と幼馴染は結ばれない運命らしい】っていう映画だよ。サユリも原作の漫画読んでただろ?それで誘ってみたんだけど、興味なかったか?」
「そんなことないわ!興味有り有りよ!ていうかどんな映画でも誘ってくれたら一緒に行くわよ…」
「それならよかった。今度から声をかけるようにするよ」
映画館は駅から近く、少し歩いたところにある。着いて早々に券売機でチケットを買う。
どうやら一番近い上映時刻は昼過ぎらしい。少し時間が空くがそれしかないので、その時間で2人分の席を買った。
上映まで時間があるので先に早めの昼食をとることになった。近場のフードコートで、それぞれ好きなものを頼んで席に着く。俺はラーメン、サユリはパスタだ。
豪快にすする俺とは対極にサユリは上品に口へ運ぶ。なんてことない所作なのに、つい見とれてしまう。
箸を進めながら、合間合間に会話を挟む。
「電話でも言ったけど、エツジから誘ってくるなんて珍しいわよね?」
「そうか?言われてみれば…今まであんまりなかったか。急に悪かったな」
「ううん。嬉しかった。花火大会のときはどうなるかと思ったけど、こうして誘われると、前より距離が近くなったのを実感するの。だから今日は凄い楽しみ」
「映画観るだけだけどな」
「それで終わりじゃないわよね?当然その後も……」
口にパスタを入れながら、期待の眼差しをこちらに向けている。
「せっかくだし遊ぶか」
「やった!」
フフッと微笑むサユリにドキッとしてしまう。よく目にする表情のはずなのに、なんだか……。
「2人きりで出掛けるなんて久しぶりよね。いつぶりかしら?」
「1年前とかか?そう考えると久々だな」
あの時もよくフードコートで食べていた。そう考えると、距離が近くなったのか、戻ったのか、わからない。それでも、またこの様に向かい合って話せているのは良いことに違いない。
「あの時は何もかも新鮮で、はしゃいでたわね。…無邪気な子供だったわ」
サユリは俺を通して、中学の頃を見ているようだった。
「今こうして2人で出掛けてみると…、その、デ、デートみたい…じゃない?」
昼時になって人が増え始めた。
「ん?なんて?」
「だ、だから、その、こうして2人でいると…、デートみたい…だなって…」
椅子と床が擦れる音、囲むように聞こえる話声。周囲の音に掻き消され、サユリの小さな声は聞こえない。毎度のことだが、顔は別の方向を向いている。
いつもなら適当に流しているが、これからはなるべく拾っていきたい。
「ごめんサユリ。もう一回言ってくれないか?」
途端、サユリのボリュームとボルテージが一気に上がり、体現するかのように立ち上がる。
「もういいわよ!バカッ!」
怒らせてしまった……。顔を赤らめているので、相当なものだろう。何度かこんな場面を経験しているので、そろそろ原因がわかりそうなのだが、まだ掴めていない。聞き取れれば一番良いのだが、それに関しては仕方のない部分もあるのでは…。
張り上げた声で注目を集めたサユリは、我に返って恥ずかしそうに座った。一瞬、キッと睨まれたのだが、俺だけのせいじゃないと思う……。人の心というのは難しいものだ。
「のんびりしてたら映画に遅れるわよ。早いとこ食べて、備えましょう」
思い出話に花を咲かせていたら、上映時間に迫っていた。
「そうだな。お手洗いにも行っときたいし」
「ポップコーンは2人で一つでいいわよね?私は王道の塩がいいな。よろしくね?」
当然のように、俺のおごりが確定していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます