第二章

第27話

「本っ当にごめん!」


「もういいですよ。怒ってないですから」


 顔の前で手を当て、必死で謝る俺を、シズクちゃんはすぐに許してくれた。そもそも怒ってなかったようだが。

 

「コウキ兄から聞きました。詳しくはわからないですけど、色々あったんですよね?」


 多分、コウキはぼかして伝えてくれたのだろう。ちょっとした、いざこざのように思っているみたいだ。わざわざ終わったことを細かく伝えなおすこともないので、「うん」と返しておく。だが、花火大会の件と心配をかけたことに関してお詫びをする為に、今日はコウキ家にお邪魔している。


「解決したならよかったです。花火大会のことも、残念でしたけど…怒ってないですよ」


「それならよかった」


「その代わり、今日は私が独り占めしますから」


 シズクちゃんにそんなことを言われても全然嫌じゃない。本人は精一杯悪戯っ子のように笑っているが、何をしても可愛くて、どんなお願いも聞いてあげたくなる。


「お手柔らかに。ところで、コウキは?」


 今日、両親はいないらしい。コウキと俺とシズクちゃんの3人で遊ぶ予定だったのだが。


「コウキ兄は部活ですよ。夏休みに入って頑張ってるみたいです」


「あれ?今日は無いって聞いてたから来たんだけどな……」


「そ、それは……じ、自主練とかじゃないですか?大会に向けて気合入ってるみたいですし……」


「そうなんだ…。だとしても言ってくれればいいのに…」


「あ、あはは…。また私から言っておきますよ」


 家で2人きりなんていいのか?と思ったが、信頼されているのだろう。俺も責任をもって、今日一日シズクちゃんを楽しませようと誓った。


「それで、今日は何する?」


「エツジさんと一緒にお菓子作りしたいです!」


 そういえば、シズクちゃんの趣味はお菓子作りだったな。昔から色々と作って食べさせてもらったのを思い出す。


「いいけど、俺、何もわからないよ?」


「任せてください!私がいますから!」


 シズクちゃんが自信満々に胸を張る。元より言う通りにするつもりだったので、早速台所に向かって取り掛かる。

 今回作るのはそこまで難しくないクッキーとパンケーキだ。作る過程より、どちらかというとデコレーションを楽しめるようだ。初心者の俺に気を遣って、予め考えてくれていたらしい。それだけでやる気が出る。

 まずはクッキーからだ。


「じゃあまずは生地を作るので、材料を混ぜてください」


 「了解」とシズクちゃんに言われた通りの材料を混ぜていく。量るべきなのだが、大雑把な俺は「これくらい?」と入れていると、横から「入れすぎですよ」と指摘される。厳しさはなく、笑いながら。

 混ぜ合わせたら、こねて生地を完成させる。生地は寝かせるとより美味しくなるらしいが、今回は時間の都合ですぐに焼くことに。あとは型をくり抜いて焼くだけだ。丸型やハート型等あったが、それだけではつまらないので各々形を作って見せ合うことにした。


「じゃーん!どうですか?これ」


「おぉ…。すげぇ…」


 シズクちゃんが作ったのは花を模した形だった。重ね方を工夫して薔薇のようにしたり、フォークやココアパウダーを使用して花弁を再現している。クッキーでここまで綺麗にできるのかと感動した。


「エヘへッ…。エツジさんのはどんな感じですか?」


「シズクちゃんのあとだと出しにくいな……」


 とは言うものの謎の自信があったので「これだ!」と見せつける。


「……何ですか?これ……」


「え?どっからどうみても猫でしょ?」


「どこをどうみたら猫なんですか!」


 周りから言われて薄々気づいていたが、俺はこういう芸術や美的センスがないようだ。音痴についても、人から言われて気づいたくらいだ。自分ではそんなことはないと思っていたのだが……。

 「おかしいなー?」と首を傾げる俺の横で、シズクちゃんが笑っている。そんな様子を見て、俺も一緒に笑った。というかお詫びのつもりで来たのに、楽しすぎるのだが。

 型を取り終えたので、クッキーに関しては焼き上がりを待つだけだ。


 続いてはパンケーキ。これもクッキー同様、材料を混ぜ合わせて生地を作る。ホットケーキミックス等、材料は少し違ってくるが、ほぼ同じ作業だ。ヨーグルトやメレンゲを加えるのがフワフワにするコツなんだとか。

 出来上がった生地をフライパンで焼いていく。最初はシズクちゃんが見本を見せてくれた。フライパンの上に生地を乗せると、自然に丸く広がっていった。良い具合に生地ができているらしい。


「生地にふつふつと穴があいてきたらひっくり返す合図です」


 クルッとひっくり返すと、綺麗に焼けていた。「おぉー!」と隣で拍手をすると、「そんなに褒めることじゃないですよぉ」なんてシズクちゃんは嬉しそうに言っている。1枚目が焼き終わったので、次は俺が挑戦する。

 生地をフライパンの上に乗せると丸く広がっていく。当たり前のことだがつい嬉しくなってシズクちゃんの方に顔を向ける。シズクちゃんはニコニコと微笑んでいた。

 気泡が出てきたのでそろそろかとひっくり返す。気合を入れて臨んだ結果、ベチャっと形が崩れた。少し早かったようだ。「最初ですし、仕方ないですよ」と年下に励まされる俺は情けない。

 2枚目も焼き終わり3枚目、4枚目と焼いていく。徐々に上達していき、4枚目にして、綺麗なパンケーキが焼けあがった。またも嬉しくてシズクちゃんの方を向くと、それに応えるように微笑み返して、「上手です」と褒めてくれた。年下の女の子に褒められるという、今まで味わったことのない高揚感を感じながら、作業を終えた。

 やはり楽しすぎるのだが。うん、やっぱりコウキと家を入れ替わってもらおう。


 そうしている内にクッキーも焼き上がり、残すは実食となった。


「ではパンケーキから食べましょうか」


 バターを乗せてメープルシロップがかかっている。仕上げはホイップクリームをシズクちゃんが可愛く盛り付けてくれた。


「うん!美味しい!形が歪なのも全然美味しいや!」


「ですね!初めてでこれは上出来ですよ!」


「シズクちゃんの教え方が上手かったんだよ」


「そんなことないですよ」


 2枚ずつあったパンケーキをぺろりと完食した後、クッキーに手を伸ばす。


「うん!これも美味しい!」


 どれもサクサクで香ばしく出来上がっていた。特にシズクちゃんの作ったクッキーは、見た目も美しく、芸術品のようだった。それに比べて俺のは……。


「もはや猫の面影すらない……」


 さすがに猫と呼ぶには無理がある謎の形のクッキーを手に取って見つめていると、パクッとシズクちゃんがかぶりついた。


「でも、美味しいですよ?この…猫ちゃん?」


 最初から最後まで優しいシズクちゃんは慈愛の神か何かなのか?

 その後、紅茶も出してもらって、至れり尽くせりのまま食べ終えた。その頃にはいい時間になっていたので今日のところは帰ることに。


「今日はありがとうございました!」


「こちらこそ。お詫びで来たのに、されるばっかで何もしてあげられなかったね…」


「いえいえ!凄い楽しかったです!」


「ならよかったけど」


「あの……、もしよければ、また一緒に…お菓子作り…したいです…」


 もじもじしながら「迷惑ですよね!」なんて言っている。そんなはずがない。


「俺の方こそ楽しかったし、またやりたいな」


「本当ですか!やったぁ!」


 ピョンと飛び跳ねるシズクちゃんは見慣れたものだが、いつ見ても癒される。頭を撫でて落ち着きを取り戻した後、玄関を出た。帰り際、「約束ですよ?」と無邪気な笑顔のシズクちゃんを見ると、今日来た甲斐があったなと思えた。


 これ以上そこに留まると連れて帰ってしまいそうだったので、変なことをしないようにさっさと家に帰るのであった。

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