第29話
お手洗いを済ませ、ポップコーンと2人分のソフトドリンクを購入して準備万端。
待機していると入場可能のアナウンスが流れたので、早めに入っておく。俺もサユリも、上映までに流れる予告も含めて楽しみたいタイプだ。
予約した席を見つけて座る。後方の端よりの位置。まだ人はまばらだ。公開して間もないので、人が増えるのが予想される。
俺は律義にスマホの電源を落として、来たる時まで備える。
「楽しみね」
隣でポップコーンをつまみながらサユリは言った。その表情からワクワクしているのが汲み取れる。誘った側としてはよかったと思う。
俺たちが観るのは【俺と幼馴染は結ばれない運命らしい】という漫画原作の恋愛ものだ。主人公と幼馴染のヒロインとのスクールラブなのだが、少し違う要素がある。両想いを実らせた2人の恋路を、不思議な出来事が邪魔をする、というものだ。2人の純愛と、それを妨げるSF要素が絡み合うストーリーとなっている。
俺もサユリも原作を知っているので、映画が始まるまでひそひそと語り合って盛り上がる。まばらだった人も徐々に増えていく。
そうしていると、照明が落ち、映画が始まる。会話が無くなり、ポップコーンを口に放り込みながらスクリーンに集中する。
映画は原作のストーリーに大幅な変更はなく、純粋に楽しめるものだった。実写化に反対する人も多いが、今回はまだ良いほうだと思う。
物語は終盤に差し掛かり、盛り上がりをみせる。内容が恋愛ということもあって、それに触発されたのかポップコーンを取る手が重なった時、ドキッとした。隣を見るとサユリと目が合う。向こうも意識したみたいだ。サユリはすぐにスクリーンに視線を戻す。俺はしばらく見つめていた。
いつもと違った角度から見るサユリ。その横顔は、言葉で形容するのが難しいほどに、ただただ魅力的だった。まるで、映画のヒロインよりもヒロインのような。
――――――あれ?サユリってこんなに……。
思い出したかのようにスクリーンに顔を向ける。だが、そこからはあまり集中できなかった。
多分、変に映画の影響を受けてしまったからだろう……。うん、きっとそうだ。
自分で自分を納得させている内にエンドロールが流れていた。
「あー!面白かったー!」
「そうだな」
「ヒロインのミオナちゃん可愛かったわね!」
「そうだな」
「続編とかあるのかしら?」
「そうだな」
「……ちょっと、さっきから『そうだな』しかいってないじゃない…」
「そうだな」
「聞いてるの!」
考え事をしていて、返事が一辺倒になってしまったようだ。
「ああ、悪い。映画があまりに面白かったから、余韻に浸ってた」
「ふーん……。まあいいわ。で、この後どうする?」
「そうだな…。ゲーセンでも行くか」
「賛成!」と俺の腕を引いてサユリが歩き出した。「あんまりくっつくな」という言葉は喉元まで出てきていたが、吐き出すことなく飲み込んだ。何故そうしたのかは自分でもわからない。
ゲームセンターに着くとサユリのテンションは更に上がった。並べられたUFOキャッチャーを見て回る。
「エツジ!私あれが欲しいわ!」
サユリが指差すのは大きめのクマのぬいぐるみ。
「難しいだろうな…。とりあえずやってみれば?」
このサイズはとるのに苦労するだろう。
「頑張って!エツジ!」
「え?俺がやるの?」
「もちろん!私UFOキャッチャー得意じゃないし。それに…エツジからもらいたいんだもん……」
「それに」の後が聞こえなかったが、ようするに下手なサユリの代わりに俺がやれということなのだろう。映画にも同じようなシーンがあったし、その影響もあるかもしれない。
そんな理由がなくても、サユリにしおらしく頼まれたら断れる人間はいないだろう。
「わかったよ」と渋々お金を入れる。これが沼にはまるということと後に知ることになる。
「やったー!とれたわ!」
ようやくな……。一体いくら使ったのだろうか。知るのが怖いので途中から数えるのをやめた。やってみると意外ととれそうでとれなかった。上手いことできているものだ。コンコルド効果を身をもって体験できたのは貴重なことだ、と無理にプラスに考える。
「はぁー…かわいいー…。ありがとね!エツジ!」
ぬいぐるみを抱き抱えて喜ぶサユリの姿を見ると、金額以上の価値はあったのかと思えた。
その後もしばらく、ゲームセンターを散策した。サユリもUFOキャッチャーに挑戦してみたが、とれる気配がなかった。横から見ている分には面白かった。「下手すぎ」と笑うと、「うるさいわね!」と不貞腐れる。機嫌が悪くなったわけではなくて、冗談が言い合える空気。ゲームセンターという狭いエリアで有意義な時間を過ごした。
「ちょっとお手洗い行ってくる」
俺は一旦その場を離れる。用を足し終えたらすぐに戻った。時間にして5分程の短い間隔だったのに、サユリの元には見知らぬ男性2人組がいた。見た感じ年上だろう。
「どうしたの?暇してるの?」
「お姉さん1人?寂しくない?」
ナンパだとすぐにわかるその口説き方は今時成功しない気がする。
「あの……やめてください!」
「いいじゃん。別になんもしないって。ちょっとお茶するだけだって」
「そうそう。俺らも暇しててさ。そしたらお姉さんも暇そうにしてたから」
「あの、俺のツレに何か用ですか?」
迷わず間に入る。サユリは俺の袖を掴んでいる。
「なんだよ…。1人じゃねーのかよ」
「お前どういう関係だよ?」
「彼氏ですけど、何か?」
咄嗟に出た言葉だった。以前彼氏役を引き受けた時の名残なのだろうか。不自然ではないが、自分でも驚いた。状況には適しているので、後で釈明すれば問題ない。言い切ることによって、すぐに諦めてもらえるという考えもあった。
それを聞いて相手も潔く引いてくれた。人通りの多いショッピングモールで騒ぎを起こすほど相手も非常識ではないようだ。
胸がスーッとする。冷や汗に似たものを感じた。見知らぬ男に絡まれたからじゃない。出過ぎた対処の仕方にサユリが不快に思っていないかと不安になったからだ。
恐る恐る振り返る。サユリは俯いている。
やっぱり良くなかったか…。そりゃそうだよな…。頼まれてもないのに、彼氏面なんて……。
誤解を解こうと声をかけるより先に、サユリが口を開く。
「さっきのって……」
深く突っ込まれる前に予防線を張っておく。
「悪い…。勢いで言っただけだから気にしないでくれ。ああ言えばすぐに引いてもらえるかなっと思って…」
「……そう…」
「……ごめんな?勝手に彼氏なんて言っちゃって…。嫌だったよな」
「私がお礼を言う立場なのに、謝らないでよ」
サユリが顔を上げた。最悪の場合怒らせたかなと思っていたのに、その顔は怒りなんて全く感じない。どう表現すればいいかわからないが、その表情、仕草は、”女性”だった。自分でも何を言っているのかと思うが、そう感じた。
「……じゃないよ」
「え?」
「……嫌じゃないよ」
か細いその声をどう受け止めたらいいか。俺はまだ知らない。
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