第25話

「お前ら……、どうしてここに……」


「毎年ここで観てただろ?って言っても今年は遅れちまったけどな」


 言いたいことがいっぱいあった。謝りたかった。でも、どう切り出したらいいのかわからない。まともに目さえ合わすことができない。また顔を下に向けてしまいそうだ。


「言っとくけど、私たち花火大会行ってないからね?」


「……そうなのか?」


「うむ、あの後、俺たちだけで行くわけにもいかなかったからな。ここに来たのも俺だけと思っていたが、みんな考えることは同じだったみたいだな」


 俺のせいで、台無しにしてしまった。


「……この前は一方的に言うだけ言ってどこかへ行ってしまったわよね…。私たちもエツジ君に言いたいことがあったのよ」


 心臓が脈打つ音が聞こえる。体中が熱くなる。


「そうだぜ。ったく言いたい放題言いやがって」


 そりゃそうだよな……。怒るに決まっている。今日集まったのもそれを言いに来たのだろう。わかっていても覚悟はできていない。面と向かって告げられたら、立ち直る自信がない。

 逃げ出したい。この場からいなくなってしまいたい。

 動悸が激しくなる。重心が後ろに下がる。足を1歩後ろに下げる。そのままの勢いで2歩3歩と退いて、終いには体の向きを反転して駆け出してしまいそうだ。

 そんな体と心の震えを止めるかのように、両肩にポンッと重みを感じる。


「ようやくエっ君の本音が言えたんだからさ、もう少しだけ頑張ってみようよ。大丈夫…。僕もいるから」


 俺の後退りを止めてくれたマコトは優し気な笑顔を向ける。

 その通りだ。ここで逃げたら一生後悔する。何を言われようと真摯に受け止めよう。でもまずは―――


「あの時はごめん…。みんなに酷いことを言ってしまった」


 ここからだ。


「だけど、あれは本心で、ずっと悩んでた…」


 もう隠さない。


「みんなも言いたいことがあるなら言ってくれ」


 ようやく腹を割って話すことができる。




 静かな時間が流れる。

 考えていること、思っていること、それを相手にそのまま伝えるのは簡単そうで意外と難しい。俺たちは気持ちと思考を整えるために時間を使った。

 さっきまで鳴り響いていた花火の音が止んでいるのをこの時気づく。


「私は……傷ついたよ……。エツジがそんなこと思ってたなんて……」


 来た。緊張で喉がカラカラだ。サイダーはもうない。唾液でしか喉を潤せない。


「ごめんね。気づいてあげられなくて……」


 予想していた言葉とは違う言葉が出てきた。思わず動揺してしまう。

 なんで謝るんだ?悪いのはどう考えても俺だろ……。


「エツジ、言ったよね?私たちがキラキラしてるって。私自身そんなこと思ってないけど…、もしそうだとしても、それはエツジのおかげだよ?むしろ私にとって、誰よりもエツジが輝いて見えて、ヒーローだったんだよ?かっこよくて、どんな時も助けてくれて…、それなのに『俺なんか』とか『俺みたいな』なんて言うのが嫌だった……」


 サユリはよく見ると悲しげな表情をしている。本心を相手に打ち明けるというのは、関係を壊しかねない。長い付き合いなら尚更、勇気のいる行動だ。


「ごめん……。そう思ってくれてたのは嬉しいよ。でも、俺の主観じゃなくて、客観的に観てもサユリたちは可愛くてかっこよくて、俺は地味で……。俺達にはやっぱ―――」


「うるさいわよ!そんなの周りが勝手に言ってるだけでしょ?私たちの話じゃない!私にとって一番かっこいいのはエツジなの!大事なのはそれだけでしょ!」


 飾らないシンプルな言葉は、俺の心に直接響いた。

 いつもは最後の方が聞き取れないのに、今日ははっきりと聞き取れた。


「エツジ、あなたが私に初めて『可愛い』って言ってくれたじゃない…。今度は私が言ってあげる。エツジは”かっこいい”よ。外見も内面も全部ね。自分が言ったくせに、私の言葉は信じないなんてありえないんだからね!」


 そうだ……。あの日、俺はサユリに言ったんだ。それは紛れもなく本心だった。今度はサユリが俺に言ってくれている。複雑なことなんてない、ただそれだけなんだ。


「ありがとう……。サユリが言うなら間違いないな」


 「当たり前よ」とサユリは顔を背ける。その顔には笑みを浮かべ、いつものように戻った気がした。




「私は腹が立ったわ」


 エリカはいつにも増して険しい顔をしている。


「前に言ってくれたわよね?『どんなに小さなことでも心につっかえることがあって、それは人の価値観によって違う』って」


 覚えている。あれはエリカに言っているようで、自分にも言い聞かせるように出た言葉だった。


「私、あれを聞いて心が軽くなったわ…。その通りだなって…。なのにそれを言ったエツジ君が自分で自分を否定するようなことを言っていたのが、腹が立って、悲しくて……」


 エリカは腕を組んでいる。肘の辺りをさすりながら真っ直ぐ俺を見ている。


「あの時も馬鹿にしないで話を聞いてくれたわね…。いえ、小学生の時も中学生の時も、ずっとそうだったわ。どんなことでも、真剣に話を聞いて、必ず助けてくれた。私にとっても、あなたはヒーローで、憧れだったわ。劣っているとしたら、私の方だと思ってたの。だから、追い着きたくて、隣を歩けるように頑張ったわ」


「昔の話だよ……。今じゃもう……」


「あなたの感じた劣等感、それで悩んでいるのも否定はしないわ。だって人の価値観によって違うのだから。でも、もしそう思ってるなら、あなたも追い着けるように頑張ってよ。エツジ君ならできるでしょう?私に散々『できる』って言うんだからエツジ君なら”できる”わよ」


 俺は今まで人に偉そうなことを言ってきた。それを自分が否定するようなことがあってはならない。こんな大事なことを今この瞬間に気づいた。身をもって気づかせてくれたエリカには頭が上がらない。エリカの為にも、俺は決意する。


「そうだよな。落ち込む暇があるなら努力するべきだよな…。人に言っといて、今まで忘れてたよ。ありがとうな、エリカ」


「わかればいいのよ。そもそも比べるのがナンセンスだけど」


「ハハッ…。もし俺だけできつかったら、力を貸してくれるか?」


 「私は暇じゃなくても手伝うわよ」という返事をもらえたので、許してもらえたのだろう。ツンとした表情に変わりはないが、どこか暖かみを感じる。

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