第24話
あと1時間程で花火が打ち上がるというのに、俺はベッドの上で膝を抱えている。
あれ以降、サユリたちとは話していない。謝りたく思っていても、自然と避けてしまっている。高校入学当初に戻ったようだ。
土日を挟んで、テストが返却されたが、勝負の話も有耶無耶になってしまった。勉強会が遠い昔のようにも思える。
「何やってんだ俺は……」
時間が経つほどに、自分の言動の愚かさを悔いてしまう。溜めていたものを吐き出したのに、気分は晴れずにいる。良くなるどころか、前よりも悪くなっている気がする。
そう感じるのは、心のどこかで、あいつらと―――
バタンッと俺の部屋の扉が勢いよく開いた。ノックもなかったので驚いたのだが、今の俺は、その内面を表すことができずに、他から見れば薄い反応なのだろう。
「エっ君、暇なら遊ぼ?」
あの場に居なかったマコトは変わらず俺の部屋に遊びに来る。居たとしても、マコトなら気にせず来るのかもしれないが、今の俺にとってはそれだけで気持ちが楽になる。
「今日は何する?」と言いながらも勝手にゲームを取り出している。意思決定力の低い今の俺にはありがたいことだ。
「はい」とコントローラーを渡されて、マコトの選んだゲームをプレイする。会話は少ないけれど、なんだか落ち着く。
「もうすぐ花火が上がるね」
気が付けば、花火が打ち上がる15分前まで時間は進んでいた。
「……そうだな」
「何かあった?」
とても優しい声だった。
「まあ…、ちょっとな……」
マコトはそれ以上追及することはなかったが、俺は自ら事情を話していた。少しでも心を軽くしたかったのか、助けてほしかったのか、わからないが、マコトは黙って聞いてくれた。
前にもこんなことがあって、その時も何も言わず受け止めてくれた。マコトには助けられてばかりだ。
「そっか……。そんなことがあったんだね……」
「ああ、本当、最悪だよな…。俺……」
「誰も悪くないよ。もちろん、エっ君も…。自分を責めないで…」
『人に話すだけで楽になる』というのを改めて実感する。隣で話を聞いてくれる、それだけでこんなにも暖かいものなのか。
「エっ君はどうしたいの?」
「どうしたい……か…。俺にもわからないんだ。胸の内がぐちゃぐちゃで、整理しきれてないんだ……」
「そうだよね…。ゆっくり考えればいいよ。でも、これだけは忘れないで。僕はエっ君の味方だよ。これからもずっと、隣にいるから…」
今にもマコトに抱き着いて泣き喚いてしまいそうだった。そうしなかったのは、男としての意地のようなものが、微かに残っていたからだ。
「ねぇ、やっぱり花火観に行こうよ。いつものあの橋の上で。今年は2人だけだけど、それはそれで乙でしょ?」
「そうと決まれば!」と立ち上がる。俺の腕も引っ張られて、一緒になって立ち上がる。
俺は言われるがままに着いていくことにする。別に花火が観たいわけではなくて、そうするほうが楽だから。
俺の家から10分程で着くその橋は、今年も静かに俺たちを迎えてくれた。それなのに、いつもと違うように感じるのは、人数のせいに他ならない。
周囲に人は見当たらない。奥底で抱いていた淡い希望が小さくなる。
――――――そりゃいないよな…。
「なんとか打ち上がる前に間に合ったね?」
「そうだな。花火だけでも、観ないと寂しいもんな」
来る途中に自動販売機で買ったペットボトルの蓋を捻る。2人とも同じサイダーにした。プシュッと炭酸ガスが抜ける音がよく聞こえる。それくらい静寂に包まれている。
「乾杯」と少しでも楽しめるように演出してくれるマコトに、感謝の気持ちを込めて「乾杯」と返す。
ゴクゴクとサイダーを喉に流し込む。今日みたいな暑い日に飲むと、特に気持ちの良い爽快感を得る。ついでに胸につかえているものも流してくれるとありがたいのだが、そんなことを期待しても意味がないことは知っている。
パンッと音がする。夜空にはまだ花火は見えない。もうすぐ上がるという合図だ。
橋の中央から、顔を振って端に続く道を確認する。奥の方は暗くて見えないが、人気は無さそうだ。
「もうすぐ始まるね」
首筋に汗が伝う。
花火だけではなく、何かを待っている自分がいる。
マコトは花火大会の思い出話を話し出す。振り返れば山ほどある思い出も、今日は限られている。マコトはあえて俺とマコトの話にしか触れていない。何気に気遣っているのが伝わる。
ヒューと音がした後に、パッと夜空に花が咲く。開始を知らせる1発目はそこそこ大きな牡丹型。シンプルながらも、彩りがなかった空に不意に咲いたその花はとても綺麗だ。
辺りを見渡す。誰もいない。この空間には俺とマコトだけ。
淡い希望は消えてしまった。
花火は次々と打ち上がる。上空に花が咲くのと繋がっているかのように、俺の中の思い出の花も咲いていく。見上げながら過去を振り返ってしまう。
サユリは本当に可愛くなった。サユリ自身、俺のおかげと言っているがそんなことはない。俺からしたら元から可愛い女の子だと思っていた。容姿だけじゃなく、性格や仕草も含めて。あとは見せ方だけだったので、その部分を少し手助けしただけだ。
本人の前では言わないが、サユリが褒められると嬉しく思うし、誇らしくもある。お門違いなのも承知の上で嫉妬したりすることもあったりして…。
エリカは今でこそ才色兼備な優等生だが、あの頃はそうでもなかったな。負けん気が強くてプライドが高かったエリカは、人一倍努力をしていた。その努力が実を結んだときは、俺も自分のことのように喜んだのを覚えている。自信がついたエリカは次々と結果を出していく。でもその裏に頑張りがあるのを俺は知っている。今でも俺の中では優等生というより、不器用な努力家だ。そんな姿が美しくて格好良く思う。
エリカが俺のことを高く評価してくれるのを、謙遜しつつも本当は嬉しかった。
コウキが俺のことを親友だと言うように、俺もコウキのことを親友だと思っている。コウキはあの時、俺が誘ってくれた、と思っているようだが、同情とか、そういう類のものではなかった。純粋に遊びたかっただけだ。コウキが、『今のように誰とでも話せるようになったのはエツジのおかげ』と言っているが、それは違う。そうなったのは、コウキの人間性が素晴らしいからだ。誰よりも一緒に遊んだ俺が一番理解している。
外見は天と地ほど差があるのに、コウキとは小学生の頃から気が合うんだよなぁ…。
手が付けられないくらい荒れていたリキヤが、バスケを始めた時は周りの人は驚いていた。でも、俺はわかっていた。リキヤが根は真面目で、情に厚い人間だということを。だからこそ、道が逸れてもずっと友達でいたかったし、俺の声は届くと信じていた。痛い思いもしたけれど、引き換えに友情を手に入れたので安いものだ。『何かあったら俺がぶっ飛ばしてやるよ』とリキヤが言うと冗談に聞こえない。でも、リキヤが力になってくれるだけでどんなに心強いだろうか。
もしかすると一番頼りになる存在なのかもしれないな。
花火もいよいよ大詰め。スターマインが楽し気に花開く。最後に控える大玉への助走のように。或いは、これから始まる一夏の楽しい思い出を願っての祝砲のように。
俺たちのいる場所からだと、スターマインははっきりと観えない。打ち上げている辺りがチカチカと光って、観えたり観えなかったりしている。
いつ来るかわからないクライマックスに備えて、ぼんやり眺めながら待っている。
――――――あぁ、終わってしまう…。
やがて光は収まり、少し間が開いた。次に来るのが最後だと告げているようだった。
ヒューという音と共に、一本の光の線が波を打って昇っていく。今日の中で一番高い所に到達してパッと花を開かせる。今日の中で一番大きく、一番明るい。ワンテンポ遅れて、ドンッ、今日の中で一番大きな音がした。そこから全てを出し切るかのように連続で花火が打ち上がる。激しい音が地域一帯にこだましている。この音に周囲の音はかき消されていくはずなのに―――
「やっぱりここに居たわね」
その声ははっきりと聞こえた。
反射的に体を振り向かせる。そこには、今一番会いたくなくて、今一番会いたい人たちが立っていた。
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