第23話

 5日間にわたり行われたテストも今日が最終日。初日には長いように思えたが、5日目になると一瞬にも思える。最後の教科の終わりを知らせるチャイムは、苦行だったテスト期間の終わりを知らせるものでもあり、その瞬間の教室は歓喜の声で埋め尽くされる。テストからの解放と迫る夏休みへの期待を同時に得るのだから騒ぐのも仕方がない。


 テストを終えた俺たち5人は、打ち上げも兼ねて再びコウキ宅に集まることになった。マコトも来るらしい。家に帰らず、学校から直接向かうのでコウキの教室に集合してから行くとのこと。

 提出物の関係で俺は少し遅れて教室に向かっていた。コウキからの連絡だともうみんな集まってるらしい。

 普段は廊下を走らない俺も、この日ばかりは駆け足になる。少なからず俺も解放感によって足取りが軽くなっていた。

 コウキたちのいる教室が近くなると、歩きに戻す。自分のキャラ的に急いできたと思われるのが、なんとなく恥ずかしく思えた。

 呼吸を整え終える頃に教室の戸の前に着く。中から数人の話声が聞こえる。待たせたかな、と戸に手をかけた時だった。


「エツジ、最近変だよな?」


 自分の名前が聞こえてきたので、思わず動きを止めた。


「そうね…。最近というか、高校に入ってからかしら?」


「高校に入って、また話すようになって気のせいだと思ったけど…、最近また様子がおかしいわ…。何か悩んでることがあるのかしら?」


 自分でもあからさまだったと思う。もっと上手くやれたのだろうが、できなかった。もしくは、あえてそうしなかったのか。


「うむ、俺にはよくわからんが、お前らが言うならそうなんだろうな」


「この前の会話……、なんか自虐的っていうか、距離を置いてるような」


「そういえば前に言ってたわ。みんなの邪魔になるとか……」


 少しづつ核心に近づいている。


「『俺なんか』って言ってたわよね……。もしかしてそれなのかしら?」


「ってことは、釣り合ってないとか思ってるってことか?それで壁作ってんのか?いやいや、それはないだろ。そんなことでエツジが悩むか?」


 ――――――くだらない…だと?


 ガラガラガラッ、教室に響き渡る。無意識に戸を開いていた。


「お、おうエツジ。遅かったな」


「くだらない…ってなんだよ?」


 ――――――やめとけ。


「え?ああ、聞いてたのか…。」


「お前らに何がわかるんだよ?」


 ――――――ここまでにしとけ。


「いや違うんだって。そういう意味じゃなくて―――」


「俺がどんな思いで過ごしてきたかわかるか?」


 ――――――それ以上は…。


「どうしたの?エツジ君らしくないわ…」


「…俺らしさって何だよ?」


 ――――――あぁ、もういいか…。


「お前らには……俺がどう見えてるんだ?」


 ずっと蓋をして隠してきた気持ちが溢れ出た。一度溢れ出したら堰を切るようにして感情が漏れていく。

 『くだらない』その通りだ。でもその一言では済ませたくない。自分も1人の人間として、どんなに小さなことでも悩んでいて、コンプレックスがあって、それを他人にどうこう言われたくない。


「中学の頃から思ってたよ。何で俺、お前らみたいなキラキラした奴といるんだろうって。俺、分析力には自信あるけど、自分の身の程くらいわきまえてるつもりさ。どう考えても1人だけおかしいだろ?俺みたいな地味な奴が、お前らに混じってるなんて…」


 目を合わすことができず、床に視線を落とす。

 胸が熱くなって、体は指の1本さえも動かせない。


「そんなことないわ!おかしいなんて思ったことないわよ!」


「わかってるよ、みんながそんなこと思ってないなんて。でも周りはどうかな?多分、『なんであいつが?』って思ってるよ…。現に一昨日がそうだっただろ?そんなもんなんだよ…」


 どんな表情をしているのか、想像するだけで怖くなる。

 何を言われるか、どう思われるか、不安が募って、それを誤魔化そうと言葉で埋めようとする。


「そして根本にあるのは俺の気持ちだよ。お前らと一緒にいるとどうしても比べてしまうんだ。その度に劣等感を感じて、自分が嫌いになる。考えないようにしようとしても、頭のどこかでチラついて、日に日に妬み嫉み、羨望は増していく。こればっかりは俺にしかわからないよ…。わかってもらおうとも思わないけど…。お前らと俺には明らかな差があって、この気持ちはこちら側じゃないと理解できないよ…」


 ハッと我に返る。溜まっていた気持ちを吐き出した今、冷静さを取り戻す。

 ただの自己嫌悪、ただの悲劇のヒロイン気取り、ただの面倒くさい奴、ただの寂しい奴、ただの痛い奴etc。

 誰も悪くない。俺だけが勝手に独り歩きしているだけ。心の内に留めておけば、これからも同じように過ごせたはずなのに、それができなかった。


「ごめんなさい……。気づいてあげられなかったわ……。でもそれは、そんなこと思ったことがないからよ。私が劣るところはあっても、エツジ君が劣っているなんて考えたこともなかったわ…」


 これ以上言う必要がないのに、口は動いてしまう。


「現実を見てみろ…。学校のアイドル、誰もが憧れる美人委員長、男前のバスケ部期待のエース、学年一のイケメンでサッカー部の一軍。そこになんの肩書もない俺…」


 グスッ…と誰かのすすり泣く音と時計の針が動く音だけ耳に入る。

 一方的に、それも乱雑に言葉を投げつけてしまった。


 ――――――嫌われたかな…。


「いきなり変なこと言って悪かったな…。俺、今日はもう帰るよ…」


 この空間に居ることが耐えられなかった俺は、引き留める声を無視して戸を閉めた。見えない”何か”も一緒に断ち切ってしまったような気がした。


 そこからの記憶は朧気で、気付けば自分の部屋の天井をボーっと眺めていた。

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