第22話

 テストは5日間かけて行われる。

 現在、3日目が終わって折り返し地点。残りの教科によっては気を緩める人と、引き締める人と、別れ目ともなるだろう。


「エツジ君は今日のテストどんな感じかしら?」


「可もなく不可もなくって感じかな。エリカは?」


「割と手ごたえを感じているわ」


 部活もなく帰宅するタイミングは皆同じなので、靴箱はごった返している。

 俺たち5人はこの期間は一緒に帰るようにしている。

 同じクラスの俺とエリカは靴を履きながら、テスト問題を復習している。昨日と同じように、昇降口を少し出た所で他の人を待つ。


 しばらくすると、賑やかで華々しい男女の集団が歩いてきた。その内の2人は俺たちの待ち人だった。


「なぁコウキー、いいじゃんか。行こうぜ、花火大会。お前が来ないと女子たちも盛り上がんないって」


「そうだよー。コウキ君いないとつまんないー」


「白石さんも来るよね?浴衣とかチョー似合いそう!」


「誘ってくれるのは嬉しいんだけどな…。俺とサユリは別の人と行くから、向こうで会えたらいいな」


「そうね。ある人と行く予定なの。……コウキも一緒かはわからないけど」


 そこまで近づいてないのに会話は聞こえてくる。多分、例の花火大会に誘われているんだろう。見るからにクラスでもトップ、所謂陽キャの皆様に。


「じゃあさ、俺らもその人たちと一緒に行けばいいじゃん。多いほうが楽しいって。2人の友達なら絶対仲良くなれるって」


 チクッ。


「いや、そういう訳にも……。あ、エツジだ。ごめん、俺たちあいつらと帰るからさ」


 俺たちとコウキたちは合流した。あとはリキヤが来ていれば、この場を立ち去れるのだが。


「あれ?真弓さんだ!コウキ君たち仲良かったんだ。もしかして一緒に行く人って真弓さん?」


 エリカもサユリと並ぶほど有名になっていて、同学年にはほぼ全員に名が知られている。

 向こうからは知られていても、こちらからは知らないので、エリカの眼つきも鋭く、警戒している。エリカ自身、クラスの中心人物であるにも関わらず、騒がしいのを好んでいないのも理由の1つだろう。


「コウキ君……。この方々は?」


「クラスの友達なんだけどさ。ちょっとうるさいやつらだけど、悪い奴らじゃないんだ」


 軽く紹介してもらって、別れると思ったのだが、彼らはそのまま居続ける。俺としてはこの場に居辛いので先に帰りたかった。


「へぇーそうだったんだ。みんな同じ中学で仲良かったんだね。さっき話してた花火もみんなで行くの?」


「ああ、その予定だ。なぁ、エツジ?」


「みんなっていうか……、私はエツジと行く予定だけど……」


「おかしいわね?私と行く予定なのだけど?」


 この人たちの前で俺に話しかけるのはやめてほしい。

 中学の時の記憶が薄っすらと蘇る。


「エツジってそこの人?ふーん…、なんか地味だな。みんなと雰囲気違うのに、何でお前らつるんでるんだ?」


 チクッ。


 聴かれたくない質問で、聴かれると思った質問。慣れているつもりだったが、いざ直接目の前で言われると心に刺さるものだな。


「あんたら……」「あなたたち……」


 サユリとエリカが何かを言いかけた瞬間、最後の待ち人がやって来た。


「いやーすまん。待たせたな。…ん?何か取り込み中か?」


「松方君だ!もしかして松方君も仲良いの?」


 リキヤの到着と同時に女子たちのテンションが上がる。リキヤも面識のない女子に囲まれて困惑している。

 リキヤも来たので早く離れたかったのだが、そういう空気ではなかった。女子はリキヤとコウキを囲んで、男子はサユリとエリカを囲んでいる。

 俺はというと、まるでそこに存在していないかのように絶妙な位置に立っている。気を遣ってコウキやサユリが声をかけてくれるのが地味に辛い。

 このまま空気でいることに徹して、気付かれないように帰ってしまおうか。


「このメンバーで花火大会行ったら絶対楽しいって!みんなで行こうぜ!」


 そのメンバーに俺は入っていないだろう。


「そうだよ!松方君も行くでしょ?これで真弓さんも来るなら万事解決ね!」


 ほらな?


「む?お前ら何の話をしてるんだ?」


 ああ、もうしんどいな……。


「あなたたち…いい加減に―――」


「ごめん、俺、明日の勉強しなくちゃいけないから先帰るわ」


 返事を聞かず俺は歩き出していた。後ろの方で誰かが何かを言っていたが、聞こえないように歩くスピードを速める。




 いくら早く駅に着いたところで電車の時刻は決まっている。俺が着いてから電車が来るまで時間があったので、ホームのベンチでスマホをいじっている。目的もなく、適当なアプリを開いては閉じ、開いては閉じ、の繰り返し。

 少し遅れて4人が到着する。


「ごめんな、エツジ。時間取らせちゃって」


 スマホで時刻を確認する。あと3分程で電車が来るはずだ。


「いや、俺の方こそ悪かったな。で、話はついたのか?」


「ああ、別々で行くことになったよ。向こうで会えたらいいなって感じで終わらせた」


「当然よ!他の人と行くわけないじゃない!向こうでも会いたくないわよ!」


 線路をたどって遠くを見つめる。まだ電車は見えない。


「同感ね。コウキ君の友達だから悪くは言いたくないけど、正直、腹が立ったわ」


「悪い悪い…。みんなと話して興奮したのかな?でもあれは俺もカチンときたし、明日注意しておくよ」


 スマホをもう一度確認する。時間はまだ1分も経っていない。なのにとても長く感じる。


「うむ、エツジに対してのあの態度…。あれ以上話してたら、暴れてたな」


 線路の先の景色に変わりはない。


「みんな、遠慮するなよ」


 スマホをポケットにしまいたいが、座ったままだと入らなかったので立ち上がる。その勢いで言葉が漏れてしまった。


「俺に気を遣わなくてもいいから、あいつらと行ってこいよ」


 言う必要のない言葉。本心なのかもわからない。


「何言ってんだよ、エツジ……」


「俺なんかと行くより、あいつらと言ったほうが絶対に楽しいって。お前らにはそっちの方があってるよ」


「エツジ君……、どうしたの?」


「ていうか俺、その日用事があるんだよな。すっかり忘れてた。どっちみち行けないんだ」


 花火の音を聞きながら、ゲームでもしようかな。


「嘘よ…。毎年必ず行ってたじゃない!」


「今年は違うんだよ」


 線路の先がチカッと光った。


「うむ…。そうなのか……。でもエツジがいないと意味ないんだがな……」


「そんなことないだろ?あいつらもワイワイしてて楽しそうじゃん」


 ゴーッと音を立てながら電車がホームに停車した。


「エツジ、何か―――」


「お、電車来たな。早く乗ろうぜ」


 俺は一番に電車に乗り込む。みんなもそれに続く。

 「今日のテスト難しかったなー」とわざとらしい話題の転換にもみんなは付き合ってくれる。いや、付き合うしかないのだろう。こういう時の俺が会話の主導権を譲らないことを、みんなも、俺自身もよく知っているから。

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