第13話

 やはり中庭は過ごしやすい。今日も人が少なく、落ち着いた空間となっている。もう少し暑くなるまではここで食べるのも悪くないな。この2人がいなければ……。


「で、なんでエリカがいるのかな?」


 そう言ったサユリは笑っている……はずなのに何故か寒気がする。怖いので視界に入れないようにする。


「あら、私もここでエツジ君と食べようとしていたのよ。というか何故違うクラスのサユリがここにいるのかしら?」


 俺が弁当を持って教室を出る際、当たり前のようにエリカはついてきた。あまりにも当然のように来たので俺もあえてそこに触れなかった。いや、正しくは触れることができなかった。


「今日は私が誘ったの!そもそも一緒に食べるのにクラスなんて関係ないわよ!」


 早くもサユリの笑顔は跡形もなく消えていった。


「そうかしら?でもこの場所は私たちの思い出の場所よ。私とエツジ君だけの…、2人だけの場所よ」


 だから1回しか来たことないだろ……、いや、ここまで言うってことはもしかして、俺は知らない内に何回かこの場所に来ていたのか?なんて記憶操作の可能性を考えている俺は少しおかしくなっているのかもしれない。


「そんな専用の場所なんてないわよ!誰がどこで食べようと勝手でしょ!」


 はい、おっしゃる通りでございます。ということで早く食べませんか?


 俺は2人を無視してすでに食べ始めていた。

 その後もなんだかよくわからない言い合いをしていたが、途中から内容がまったく入ってこず、俺を貫通しているようにやりとりは続いている。

 無意味な応酬に挟まれながら空を見上げて、今日もいい天気だなぁ、などと無理に和もうとする自分はなんだか虚しいものだ。


「ねえ、ねえってば!聞いてるの?エツジ!」


 どうやら俺がボーっとしている間に巻き込まれていたらしい。「どういうことなの?」と聞かれているのだが、全く聞いていなかったので「どういうことでしょう」と返してみる。


「はあ?」


 ミスった。この反応で誤魔化すのは後が怖いので、素直に聞いてなかったことを伝える。サユリだけじゃなくエリカにも睨まれたがなんとか許してもらった。


「んで、何のことだ?」


「あんた、この前エリカと2人でカラオケに行ったんだって?」


 「え?」と思わず動揺してしまう。あの事は知られたくなかったんじゃ……。

 エリカの方を見ても、すました顔で弁当を食べている。

 俺は小声でエリカに聞いてみる。


「おい、内緒にしとくんじゃなかったのか?」


「あの時、クラスメイトに会ってしまったんだもの、いずれバレるわ。それに歌については克服できたのだし、もう言ってしまっても構わないわ」


 さすがはエリカ様。俺の考えや苦労を歯牙にもかけない、その独断専行には頭が上がりません。

 心の中で精一杯皮肉を呟いておく。


「ちょっと、何話してんのよ」


「ああいや、ちょっとな」


「で、どうなのよ?」


「確かに行った……って言っても歌の特訓?みたいな」


「とても楽しかったわ」


 なんで火に油を注ぐんだよ!この前「みんなで遊ぼうね」っていう話の流れで2人で遊んでたらサユリも良い気しないだろ!頼むから何も言わないでくれ……。


 その後はエリカではなく何故か俺が一方的に文句を言われる。エリカは気に留めることなく弁当を食べ進める。こんな理不尽なことがあっていいのだろうか。

 何を言っても聞く耳を持ってくれないので、俺は諦めてただ受け入れることにした。

 しばらくすると熱も収まったので、食事を再開する。


 一転して誰も喋らなくなってしまったので、苦し紛れに話題を振ってみる。


「そういえばサユリは自分で弁当作ってるんだっけ?」


「ええ、そうよ。って言っても昨晩の残り物や冷凍食品もあるけどね」


 サユリの弁当に目をやる。彩りも良く、栄養も偏らないように考えられている。そして、なにより美味しそうだ。

 もしサユリに弁当を作ってもらえるというのなら、争奪戦が始まって学校が崩壊するかもしれないな。


「いやいや、でも凄いと思うぞ。それに美味しそうだし」


 「ホント?」と表情が明るくなる。こういうところはやはり女の子らしい。


「ああ、特にその玉子焼きなんか綺麗にできてるし絶対美味しいだろ」


「そうなの!この玉子焼きは今朝作ったんだけど、自分でも上手くできたなーって」


「朝練さえなければ私も作ってくるのだけれど」


 すかさず張り合ってくるエリカ。サユリと絡むと子供っぽくなるのは昔からだ。なんだかんだで仲が良いを知っているので微笑ましくもある。


「あーそうなのー。残念ねー、エリカの手作りお弁当が見られないのは」


 なんという棒読み。かけらも残念そうには見えない。


「ところで…その……そんなに言うなら食べてもいいわよ…卵焼き…」


「いいのか?なら1つ貰おうかな」


 サユリがくれるというので遠慮せず貰うことにした。俺は弁当箱にスペースを作って卵焼きを置けるようにしておいた。だが、サユリが箸でつまんだ卵焼きは、弁当箱ではなく、俺の口元に運ばれてきた。


「は、はい、あーん…」


「え?いやちょっ……」


 いいのか?これ?仲が良いとしてもさすがに……。前のエリカの時もそうだったけど、俺が意識しすぎなのか?いくらサユリ相手でもドキドキしてしまうのだが……。


「なに?いらないの?それともやっぱりお世辞だったの……?」


 悲し気な顔に変わったサユリを前に食べないなんてできるわけがなかった。


「そんなことない!欲しい、欲しいです!頂きます!」


「よかった……はい、あーん…」


 クソッ、やばい、ドキドキする。陰キャの俺にはハードルが高すぎる!無心だ。邪心を捨てろ!

 南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……。


 パクッ。




「あら、意外と美味しいじゃない」


 卵焼きを口にしたのはエリカだった。


「ちょぉぉぉぉぉっと!なにしてんのよ!」


「ごめんなさい。私も急に食べてみたくなっちゃったの」


 「ごめんなさいね。エツジ君」と俺にも謝っているが反省の意を感じられない…。パンの時もそうだったが、こいつはこんなに食いしん坊キャラだったか?

 俺としては助かったような、もったいないことをしたような…。


「あーもう!ホントなんなのよあなた!私の邪魔ばっかりするじゃない!」


「邪魔って何かしら?何か邪な気持ちでもあったのかしら?」


「べ、別にそんなのないわよ!ただエツジが食べたいっていうからあげたのに!」


「ならいいんじゃないかしら。エツジ君もいいって言ってくれたのだし。ねえ?」


 また始まった……。もう俺を巻き込まないでくれ。


「もし足りないのなら私のを分けてあげる。はい、あーん」


「何しようとしてるのよ!」


「あーもうお腹いっぱいだって!お前らも早く食べないと時間が無くなるぞ」


 結局、2人のやり取りは昼休みが終わるまで続いた。この2人は時間制限がなかったらいつまで話すのだろうか。


 お互い不満が残ったまま、それぞれの教室に戻っていく。俺は今回もお手洗いに寄って戻ることにする。

 別れ際にサユリが「ニチヨウ、カイモノ」と、またも眉間にしわを寄せながら暗号を残していった。

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