第12話

 とある日の朝、登校途中の電車内。俺の隣にはサユリがいる。

 これまではサユリと違う時刻の電車に乗っていた。サユリもわざわざ被せることはしなかった。再び話すようになったのを機に、一緒に登校することが多くなった。最近では、ほぼ毎日一緒に登校している。

 正直、目立ちたくなかったので最初は嫌だった。それくらいにサユリは学校で有名な存在になっていた。だが目立っていたのは最初だけで周囲も次第に慣れていった。時々、嫉妬の気配を感じるのだが、知らないふりをしている。

 ちなみに、エリカやリキヤ、コウキはそれぞれ朝練があるのでこの時間帯にはすでに学校だ。


 いつものように窓から流れる風景を眺めていると、何やら隣でサユリが焦っていた。


「やば……どうしよ」


「どうした?」


「現文の教科書忘れてきちゃった」


「現文っていうと…、俺らと同じ古美山さんか」


 となると忘れ物には厳しいはず。


「そうなの……。うわーどうしよ……」


「俺の貸そうか?」


「え?いいの!」


「別にいいよ。その代わりバレるなよ」


 古美山さんは借りたのがバレても注意されるからな。


「ありがと!助かるわ」


 お互いの時間割を確認してサユリのほうが早かったので、今のうちに渡しておく。終わり次第、俺の教室に返しに来ることになった。サユリが教室に来ると、ちょっとした騒ぎになるから俺が取りに行くと言ったのだが、何故か「返しに行く!」と聞いてくれなかった。時間もかからないと思ったので俺が折れる形で話は終わった。




 4限目が始まる前にサユリは教科書を返しに来た。ちょうど次の授業で使うので良いタイミングだ。

 以前のことで俺とサユリが知り合いということはクラスメイトのほとんどが知っている。なので今回はそこまで騒がれないと思っていた。だが、その予想に反して、サユリを見るや生徒たちは騒ぎだす。主に男子たちが。

 「白石さーん」「どうしたの?」と投げかけられる言葉に笑顔で返すサユリの姿は、前に見たコウキの姿と重なる部分があった。やはりスクールカーストの頂点というのはこういう方々なのだろう。

 サユリは男子生徒を軽く相手しながら、俺の元へたどり着いた。


「はい、これ。ありがとね。ホント助かったわ」


「気にするな。バレずに済んでよかったな」


「ええ、それで今度何かお礼するわ」


「別にいいって。教科書貸しただけだろ」


「えー…。でも、何かするわよ?」


「じゃあ、今度俺が何か忘れたら貸してくれればそれでいいよ」


「その時はもちろん貸すけど。でもせっかくだし何かするわよ?」


「なんの話をしているのかしら?」


 すっ、と自然に入ってくるエリカ。この前のコウキの時はノータッチだったのに。


「今日、エツジに教科書を借りたの。で、お礼は何が良い?って話よ」


 自然に受け入れるサユリ。この辺りはさすがに長い付き合いなだけあるな。


「そういうことね。で、エツジ君は別にいいって言ってるんでしょ?」


「ああ」


「ならいいんじゃないかしら?教科書を返したのなら、そろそろ戻ったほうがいいんじゃない?」


「せっかく来たんだからもう少し喋ってもいいでしょ!ていうか、あんた関係ないじゃない!」


「関係あるわ。クラスメイトのエツジ君が困ってそうだったもの。ねぇ?エツジ君」


 ねぇ?と言われましても……。俺としては2人がそれぞれ戻ってくれれば一番いいんだけど。


「そもそも忘れ物なんてするのが良くないわ。サユリ、あなたたるんでるんじゃないの?」


「忘れ物なんて誰でもするでしょ!それに、私とエツジはクラスが違うからいつでも貸し借りができるのよ!いいでしょー?今度体操服でも借りようかしら」


 何がいいんだ?というか体操服は無理だろ。サイズうんぬんの前に色々と問題がある。


「体操服の場合はサイズ的に私のを貸してあげる。その代わり私がエツジ君のを使ってあげる。小柄なあなたより、私のほうがまだ着れるわ」


 さっきから何を言ってるんだ?俺の頭が悪いのか、全然ついていけない。というかエリカの話だと俺が着るもの無くなるじゃないか。


「違うクラスだからって頼りすぎは良くないわ。私は同じクラスだから貸し借りなんてできないのよ?」


 別に俺じゃなくてもそこらにいるだろ。エリカだったら教科書の百冊くらいは借りれるだろ。


「同じクラスだからって、でかい顔しないでもらえるかしら」


「ええ、そうね…。同じクラスなんて一緒に食事をするくらいしかできないものね」


 まだ1回しか一緒に食べたことないだろ。もっと他に同じクラスの利点くらいあるだろ。


「あの時の中庭……。とっても楽しかったわね」


 そんな含みがあるようにこちらを見られても…。というかその時の話は内緒にしたいんじゃないのか?


「何それ!聞いてないんだけど!」


 言ってないからな。そんなことどうでもいいだろ。


「はいはいそこまで。もうすぐ授業始まるぞ」


 時計を指差して時間に気づいてもらう。埒が明かないので強制的に終わらせる。

 それ以上話を続けることはなかったが、サユリが去り際に「キョウ、ヒル、ナカニワ」という暗号を眉間にしわを寄せながら残していった。

 頭の悪い俺には何のことなのかわからない、と、とぼけてどつかれる未来が視えたので、素直に解読することにした。


 俺、今日弁当なんだけどな。

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