第11話

 放課後、俺はグラウンドの隅にいた。ある人と待ち合わせをしている。俺が一方的に取り付けた約束だから、来てくれるかわからないけど。

 しばらくすると、2人の男子生徒がやって来た。


「おーっす!けっこう待った?」


「いや、そんなに」


「そかそか。ならよかった。んで…、頼まれた通り連れて来たぜ!」


「ありがとな、コウキ」


 そう、2人の男子生徒の内1人はコウキのことだ。そしてもう1人は、俺が朝、コウキに頼んで連れてきてもらった人物だ。


「お安い御用だって。んじゃ、俺はちょっと席を外したほうがいいかな?」


「そうだな。悪いが少しだけ席を外してくれ」


 「了解!」とすぐに離れていくコウキ。相変わらずフットワークが軽い。


「悪いな、急に呼び出して」


「……お前、コウキと知り合いだったんだな」


「コウキも同じ小中学校なんだ」


「そうか……。それで、話ってなんだよ」


「ああ、それは、土曜日のことだよ。林君」


 連れてきてもらったもう1人の人物とは、土曜日にいざこざがあった、林ケイスケ君のことだ。

 林君がサッカー部ということを思い出し、急遽コウキに頼んで呼んでもらった。俺が呼んでも素直に来るとは思えなかったから。


「なんだよ、文句言いに来たのか」


 林君が斜に構えるのにも理由がある。

 土曜日、俺とエリカがカラオケ屋を出た後、部屋に残された人のことをエリカ伝いで軽く知っていた。

 あの後、空気は最悪のまま、すぐに解散になったらしい。その時、「さすがにあれは良くない」「性格悪すぎ」「前から思ってたけど口も態度も悪い」など林君に向けての指摘や不満が一方的に発せられたまま別れたという。日ごろから思うところもあったのだろう。

 そして迎えた今日、いつもなら騒がしい林君はすこぶるおとなしかった。

 雰囲気で感じたが、クラスメイトの何割かはこの事を知っている様子だった。おそらく他の3人が仲の良い友達に拡散したのだろう。エリカが絡んでいるので、林君の味方になってくれる人は少なく、みんなから距離を置かれていた。

 ちなみにエリカ自身は拡散していないだろう。そんなことをするやつじゃないのは知っている。


 そんな林君の状況を知り、実際に目の当たりにして、なんだか不憫に思ったので、今こうして話をしようとしている。

 被害者のつもりはないが、俺が呼んだとなると身構えるのも当然だ。


「文句じゃないさ。単にわだかまりを抱えたままにしたくないだけだ」


 林君はまだ警戒している。エリカと仲が良い俺に変なことを言うとクラスの評判をさらに落とすことになるからな。


「まぁ、なんだかんだあったけどさ、俺らも変な空気にしたまま帰ったし、悪かったよ」


 想像していた内容と違ったのか、林君は意外そうな顔をしている。


「なんで……、なんでお前が謝るんだよ。どう考えても悪いのは俺の方だろ。さすがの俺もそんなことわかってんだよ!土曜のことも、態度も言葉使いも、お前のことも地味だとか陰キャとか馬鹿にしてたし……」


 わかっていても、これまでいい気になっていた自分の言動や態度を考えれば素直に謝罪できない。そんなところだろう。その反動でびくびくしながら今日を過ごしていた。


「同情してんだろ?じゃなきゃ俺を気にかける必要なんてないもんな」


 同情…それは確かにある。でも、それだけじゃない。


「深く考えすぎなんじゃないか?自分でも悪かったって思ってるんだろ?俺にも多少あったと思うし、お互い謝って、それで終わりでいいじゃないか。態度や言葉使いも自覚があるならこれから直していけばいい。俺が地味で陰キャなのは事実だしな」


 様子を見ていて、林君も謝る気がないわけじゃないと感じた。ならば、相手の落ち度と自分の落ち度を適当に並べ、スパッとけじめをつけやすい言葉をかけてやればいい。


「そうだけど、でも……」


「大丈夫。エリカたちにも俺から言っとく」


「お前はそれでいいのか?」


「いいって言ってるだろ。林君はどうしたいんだ?このままでいいのか?」


「……嫌だ。たった1日だったけど、辛かった」


 人はどうしても周りの視線を気にしてしまうものだ。林君のような人はなおさら慣れてないだろう。


「二宮、悪かった。ごめん。もう馬鹿になんてしないし、態度も改める」


「ああ、俺の方も悪かったよ。これでお互い許して終わりにしよう」


 安堵からか「ありがとな」と、感謝の言葉を何回も言われた。同時に心を許したのか、友達になりたいと言われる。断る理由もないので受け入れる。手始めに今度からお互い名前で呼ぶことになった。


 同情の他に、この小さな出来事が後々、変に縺れてしまい教室で過ごしにくくなるのが嫌だったという思いがあったが、丸く収まったので良しとしよう。


 それからケイスケは部活動に、俺は家へ帰ることに。別れ際にケイスケが「エツジ、お前良い奴だな」と言葉を残して去っていった。


 「良い奴……ね」


 小学生の頃からいろんな人の相談に乗ってきた。ただ、その人の力になりたくて、そして期待に応える自分がヒーローのように思えて。

 なのに最近、いや、少し前からある考えが頭によぎる。


 ――――――良い人に思われたいだけなんじゃないのか?




「あれ?もう話し終わったのか?」


「ああ、助かったよ」


 離れていたコウキが戻ってきた。


「何もしてねーよ。ケイスケは先に戻ったみたいだな」


「ああ、……何も聴かないのか?」


「ん?ああ、気にはなるけど2人で話してたんだし、聞く必要のない、もしくは聞かれたくない内容だったんだろ?」


「まあそんなところだ」


 コウキはノリは軽いが決して頭が悪いわけではない。それは勉強面だけではなく、人間関係や状況把握において言えることだ。多くの人から信頼を得ているのがその証拠だ。


「それに、ケイスケのことは知ってるからな。なんとなく察しはつくよ」


 「俺らの前だとけっこう良い奴なんだけどなー」とフォローするコウキはさすがだ。


「コウキも戻らなくていいのか?」


「あ、やっべ」


 部活に入っている2人を呼び出したのは悪かったな、と思いつつ部活をしていない俺は焦らない。

 「もう行くわ」と駆け出した後に「そういえば」とすぐに戻って来た。

 なにか言い忘れたのか?


「今度遊ぼうって話してたじゃん?」


「ああ」


 今朝の話だな。


「それとは別でさ、高校に入って仲良くなった奴らと今度の休み遊びに行くんだけど、よかったらエツジも来ねぇ?」

 

 チクッ。

 胸の奥の方で小さい小さい針のような、何かが刺さるような感覚。あの頃にも感じたような。


「ふーん、誰が来るんだ?」


「俺と同じクラスの人がメインで、各々知り合いを連れてくる感じだな。まだ人数はわかんないけど賑やかになりそうだ。気のいい奴らばっかりだからエツジも仲良くなれると思うぜ」


 チクッ。


「次の日曜日なんだけどさ。……ここだけの話、可愛い子もいっぱい来るって」


 チクッ。


「どうだ?」


「悪い、その日は別の予定があってな。行けそうにない」


「そっかー……」


 ガクッとうなだれるコウキの姿は、本気で残念がっているのが伝わる。こういうところは昔から変わらない。


「予定があるならしゃーなし。また誘うわ!っと、さすがに戻らないと」


 そう言ってコウキは再び駆け出して行った。今度は戻ってくることはなかった。


 コウキは多分、何の他意もないだろう。純粋に俺を誘った、遊びたかった、ただそれだけ。俺にはコウキの周りが輝いて見えていても、コウキからしたらそこに差はないのだろう。

 打算や損得勘定なんてものはなく、誰とでもすぐに打ち解ける。俺自身もそんなコウキと、これからも仲良くしていきたい。その気持ちは変わらない。なのに―――


 コウキは高校に入ってさらに光り輝いている。コウキだけじゃなく、サユリやエリカ、リキヤも。これからもその輝きは増し続ける。

 それが眩しければ眩しいほどに、


 ――――――影は濃くなっていく。


 ハッと我に返る。また黒い靄のようなものがチラつく。高校に入って、またサユリたちと話すようになって、その靄に蓋をしたはずなのに。


 駄目だな…卑屈になっている。


「いかんいかん。次回があれば参加しよう!」


 誰に向けての言葉なのかわからないまま、俺は学校に背を向けて歩き出した。

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