第10話
月曜日の朝に憂鬱な気持ちになる人は多いのではないか。だが、時間の流れに抗う術を知らない俺たちは、重たい瞼をこすり上げて、寝ボケている脳を叩き起こし、各々の戦場に向かって行くことしかできない。かく言う俺もいつも通り、早くも遅くもない時間に学校へ到着していた。
いつも通り席に着いた俺はいつも通り机の上で突っ伏して目を瞑る。完全に寝るわけではないが、少しの間でも休みたいという気持ちからこの行動をとるようになった。
視覚を遮断するとその他の感覚が冴えるような気がする。この場合だと特に聴覚が。突っ伏せている俺はいつもより周りの音が聞こえる。最初はざわざわと、段々と言葉が聞こえるようになり、集中すると誰がどんな話をしているかもわかるときがある。意識的に聞いているわけではなく、あくまで聞き流す程度。休まらないと思うかもしれないが意外と落ち着く。
「エーツジー!」
そんな俺の耳が拾った音はガラガラと勢いよく開いた扉の音と俺の名を呼ぶ大きな声だった。
ああ、また賑やかな奴が来たな……。
そいつは俺を見つけると、「かっこいいー」と騒ぐ女子たちをかいくぐって俺の元にやって来た。
「よう!来てやったぜ!」
「呼んでないんだが」
体を起こしながら、そいつの顔を確認する。誰が来たのかは声と周りの反応で、おおよそわかっていたのだが。
「そんなこと言うなってー」
「朝っぱらからどうしたんだ?コウキ」
朝から教室を騒がせているイケメンの正体は
コウキは人気者だ。本人は「そんなことない」と謙遜するが、あいつの周りにはいつも人が溢れている。そのルックスと、リキヤに勝るとも劣らない運動神経は女子の注目の的だ。所属しているサッカー部でも1年生で数少ない1軍らしい。高校に入ってもうすでに何人かに告白されたとか…。
誰とでも分け隔てなく接する気さくな性格は、男子からも人気を集め、クラスでは中心人物として君臨しているらしい。別のクラスなので噂に聞いただけだが、コウキなら間違いないだろう。
「リキヤに聞いたぞー!なんかこの前4人で遊んだらしいじゃん。俺呼ばれてないんですけどー?」
「いや、それは……」
別に遊んではないのだが…。それに呼んだ呼んでないの話はエリカにしてくれよ。
エリカの方を見ると、一瞬目が合ってすぐに逸らされた。
「別に遊んだわけじゃない。ちょっと駅周辺をブラついただけだ」
「でもでもでも、それでも行きたかったって!なーんで呼んでくれないんだよ!」
再びエリカの方を見る。また一瞬目が合ってすぐに逸らされた。
「コウキ部活で忙しいだろ?気を遣ったんだって」
「リキヤとエリカも部活だろ」
あーもうめんどくせー。
「細かいことは別にいいだろ。終わったことは気にすんな!はい、終わり」
強制終了。コウキはぶつくさ言い続けていたが、相手にせずに放っておくと次第に治まっていった。と、思っていたらすぐに次の話題が飛んできた。
「まあいいや。で、その時聞いたんだけど、また今度みんなで遊ぶんだろ?」
そういえばそんな約束していたな。
「もちろんそん時は俺にも声かけてくれるんだよな?」
身を乗り出してキラキラした表情をこちらに向けるコウキはまるで純粋な少年の様だ。
「その時が来ればな。いつになるかわからんが」
「よっしゃー!」とこのようなことでガッツポーズをするコウキはやはり純粋な少年の様だ。
「というか、そういう話は俺じゃなくてサユリかエリカにしろよ」
俺の言葉を聞いた瞬間、コウキの表情は瞬時に真顔になった。
「いや、それは無理だ。なぜか知らんがサユリとエリカは俺の話を適当に流す時がある。もしこの話をあいつらにすれば『はいはい』と言いつつ、後日、実はもう終わってましたってことになりかねん」
「お前らの間に何があったんだ」
「いや、特に何もない。嫌われてもいないと思う。ただ、エツジが絡むと、なんか当たりがきつく―――」
その時、一瞬殺気のようなものを感じた。まるで「それ以上喋るな」と言わんばかりの。方向的にはエリカの方から感じたのだが、エリカは前を向いているので、多分人違い…だろう。
コウキもそれ以上は言わなかった。
キーンコーンカーンコーンとタイミングよく予鈴が鳴る。
「もう時間だ。用が済んだらさっさと帰れ。ほら、しっし!」
「なんだよ冷てーなー。わかりましたよ。帰りますよ」
俺にとってコウキは、このようなやり取りができる珍しい存在なので雑に扱っても問題ない。周りの反応を気にしなければの話だが……。
「じゃーな」と離れていくコウキの後ろ姿を見て、あることを思い出す。
「ちょっと待て、コウキ」
コウキはすぐに振り返り戻ってくる。
「んー?どした?」
「実はお前にちょっと頼みたいことがあってな」
「エツジが俺に頼み事?なんだよなんだよ、珍しいじゃん!いいぜー、何でも言ってくれ!」
「実は―――」
なんとなく周りに聞かれたくなかったので耳元で伝える。
「―――て欲しいんだ」
「なるほどね。了解、俺に任せろ!」
親指を前に突き出して「グー」とあっさり了承してくれた。時間がギリギリだったのでコウキは急いで自分の教室へ戻る。
その際、教室を出るまでの短い間でも「キャー」「コウキくーん」と黄色い声援が聞こえる。
時間がない中、一人一人に反応して笑顔を振りまくコウキを見て、これがスクールカーストの頂点なんだ、と思ったことは心の中にしまっておいた。
その後、コウキのことを聴きに大量の女子がやってきて疲れたので、絶対に何かおごらせようと固く誓ったのであった。
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