第6話

「ここらへんでいいわね」


 中庭に着くや否やエリカは木陰になっているベンチに腰を掛ける。座らないの?と首をかしげるエリカを見て俺も隣に座る。

 

 中庭で食べるのは初めてだったが、見渡してみると意外と広く、陰になっている部分も多いので過ごしやすそうだ。その割に人も少ないので穴場かもしれない。

 ざっと見てみると、カップルらしき男女1組と3人組の女子、そして俺たちしかいない。

 たまに来るのもいいな、と思う。


「エリカはよく中庭で食べるのか?」


「いいえ、初めてよ。でも一度来てみたかったのよ。1人だと寂しいじゃない?」


 俺たちはさっそくパンを袋から取り出して食事をする。俺が買ったのは焼きそばパンとクリームパンだ。大体いつも同じものを買っている。たまにクリームパンのかわりにメロンパンの時もあるが。

 隣のエリカを見ると、どうやらメロンパン1つだけのようだ。


「メロンパンも美味しいよな」


「そうね。私はまだ2回しか購買を利用してないけど、前もメロンパンだったわ」


 エリカも俺と同じでリピートするタイプかもしれない。


「でもクリームパンと迷ったわ。どちらも美味しそうで…。あっ、そうだ、エツジ君さえよければ私のメロンパンと一口交換しない?」


 俺も少しメロンパンを食べたかったので提案を受け入れる。

 クリームパンの袋を開けて一口分千切ろうとした瞬間、俺の手元からクリームパンは消え、代わりに食べかけのメロンパンを持っていた。

 隣から「美味しいわね」と聞こえる。


「そんなガッツかなくても……。パンなんだし千切ればよくないか?」


「あら、ごめんなさい。なんだか早く食べたくて…でも別にいいわよね?」


 エリカの手元のクリームパンには、すでに一口かじられた跡がある。


「私たちの仲なんだし。……もしかして意識したのかしら?間、接、キ、ス」


 言うなよ…俺は純情ボーイなんだから…。


 俺はあえて返答せずにメロンパンの端を千切って口に放り込んだ。


「ふーん、まあいいわ。はい、クリームパンありがとうね」


 俺の手元にクリームパンが戻ってくる。

 いやでもこれ結局、間接キスに……いいのか?

 エリカの方を見ても、知らん顔だ。

 俺だけ気にしてるのが恥ずかしく思えたので、無心で食べることにした。

 いつもより甘く感じたのは気のせいだろう。


「で、本当はさっき何の話をしていたのかしら?」


「言っただろ?小中学校同じだったことだよ」


 隣からなんとなく視線を感じるが空を見て目が合わないようにする。


「……当ててあげようか?大方、私やサユリを紹介しろって言われたのでしょう?エツジ君は優しいから、ごまかしたみたいだけど」


 さすがに鋭いな…。ここで認めてしまうと林君が気の毒だと思ったので、「さあな」と、うやむやにしておく。ほぼバレてるんだろうけど…。


「それよりエリカの方こそ話があるんじゃないのか?」


 これ以上追及される前に話をそらす。


「どうして?」


「わざわざ俺を誘ってきたんだから、何かあるのかと」


「仲が良い人と一緒に食べるのは普通じゃないかしら。特に私とエツジ君は……今まで誘ってくれるのを待ってたのだけど」


 エリカは周りからクールビューティーのように思われているが、時折冗談を言う意外と茶目っ気のあるやつだ。表情を変えず、少々Sっ気あるのがたちが悪い。

 付き合いの短い人は真に受けて振り回されることもあるだろうが、俺くらいになると慣れてしまってスムーズに受け流すことができる。昔はドギマギさせられたこともあったが。

 今回も「へぇそうですか」と流しておく。


「話があるというのも間違いではないわ。昨日言ってた相談のことよ」


「そういえば言ってたな…。とりあえず話は聞くけど、内容次第だな」


「……まあいいわ。で、その内容なんだけど高校生になってカラオケとかよく誘われるじゃない?」


 「ああ」と相槌を打ってはいるが、俺はまだ誘われたことがないのだが。


「私、あまり歌が上手じゃないの。流行りにも疎いし。だから誘われても断ることが多くて……。それで練習しようと思ったのだけれど、1人でカラオケって入りづらいじゃない?そこでエツジ君にも来てもらって、練習に付き合ってほしいの」


 なるほどな、と理解したうえで俺は答える。


「それは……俺じゃないほうがいいな」


「どうして?」


「エリカも知ってるだろ?俺が音痴なの」


 俺は歌が下手だ。音楽の成績は良くなかったし、合唱コンクールは口パクで乗り切った。なので俺はあまりカラオケに行かない。誘われることも少ないが……。


「関係ないわ。上手くなくても一緒に来てくれるだけでカラオケに入りやすくなるし、曲を選ぶのにも参考になるわ」


「だとしても俺より上手い人のほうがいいんじゃないのか?」


「嫌よ。恥ずかしいわ。私、何故か周りから何でもできると思われてるの」


 エリカは勉強ができる。まだ高校で成績は出ていないが普段の授業風景などを見ていれば、周りからもそう見えるだろう。それに加えて運動神経もいいし、なによりその美貌と立ち振る舞いから完璧と思われていてもおかしくはない。


「それなのにかっこ悪いところなんて見せたくないわ」


 俺はいいのかよ!少しくらい意識してくれてもいいじゃないか……。


「エツジ君は歌は上手くなくても人に助言したりするのは得意だし、一生懸命になってくれる。それに、知ってるわよ。中学の時サユリたちとカラオケに行ってたじゃない」


 何で知ってるんだ!確かに行ったことあるけど……。そこで俺が下手なのを自覚したんだよ……。


 エリカの方を見るといつものようにお腹の前で腕を組んでいる。これはエリカがよくやる癖のようなものだが、長く一緒にいるとさらに細かい癖があることに気付く。それは腕を組みながら左の肘をさする仕草のことだ。無意識なのだろうが、この仕草をしている時は、不安や悩み事を抱えていたり、緊張したりと内心そわそわしていることが多い。これは経験によるものだ。

 そして今まさにその仕草をしている。


「……はあー。わかったよ。協力する。けどな、期待するなよ?」


「フフッ、よかった。助かるわ」


 エリカは口元で手を合わせて嬉しそうにしている。そこまで歌について悩んでいたことは知らなかった。その表情はいつもの冷静な様子と違って暖かさを感じる。このギャップを見たら知らない人は勘違いしてしまいそうだ。


「どうする?俺の他にサユリとか呼ぶか?」


「はあ?」


 空気は一変して冷たくなった……気がした。


「話聞いてた?」


「聞いてた聞いてた!恥ずかしいのはわかる。でもいつものメンツなら―――」


「何もわかってないじゃない!エツジ君に頼んでるの!あなたには外聞を気にしなくてもいいし……」


 俺たち、じゃなくて俺だけ別の括りなのかよ!もう少し気にしてもらっていいですか……。


「悪かったって。でもコウキなんかは慣れてそうだし、歌も上手いぞ?」


「どつくわよ?」


 黒いオーラのようなものを感じたのでそれ以上言うのはやめておいた。それにしてもこの前からコウキの印象が良くないような……。


「それでいつ行く?エリカ、部活があるだろ?」


「今週の土曜日にしましょう。その日は午前に部活が終わって午後から空いているわ」


「了解。また詳しい時間と場所は連絡してくれ」


 約束をした後、「そろそろ昼休みが終わるな」と教室に戻ることにする。途中で「トイレに寄ってから戻る」と伝えて別れる。一緒に戻ると目立つからな。


 別れ際見た後ろ姿はいつもと変わらないが、鼻歌まじりだったのが新鮮だった。 

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