第5話

 昼休みというのは貴重な時間だ。長い休憩時間、午前と午後の切り替え、一日の折り返し等の条件が重なって学校の中で特に気が抜ける時間帯だと思っている。そして今まさに、チャイムが鳴って気が抜けるのを感じていた。


「二宮君、なんか疲れてない?」


 ため息が漏れたのか顔に出ていたのか、前の席に座る内山うちやまフミヤ君に心配される。

 内山君は入学してから席が前後だったのでよく喋るようになった。ぽっちゃりして丸みを帯びた体とおっとりした表情は優しさが滲み出ているようだ。口調も柔らかくて好感が持てる。

 高校で一番仲が良いのは彼かもしれない。


「いろいろあってな」


 俺が疲れているのには2つ理由がある。どちらも昨日の出来事が関係している。

 1つ目は昨日の出来事そのもので、久々にああいったトラブルに巻き込まれて、ケガこそなかったが心身共に疲労した。

 もう1つはサユリやエリカと知り合いということがバレたからだ。短い時間ではあったがクラスのほとんどの人がサユリと話しているのを見て、仲が良い、そうじゃなくても知り合いという風に認識された。エリカに関してはクラス内でも何度か喋っていたが、昨日は私情を感じたのかサユリと同じ認識のようだ。

 別に間違いではないのでそこは良いのだが、問題はその後。それを知ったクラスメイトや他のクラスの人たちが俺に聞きに来るのだ。女子は興味本位なのかもしれないが男子は間接的に知り合おうとしているのが見え見えだ。俺は「小中学校は同じ」ということだけ伝えてあとは軽くあしらうことにした。こういう問答は精神的に疲れる。


「今日のお昼はどうするの?」


「今日は弁当がないからパンを買ってくる」


 基本、俺は母親に弁当を作ってもらっているのだが、母もたまに忙しい時があってそんな時は購買でパンを買って食べている。

 パンは早くいかないと売り切れてしまうので「行ってくる」と足早に購買へ向かった。


 少し出遅れたが目的のパンは買えたので良しとしよう。教室に戻る際、途中にある自動販売機で飲み物を買っていくのが弁当がない日のルーティンだ。

 自動販売機は渡り廊下にポツンと1台だけ置かれていて寂しげなのだが、逆にその雰囲気が気に入っている。


「うーん、今日は何にしようかな」


 自動販売機の前で俺が悩んでいると、渡り廊下の端からそこそこ大きい笑い声が聞こえてきた。声が聞こえるほうを見ると3人の男子生徒が歩いてきていた。その内1人は見覚えがある。

 確か同じクラスの林ケイスケだっけ?クラスでも割と騒がしいほうだよな。

 あやふやな記憶をたどってみたが喋ったこともないし、あまり関係がなさそうなので気に留めることはなかった。


 パンだし紅茶とかカフェオレにしようかな?


「おい、そこの……名前なんだっけな?」


 いや、炭酸も欲しくなってきたぞ。


「お前だって。なあ?」


 新商品も気になる。


「無視すんなって!お前のことだよ」


 ガッと肩をつかまれて強制的にか後ろを向かされる。そこにいたのは先程の3人で、肩をつかんできた人物ははやしケイスケだった。


「さっきからずっと呼んでんのに何無視してんだよ」


 確かに後ろの方で声は聞こえていたが俺に向けてのものだとは思っていなかった。名前も呼ばれてないし、今まで関わりなどなかったのだから。


「悪い、俺のことだとは思ってなかった」


 ちょっと皮肉っぽかったかな?


「せっかくお前みたいな地味なやつに声かけてやったのによ」


 だったら声をかけてもらわなくても結構です、という気持ちは口に出さない。


「で、何の用?」


「ああ、お前白石さんと仲良いんだろ?俺に紹介してくれよ。入学したときから狙ってたんだよなー」


 またこれか…しかも直球すぎないか…。


「確かに小中学校と一緒だったけど、紹介とかは無理だな。本人もあんまりそういうこと好きじゃないみたいだし」


 好きじゃない、というのは本当だ。この手の話は中学の時もちょくちょくあって何度かサユリやエリカに紹介しようとしたことがある。ただ、その都度二人は機嫌が悪くなり何故か俺が怒られていた。

 本人からしてみれば人を使って近づいてくるな、ということなのだろう。それに、身近にコウキやリキヤがいればそこらの男にはそうそうなびかないだろう。


「もし仲良くなりたかったら俺を介さずに直接話すことをおすすめするよ」


「なにもったいぶってんだよ。あれか?白石さんの友達っていうポジションを必死で守ろうとしてんのか?そりゃ無理だぜ。地味なお前と白石さんじゃ釣り合ってないって。もっと自分の立場をわきまえろよ」


 「ケチケチせずに紹介してやれよ」「白石さんもケイスケといたほうが絶対楽しいって」と、横の2人からの援護射撃も俺に飛んでくる。

 いやそんなのは俺じゃなくてサユリに聞いてくれよ……。


 昨日のことで、改めてサユリたちとは友達なんだと自覚する。距離感はまだ悩んでいるが関係を断とうとは思わなくなった。そんな友達が嫌がるようなことはしたくない。


「ごめん、やっぱり無理だ。仮に強引に紹介しても、かえって嫌われるかもしれないし」


 逆効果になることを説明して何とか説得する。なにも近づくなと言っているわけではなく、あくまで俺を介するなということを伝えて、なんとか納得してもらう。


「チッ、クソッ、しょうがねーな」


 わかってくれたみたいだな。


「なら白石さんはいいや。真弓さんを紹介してくれよ!あの子も白石さんに負けず劣らず美人だもんな。クラスで見た時から気になってたんだよ」


 全然わかってなかった。しかも軽すぎないか?

 

 貴重な昼休みが無駄な時間で削られていると思うと、だんだんイライラしてくる。また同じことを説明しなきゃいけないのかと、呆れてため息を吐いた時だった。


「私の名前が聞こえたのだけど、何か用かしら?」


 腕を組みながら歩いてきたエリカは、相変わらず凛としている。


「ま、真弓さん?!」


 急な登場に3人は焦っている。


「め、珍しいね、ここを通るなんて。購買に行ってたの?」


「ええ、今日はパンの気分だったの。それより、何の話をしていたのかしら?」


 「えっと…」とケイスケは答えあぐねている。それもそのはず。ちょうど今真弓さんを紹介してというお話をしてました、などとは本人を前に言えない。俺に紹介してというくらいだからそんな勇気はないだろう。

 それに加えサユリでもエリカでも、どちらでもいいともとれる発言に、あまり良くない態度などが知られたら嫌われるからな。

 エリカほどの人に嫌われたらクラスや学年でも嫌われかねない。


 ケイスケは俺をチラチラ見てくる。やれやれしょうがないな。


「別に、なんてことない話だよ。俺とサユリやエリカは同じ小中学校出身で仲が良かったっていう話」


 「そうそう」と乗っかるケイスケ。すこしホッとしている。


「ああ、そのことね。確かに私たちは仲が良かったわ。特に私とエツジ君はね」


 あれ?そうだったっけ?


「今日も一緒にお昼を食べようとしてたのよ。時間もないし行きましょ。それじゃあ失礼するわ」


 気づけば俺は腕を引っ張られて歩きだしていた。


 最近俺の予定が勝手に決められている気がする……。

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