第3話

 さすがにあのまま言い争いをしていると迷惑になるので場所を変えることにした。先輩たちに連れられて着いたのはひとけの少ない、いかにもな路地裏だった。


「で、話の続きだがさっきお前なんて言った?」


「ですから金輪際サユリに関わらないでください、と言いました」


 先輩の表情からイラついてるのが読み取れる。


「おいおいおいおい、陰キャのくせに言うじゃねーか。覚悟はできてんだろうな?」


 やはりな。こんなひとけのない場所に連れ込むくらいだ。多少手荒いことをしてくるだろうなと想定していた。

 俺たちの学校は一応そこそこ偏差値の高い進学校だ。それにともなって当然平均的な学力も高い。それでもこのように素行の悪い生徒はいる。悪いと言っても一般的に見ればかわいいものだが。


 期待してはいなかったがもう一人の先輩も止める様子はなく、ニヤニヤしながらこちらを見物している。


「落ち着いてください。別に揉める気なんてないですから」


「そっちになくてもこっちにはあるんだよ。生意気な後輩にしっかり教えてやらないとな。先輩を舐めたらどうなるかを」


 そう言いながら近づいてきて胸ぐらをつかまれる。

 「やめて!」とサユリは引き離そうとするが下手に近づくと危ないので「大丈夫、危ないから離れてて」と伝える。「でも」と食い下がるがなんとか納得してもらった。


 もしこれがボコボコにされるというならば俺も抵抗しただろう。だがこいつらにそんな覚悟はない。どうせ数発殴ったら満足してどこかにきえていくはずだ。自己顕示欲が強いしょうもない奴らなんだ。その程度で済むなら我慢しよう。そう腹を括った。


「女の前だからってかっこつけてんじゃねーぞ!」


 先輩は拳を振り上げる。

 その瞬間、俺は目をつむり衝撃に備える。……だが想定していた衝撃が来ることはなかった。

 ゆっくりと目を開けて状況を確認する。そこには変わらずに先輩の姿があった。だが、振り上げた拳は横から伸びた手に掴まれて振り下ろすのを阻まれていた。その手の元をたどると190㎝ほどあろう体格の良い男が立っている。


「あ?お前誰だよ?なに掴んでだよ!」


「お前こそ俺のダチになにしてんだよ」


 ぎろりと睨みを利かせながら落ち着いた低い声で放たれた言葉は妙な威圧感があった。


「お前に関係ねーだろ!てか離せよ!おい!痛っ、痛いって!」


 男は離すどころかさらに力を込めて握る。


「これ以上やるってんなら俺が相手になってやるよ」


「な、なんだと?調子に乗るなよ!」


 先輩は威勢よく言葉を返すが声は震えていて立ちすくんでいる。ビビッているのがバレバレだ。そりゃあいつに睨まれたらほとんどの人がビビるだろうな。


「おい、もう行こうぜ。これ以上騒ぎになると面倒だし」


 さすがに後ろで見ていたもう1人の先輩もこれ以上大事になる前にやめるよう促す。巻き込まれたくないだけだろうが、こちらとしてもそのほうがありがたい。


「チッ。しょうがねーな。今日はこれくらいにしといてやるよ」


「まだです。サユリに迷惑かけたんだ。謝ってください。そして今後近づかないと約束してください」


 はあ?とごねる先輩だったが掴まれる力が強くなったのか苦悶の表情を浮かべている。


「わかったよ!悪かったって!もう近づかねーよ」


 しっかりと言質もとったので男も掴んでいる腕を離し、先輩たちは駆け足でこの場を離れていった。


「ふぅー……、なんとかなった……」


 色々あってさすがに疲れた俺は肩の力を抜く。


「助かったよ。ありがとうな、リキヤ」


 リキヤというのは先程止めに来てくれた男の名前だ。同じ学校に通っていてリキヤもまた昔から付き合いのある6人の内の1人だ。


「気にすんな。というか俺が来なくてもエツジなら余裕だっただろ?」


 リキヤが俺に「余裕」というのには訳がある。簡単に言うとリキヤは一時期ぐれていたことがある。仲が良かった俺はトラブルに巻き込まれることもありそれなりの場数を踏んでいた。喧嘩に参加することもあって、強いというわけではないが慣れてはいる。

 とあるきっかけでリキヤはバスケットボールに熱中するようになる。元々体格もよく身体能力もすごかったのであっという間に活躍し、高校に入って間もない今も1年生ながらエースと呼ばれている。

 そのきっかけに俺も関わっているのもあってリキヤは俺を恩人というがそれはまた別の話。


「いや、俺が反発したところで余計怒らせるだけだろう。リキヤが間に入ってくれたから丸く収まった。結果誰もケガしてないしよかったよ」


「ならいいんだけどな。でも、避けるくらいはしろよ」


「本当よ。まったく…どうなるかとヒヤヒヤしたわ」


「なんだエリカもいたのか」


「いたわよ。リキヤ君を呼んだのも私なんだから感謝してほしいわ」


 腕を組みながら歩いてきたエリカは頬をぷくっと膨らませている。


「そうだったんだな。助かったよ。それにしてもいいタイミングだったな。もう少し遅かったらアウトだった」


「それはないわ。私たち後ろでずっと見てたもの」


「いたのかよ!だったらもう少し早く出て来てくれよ」


「それは…ごめんなさい。少し様子を見たかったの。エツジ君、高校に入って変わったから。サユリは大丈夫って言ってたけど…」


 うんうんと横でリキヤは頷く。そんなに心配するほどでもないだろう、俺のことなんて。


「駅の近くであなたたちを見つけて、そこから様子を見てたの。今のエツジ君はどうするのかなって。でもやっぱり変わってなかった。私たちのことを助けてくれるいつものエツジ君だった」


 けっこう見てたのか。恥ずかしいな。

 エリカが俺に近づいてきて耳元で囁く。


「いつも通りかっこよかったわ」


 至近距離でクスッと微笑むエリカに照れてしまう。あんまりからかうなよ……。


「そういえばサユリは―――」


 サユリの方に振り返った瞬間何かが俺の胸に飛び込んできて衝撃が走った。その正体はサユリだった。


「……怖かった」


「大丈夫だって。俺がこういうのに慣れてるの知ってるだろ?」


「でも…ケガするかもしれないじゃん…」


 俺は自分が多少ケガをするのは構わない。ただサユリの立場になってみれば俺がケガをしたら自分を責めてしまうのではないかということに今気が付いた。そこまで考えが至らなかった。今度から気を付けよう。


「ごめんね。私のせいで……」


「こういう時はごめんじゃないだろ?」


「……ありがと」


 会話中、サユリは俺の胸に顔をうずめていたので目が合うことは無かった。その時サユリがどんな表情をしているのかはわからなかったが胸のあたりが少し湿っていくのを感じた。


 俺は気休めにポンっと頭をなでながらサユリが落ち着くのを待った。

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