第4話 花冠とツーショット

「ねぇ見て見てれん君! できたっ!」

「すごい。小鳥ことりさんって手先器用なんですね」

 蓮が学校帰りに小鳥に会いに行くようになり、何日か経ったある日のこと。

 今日もいつも通り小鳥の家の前で合流し、いつもの公園まで車椅子を押してやってきた。

 公園に着いてそうそう、小鳥の提案で砂場の脇に生えていたシロツメクサを大量に摘まされた蓮だった。一体何をするのやらと黙って見守っていると、十数分後に小鳥が太陽にも負けない笑顔と共に差し出してきたのは実に精巧に組まれた花冠だった。

「蓮君は作れないの? 小さい頃こうやって遊ばなかった?」

「あー、俺は結構インドアだったんで、作ったことないですね」

 蓮は小さい頃から人見知りをするタイプで、どんな場面においても周囲に溶け込むのがとにかく苦手だった。

 この公園にも何度も来たことはあれど、そこに同年代の友達との記憶はなく、代わりにあるのは母の姿だった。

 ははっと笑って頬をかく蓮に、小鳥は「ぽいねっ」と返してクスリと笑う。

 初恋の女性が不意に見せる笑顔というのはとにかく眩しく愛おしいもので、向けられるたびにドキリと強く心臓が跳ねてしまう。そんな感覚に未だ慣れない蓮にとっては少し心臓に悪かった。

 キョロキョロと視線を泳がせているうちに、小鳥は作った花冠をひょいっと自分の頭に被せ、両手でその位置を微調整している。

「ねぇ、どう? 似合う?」

「……あぁ、ええっと……」

 似合うに決まっている。シロツメクサの緑と白の絶妙なコントラストで織りなされた花冠は、元から清楚で可憐な小鳥の可愛さをより一層引き立てている。

 というか、そもそもこの見た目で「かんむり」というのが似合わないわけがない。

 端的に言えば、おとぎ話に出てくるお姫様みたいだ。

「……もしかして、変だった?」

 相変わらず視線を彷徨さまよわせては言葉を返しあぐねているうちに、花冠に両手を添えながら小鳥が少し眉尻を落とした。

 素直に「可愛い」と言うのもなんだか気恥ずかしいし、「お姫様みたいだね」はキザすぎるし、そもそも蓮の性には合ってない。

「なんていうか、似合い過ぎて」

「……ほんとにそう思ってるー?」

 なんとか言葉を絞り出してみれば、小鳥はどこか不服そうにいぶかるような眼差しを向けてくる。

 車椅子からぐっと身を乗り出し、小鳥は蓮の表情をまじまじと見上げる。

「ほ、本当ですよ?」

「じゃあ、要するに?」

「え?」

「具体的に!」

 似合い過ぎているとはどういうことなのかもっと具体的に言え、と小鳥は言いたいのだろう。

 素直に「可愛い」と言うべきなのか。というかこれは言わざるを得ないのではないか。もっと言えば、言わされるやつだろう。意を決して、腹をくくった。

「え、えっと、その、か、かか、可愛いです……すごく」

 顔から火が出そうな思いで口にすると、小鳥は少し頬を赤らめ満足そうに微笑んでみせた。

「——ふふっ。ならばよしっ!」

 小鳥は蓮よりも二つ年上だということもあり、最近はよくこうやって蓮をからかってくる。別に嫌ではないしむしろ嬉しいぐらいなのだが、友達付き合いも人並みに経験できなかった蓮にしてみれば、少々刺激が強すぎると言うのが本音でもある。

 ふふんと鼻を鳴らした後、小鳥はそっと自分の頭の上から花冠を外して、くりっとした愛らしい目つきで蓮を見上げる。

「じゃぁ蓮君蓮君、ちょっとしゃがんで?」

「へ? いいですけど……」

 言われるがままその場にしゃがむと、小鳥は今度は蓮の頭にそっとシロツメクサの花冠を乗せた。

 春らしい緑の香りに一瞬ふわっと包まれたかと思うと、頭上にしっとりとした重みが感じられる。

「……俺がやっても絵にならなくないですか?」

「そんなことないよ? ほら、可愛いじゃん。こっち向いて? 写真撮ってあげる!」

 今度は少し子供っぽいとも言えるようないたずらな笑みを浮かべ、小鳥はブラウスの胸ポケットからスマホを取り出して構える。

 ——カシャッ、カシャッ、カシャッ。

 許可を出す前に撮られてしまった。三枚も。

「えっ、ちょっと、俺まだいいなんて言ってないのに……」

「ダメだったの?」

「そうとも言ってないですけど」

「じゃぁおっけーだね! ふふっ」

 拒否権はない、と言わんばかりに小鳥が一方的に押し切ってくる。 

 だったらさっき自分も無理やりにでも写真を撮っておけばよかったのかもしれない、と一瞬思ったが、そこまで積極的なコミュニケーションを取って許される自信はまだ蓮には無い。

 さっきの小鳥のお姫様姿はしっかりと脳内カメラに記録したので、いつか本当に許される時が来たらその時は改めてちゃんと写真を撮らせてもらいたいものだ。

 花冠を頭に乗せたどこぞのお姫様を妄想していると、小鳥が蓮の頭からひょいっと花冠を取り上げた。

 そのまま再び自分の頭に乗せ、何度かサイドに流れた黒髪を指でいた後、少し姿勢を正して蓮を見上げる。

「はい、今度は蓮君の番」

「俺の番?」

「写真だよ! 特別にお姉さんの奇麗な姿を撮らせてあげる!」

 まさかこんなにも早く願いが成就するなんて、と蓮は心の中で発狂し、盛大にガッツポーズを決める。

 ふふんとしたり顔の小鳥だったが、蓮がカメラを起動させ小鳥をフレームの中に収めると、微かにその頬を赤く染めた。

 ——カシャリ、カシャリ、カシャリ、カシャリ。

「あぁ! ずるいよ蓮君、今私より一回多かった!」

「小鳥さんは許可なく勝手に三回も撮ったので、その分の仕返しとしての一回です」

 むぅ、っと頬を膨らませてぷりぷり怒る小鳥に蓮がそう言い返すと、不服そうに自分のスマホに視線を戻してポチポチといじり始める。

 年下だからと言ってもいつまでもなめられているわけにはいかない。

 たまにこうして、さりげなくやり返すぐらいなら蓮にも許されるだろう。

「あー、蓮君が反抗期ー!」

「撮っていいって言ったのは小鳥さんですから」

「四枚もいいよとは言ってないもん」

「四枚はダメとも言われてませんし」

 とことん言い返すと、もう! っとムッとした顔で小鳥が身を乗り出してくる。

 蓮から見て普段は清楚で大人っぽい印象が大きい小鳥だが、こういう時に見せる無邪気な表情はそれはそれで可愛い。

 小鳥も本気で怒っているなんてことは全然なくて、ムッとした後は必ずくすりと含み笑いを見せてくれる。

「じゃあさ、私にももう一枚撮らせてよ」

「……いいですけど、そんなに俺の写真なんか撮ってどうするんですか?」

 急な提案に蓮がき返すと、つべこべ言うな! と眉を寄せながら、今度はぐっと手を伸ばして遠くにスマホを構える小鳥。

「ほら、蓮君こっち! 一緒に撮ろ?」

「い、一緒にですか⁉」

「そうだよ! 嫌なの?」

「いやそんなことは無いですけど……」

 またしても願ったり叶ったり、というか棚から牡丹餅とも言える展開に、ドクンドクンと激しく鼓動が暴れ始める。

 こんな天から舞い降りたような美少女と自分なんかが同じフレームに収まっていいものなのか、と赤面しては逡巡しゅんじゅんする。

 ツンと口をとがらせて不服そうに琥珀色こはくいろの瞳を細めた小鳥に観念し、暴れ狂う心臓を押さえつけたい気持ちでそっと小鳥の隣に歩み寄った。

「そこじゃぁカメラに入らないよ、もっとこっちに寄らないと!」

 隣にしゃがんだはいいもの、これだとギリギリ蓮がはみ出てしまうらしく、小鳥が蓮の袖をググっと引っ張り自分の方へ身を寄せるようにと促した。

「こ、これでいいですか?」

「うん、ばっちり!」

 小鳥が構えたスマホの画面を見れば、花冠を乗せたどこぞのお姫様と冴えない表情の自分が体を寄せ合ってはにかんでいるのが見える。

 自分なんかで申し訳ないなと思うのが半分、手を伸ばしてその髪に触れたいと思う自分も半分。どうしようもなく固まってしまい、気付けばカシャリとシャッター音が鳴り渡る。

 ふわりと風が吹いて、なんとも言えない甘い香りが今日も蓮の鼻の奥をくすぐった。

「ふふっ! 蓮君ってば、表情硬いよ」

「な、慣れてないんですよ。それで許してやってください」

 しょがないなぁ、とどこか不服そうながら納得した笑みを浮かべる小鳥。

 もう一度撮り直したところで上手く笑える自信は無いし、なによりあの距離感で平然を装うのはもう限界だ。

 はぁ、と一度ため息をこぼすと、小鳥がまた、ねぇねぇと蓮を見上げてくる。

「さっきの写真送るから、連絡先交換しようよ」

「え、い、いいんですか?」

「良いも何も、あれから私たち毎日会ってるし、今更じゃない?」

「まぁ、そうですけど……」

 蓮が小鳥と合流するときは、だいたいの時間を予想してことりが家の外で待っていることが多い。したがって、今まで特に困ったことは無かったので、お互いの連絡先を交換するというまでに至らなかったのだ。

「蓮君はQRコード読み取られたい派? それとも読み取りたい派?」

「どっちでもいいですけど……」

「じゃあお姉さんが読み取ってあげよう」

「よ、よろしくお願いします」

 随分とクセのあるき方をするのは彼女なりのボケなのだろう。可愛い顔をしていながらもこうして独特なボケをかましてくる小鳥のペースには翻弄ほんろうされるばかりだ。

 微妙に震える手つきでメッセージアプリを起動して、自分のアカウントのQRコードを表示させ、小鳥の手元に差し出す。

 重ねるように小鳥がスマホをかざし、ピコンッ♪ と軽快な音がして、『Kotori』という名前のアカウントが登録される。

「ぷっ、なにこれー、蓮君のアイコン地味ー! ははっ!」

「しょ、しょうがないじゃないですか!」

 蓮のアカウントのアイコンは、登録した時から表示されているデフォルトの画像だった。

わざわざアプリでやり取りするような間柄の人間は家族以外にいないので、特にこだわる気にもなれなかったのだが、小鳥からすればそれがツボだったのだろう。けたけたとからかう様に笑っている。

 自分もなにかしら小鳥のアカウントからあらを探してやろうと、躍起やっきになって小鳥のアカウントをタップして、意表を突かれた。

「……っ!」

 小鳥のアカウントの背景に表示された画像は、なんとさっき撮ったばかりの蓮とのツーショットだった。

 世の中の女の人はみんなこうなのだろうか、と蓮は横目で小鳥をいぶかる。

 好きでもない男子と撮ったツーショットをすぐにメッセージアプリの背景に組み込むというのは、一体どういう心理から来るものなのか。


「ん? どうしたの蓮君」

「なんでもないです!」

 

 こんな美少女とここまで親しくなれたのは純粋に嬉しいが、まだまだ小鳥のペースがつかめない蓮だった。

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