千年の楔と重力反作用多脚安定装置
しとしとと降る雨を窓の内側から見る。放射線をまき散らし、周囲を散々汚染していく雨だが、男は嫌いではなかった。
都市を出て、そして彼女――グレイを鏡映しにしたような人物を殺して早数日。崩壊しかけのビルの床に広げられた地図は、男が都市から一直線に離れていることを示していた。かと言って目的地があるわけでもない。
幸い男はただ闇雲に進むことをあまり苦にしていなかった。何もしないよりは断然気晴らしになるというものだ。何よりももう過去の亡霊を思いだすことがないというのが大きい。周囲はほとんどが知らない景色で満ちていたし、ここら辺には機械もいない。
男は無意識に自らの右手に左手を添えた。ローブから飛び出た十数本の細い機械腕は現在メンテナンス中であり、数本の腕を除いた残りがせわしなく動いている。
どうせしばらくは動けないのだ。その腕に立った今接続されようとしているものへ男は目を落とし、そして上げた。
妙に角ばった細く、長い銃身を持つ長距離狙撃用に作られたであろう旧時代の遺物。かつて地球上にいた水生生物の名前を取って名付けられたらしいそれ、スティングレイは表面の銀色をひとつかみもくすませずにそこにあった。
右腕に走る温いような感覚。すべてのマニュピレーターを別々に動かして不具合がないことを確認すると男は立ち上がった。
「……」
対放射線コートを身に纏えば雨の脅威は六割がた消える。男の足が瓦礫を踏むたびに残骸で構成された山が崩れていく。
機械たちの墓場。男がいるのはそうとでも言うべき場所だった。機械が機械を作り、その機械がまた別の機械をメンテナンスする完璧なサイクルにもほころびというのは存在するようで、そのサイクルからあぶれ、生命と呼べない生命を失った者たちの死骸はこうして一か所に積み上げられるのだ。
旧時代の清掃機たちの仕事は完璧に近く、都市はもちろん都市外の廃墟街にもバネ一つほどのがらくたさえない。そしてここにその清潔さのしわ寄せがくるわけだ。
『こちらは管理組合です。投棄所への侵入は連邦法第267条への違反となり、罰金、または再教育が施される場合があります』
もう意味のない言葉をわめく機械のサーチライトからしばし身をひそめる。
その管理組合がなにかも、再教育とはどんな仕組みなのかも男はしらない。知らなくてよいことだ。どうせもう全ての単語に意味なんて無い。
ふと、ガラクタの中にきらりと緑色の光が見えた。反射的に拾った男はすぐに顔をしかめる。
アーチバイトコア。内部に存在する3000ものナノリアクターによって光は屈折し、綺麗な緑色の光を放つ。男はそれを知っていた。
――『それ、すっごいレアものだから! 一つも見逃さないでね?』
はつらつとした少女の顔は、当時の男にとっては何にも変えることのできない宝石だった。だが今は――
「宝石ほどの価値も……」
緑に光るそれを投げ捨てる。サーチライトが去るまではまだ、しばらくかかりそうだった。
≔
旧時代の観点から言えばすべてが都市である。自然な自然などどこにも存在せず、ただナノマシンによって形がたもたれている豆腐のような高層ビルとナノマシンが割り当てられておらず崩れている建造物。どちらも廃墟には変わりないそれらによって構成された森しかこの世界には存在しない。今の人々が言う都市はそんな中から中心となる建物を選び、集まり、守っているにすぎない。
そんな森は地面も硬質な継ぎ目のないタイルのみ、寂しさと無機質さで作られた丘を男は歩く。
靴がタイルを踏むコツコツという音のみが人の存在を肯定し、雨が地を叩く音のみが世界を存続させる。
永遠さえも遠い、終わりにしては早すぎるそんな繰り返しの中、男は立ち止った。
誰かに見られている。それは勘と経験によって裏付けられた絶対的事実。
誰か、ではなくなにか、かもしれない。だが明確にこちらを狙い、監視しているのは間違いようがない。
向かいの崩れかかった建物の上――誰も居ない。
そのまた向こうの高層建築物――遠目からではわからないが、もしかしたらそこにいるのかもしれない。
どのみち向こう側から接触してこない限り、この廃墟群の中では見つけることはできないだろう。
なにかをする算段ならば早くしてくれ、男は内心そうごちた。
輸送機がジェット音と共に頭上遥か彼方を通り過ぎていく。ジェット音がするということは相当旧型に違いない。
「――」
しばらく考えると、男は輸送機を追い始めた。
輸送機はこの時代とても貴重なものだ。大半はすでに撃墜されたか、カモフラージュのせいで見つけることすらできない。輸送機の内部にはもう使うべき人間もいない数多の武器や弾薬、部品に食料が積まれている。自動運転で廃墟から廃墟へ荷物を運ぶそれらを破壊もしくは掌握すれば結構な物資が手に入るのだ。
そろそろ食料が尽きそうな男にとってそれは行幸だった。
死にたい。だが死にたくない。恐らく、“死ぬ”という確信ができたなら、自分は躊躇せずに死ねる自身が男にはあった。だが、今は。生という道が、食べるという至極簡単な行為によって持続できる今なら、“生きる”というちっぽけで細い道を選ぶことしかできない。
自分自身に問いかけたのは一度ではない。
「どこで死ぬ?」
自らの人生を終えるならどこで。思いつく場所はいくつもあった。思い出の場所なら腐るほどあった。だが、どれも選べなかった。結局のところ自分は何の思い出もない。廃墟の中で死ぬのだろう。身体が爆散するか溶けるか焼けるか消えるかして。
だがそれでいいのかもしれない。
少し後悔する死に方のほうが平等だ。捨てて、手を掴めなかったいくつもの光に少しでも報いるために、詫びるために、泣き叫ぶために。
◇
平べったい機体が着陸したのは一般的な輸送管理エリアだった。普通なら一帯に展開されているはずの監視ドローンは見る影もなく、今はただ着陸した機体からロボットアームが物資を取り出してベルトコンベアーに乗せている。
「横に2、その向こうに6」
男は自身の十数本のマニュピレーターを展開、手にした銃が火を噴く。警備用のタレットへエネルギーを供給するための接続部が全て、同時に、弾丸によって潰された。
輸送機のコントロールパネルを開く。マニュピレーターの内のシステム接続端子が使って輸送機のシステムに侵入。そこからさらに物資取り出し用のシステムへ手を広げ、強制的にベルトコンベアーを止める。ロボットアームも作業を取りやめ、行儀よく折り畳まった。
男の腕に様々な機能を取り付けた少女は『これもいつか使うって!』と言っていた。
それを実感したのは彼女が消えてからだ。いつもシステムへの侵入は彼女が担当していたのでこんなに大変なこととは知らなかったっけ。
幸いすぐに慣れ、今ではこんな簡単なシステムならば難なく侵入できる。
楽だ。楽だが――。
どうやらこの輸送機は超冷凍保存用のものだったらしく、中は冷たかった。
積み上げられたミニコンテナを端子を使ってハッキングし、強制的に開くとその中身が露わになった。
合成肉。それも三等級以上のものだ。
合成肉は人工的に培養液から生み出される。それにも品質というものは存在し、三等級と言えば“本物”――その本物を知る人間は今この世界には存在しないのだが――その本物に近いという噂だった。
指で軽くすくおうとして男は驚いた。合成肉は未調理のものなら粘液状をとっているはずだ。だがこの肉は平べったい湿った布のような材質ではないか。
「……肉?」
これが本物の肉というものなのだろうか。ひとまずこんな大量のコンテナの中身を全て持ち歩くわけにも、生のままの肉を持ち歩くわけにもいかない。
男はミニコンテナを一つ抱え上げると、輸送機の外へ出ようと――
「ッ」
視界が回り、頭や身体が金属製の壁にぶつかる。回転する壁をとっさにマニュピレーターでつかむが、重力に従って落下し、床に背中を何度も強打した。
「――」
吹き飛ばされた。輸送機ごと。
それに気が付いた男はマニュピレーターに拳銃を握らせ、外へ躍り出る。
幸いにも降ろされた貨物は良い遮蔽になる。そこに身をひそめた男は状況把握に努める。
足音は一人。規則性がないことから敵は人間。問題は威力だが――
間髪を入れず、貨物の山ごと吹き飛ばされた。飛んだ男に遅れて貨物が襲い来るが、ともに飛ぶ貨物を掴み、反発の要領で着地する。
着地した男を待ち伏せるかのように先ほどの輸送機が火花を立てて地面を滑ってくる。横に飛び衝突を避けるが、避けた場所には――
鉄をまとった拳をマニュピレーター計5本で受け止めた。マニュピレーターが悲鳴を上げ、ぎちぎちと音を立てた。
「――やはり」
男は心底苦々しい顔を浮かべた。
見たくなかったもの、背けたかった過去と対面するように。
――『アタシの発明は完璧だって!』
――『お前のマニュピレーター、改造してやるよ。完璧にしてやる!』
――『背中を預けろよ。アタシはお前に。お前はアタシに』
――『なぁ、教えてくれよ。お前の目指す完璧ってなんだ?』
朗らかに笑っていた記憶の中の彼女は、今目の前に無表情で存在している。
「やはり君か、アターリア」
記憶の中の亡霊、その二人目は全くの無反応のまま、拳を振り切った。
≝
五本のマニュピレーターがあらぬ方向へひん曲がっている。全身が痛い。
否、それよりも。
眼前を少女が歩いてくる。おかっぱ頭を雨粒が伝い、地面に落ちた。
「……アターリア」
発明少女。彼女に対する男の第一印象はその一言に尽きた。
いつも笑顔を絶やさず、人生という名の長い道のりを“機械いじり”というたった一つの視点でもって味わい尽くす。それが彼女の指針だった。
最初は市場で少し話す程度の関係だった。当時はまだ横にいたはず人間を失うことに慣れていなかったため、彼女の目に男の姿はさぞかしやつれているように映ったことだろう。
彼女は修理が上手かった。そんな縁で話し、いつしかプライベートでも共に旧時代の遺跡を漁ったり、互いに一緒にいるようになった。
彼女には敵が多かった。理由のほとんどは彼女の持ち得る博愛性だ。
敵味方問わず仕事を引き受け、作成したガジェットは誰であろうと求める者に売りつけた。
故に敵が増えるのは当然だった。
どんな罠も二人で乗り越えた。男は少女を守り、少女は男をサポートした。
少女自身も強かったし、男もなにかを守ることを貪欲に求めていた。
最後は――あっけなかった。
≎
――来る。そんな確信通り、積み上げられたコンテナの山が砕け散った。
飛び散る破片を牽制として突撃してきた少女の拳を軽くいなし、方向を変える。
だがもう片方、左手か握りしめられ、追撃。
「――」
音にならないつぶれた声が喉から漏れる。男はそのまま力に抗えず吹き飛ばされた。
コンテナに背から突っ込んだ。壁面が凹み、背骨に尋常ではないダメージが入ったのを確信する。
「アターリア、アターリア……」
笑顔もない。言葉もない。表情も、感情も優しさも気遣いも心も愛情も――
「もう、もう――」
もう、わかった。
男は身体を起こす。眼前には拳を構えた少女が――
「もう、いい」
グレイも、アターリアも。彼女たちではない彼女たちを使って何がしたいのかは知らない。分かりたいとも思わない。
「その程度で、私を仕留められるとでも、ええ?」
マニュピレーターを総動員して少女の拳をからめとる。それでも威力は殺し切れずに衝撃が伝わってきた。
拳を握りしめた左手は拳銃で打ち抜く。それでもなお表情に変化を表さない彼女を男は見つめた。
彼女であって彼女でない。まがい物、ダミー、出来損ない。
「消しとべ、偽物」
外套が浮き上がり、その下のものを露わにする。銀色、細い細い銃身には今や光が灯り、小さな星が産声を上げる。プラズマは震え、空気へ伝わる。
スティングレイが――笑った。
星の閃光は完全に少女を捉え、その身体をプラズマの光の中にさらした。
皮膚は溶け、筋肉は焼け、神経は灰と化し、骨という骨は炭化して土と化す。
――そのはずだった。
光が収まると少女は――傷一つない拳をもう一度拳を握った。
彼女の腰あたりから伸びた太い4本のロボットアームはしっかりと地面を掴み、彼女を動かさない。
「……なぜ、偽物がそれを」
プラネットアンカーは惑星の重力に反発することでそれに等しい力の外套を作り出す。移動と引き換えの絶対防御。それこそがアターリアと男がたった二人で完成させた絶対の法則であり、絶対の――。
拳へ鉄の弾丸を浴びせかける。だが銃弾は皮膚に届くことなく、乾いた音を立ててはじけ飛んだ。
当然だ、相手は星そのもの。分が悪いなんて次元はとっくに超越している。
「ッ」
銃撃の効き目は皆無と言っていい。そも弾丸が使い物にならなくなるのだ。
だから狙うのはプラネットアンカーを解除したその瞬間、その瞬間に全弾を叩きつければいい。
そう、できればの話だが。
少女の姿が掻き消え、目の前に顕現する。
殴打せんとする腕の方向をずらすが、まだもう片方の腕が控えている。
ガラスが割れる音、マニュピレーターが展開した計三枚の真空シールドがその許容量を超える威力によりはじけ飛んだ。それと同時に男も引き飛ばされる。
彼女は――アターリアは身体能力も完全無欠だった。本人は機械いじりが最も楽しいらしくそればかりしていたが、その身に秘められた能力は今まで見てきたどんな人物にも打ち勝つほど強く、キチンとした訓練を受ければ一個師団をその身一つとわずかな道具で渡り合えるだろう。
それが今、敵に回っている。プラネットアンカーを解除した瞬間を狙い打とうとしてもわずかな逡巡の隙に接近され、拳を喰らう羽目になるのだ。飛び道具を使ってこない分良いと見れるかもしれないが――
少女が殴り飛ばしたコンテナ群が石礫のように降り注ぐ。
前言撤回、彼女の拳は遠距離攻撃も兼ねている。
彼女が使用している筋力増幅帯は通常重いものを運ぶために使用するものだ。それであの威力を叩きだすのだからつくづく才能とは恐ろしい。
空から降り注ぎ続けるコンテナを足場として空を舞う少女。コンテナ群を牽制として自らの攻撃を無理やりにでも通そうとするその戦法に男は覚えがあった。
記憶の中のアターリアも良く無茶をする奴だった。一人で空爆ドローンを五機沈めると言ったときにも同じ戦法を使っていたっけ。
――だが、違う。彼女と目の前の少女では違う。
「――アターリアは」
マニュピレーターが悲鳴を上げ、また一本へし折れる。
「いつも笑っていた……あの笑顔があるからこそ彼女は強かった」
――いつだか、彼女に問うたことがある。どうして笑うのかと。
『笑っていれば、嫌なことは誤魔化せるし。それに――私の目指す完璧には笑顔が必要不可欠だからね』
例え届かないとしても。なんて彼女はうそぶいた。
届かないのなら理想として見るはずもない。
彼女は、アターリアは届くからこそ“完璧”に固執した。爪一枚分の間まで完璧に肉薄していた。だからこそだ。
『ま、██の前でくらいは完璧じゃなくてもいいかなっ』
『……だから俺に片付けさせるのか』
『いーじゃん! 持ちつ持たれつだよ』
≋
――マニュピレーターで服の裾をつかみ取り、男はそのまま身体を回し、小さな身体を地面に叩きつけようとする。だが――
重力がほとばしった。展開されたロボットアームが接地するとともに男のマニュピレーターが粉砕される。星への杭、プラネットアンカーが起動したのだ。
「うぐっ」
鈍い声とわずかな鮮血が口からはじける。
少女はプラネットアンカーを解除、すぐさま迎撃に移った。
男はちりちりと痛む筋肉を動かす。再び外套から光が漏れる。
シンクスタビライザーが甲高い音を放ち、ストッパーが四散し、閃光がほとばしる。叫ぶ、名を――
「スティングレイッッッ!!」
極限まで圧縮されたインスタントプラズマ。発射時の反動によって男の身体が地面を転がる。指向機の強制力すら外れたインスタントプラズマが周囲のコンテナやコンベアを焼き、熱へと変える。帰らせる。
そして、その中でなお、少女の身体は健在だった。ロボットアームにも、彼女自身にも傷一つない。
感情の無い顔で彼女は再び男を――
――男は、少女の頭上に既にいた。わずかに残ったマニュピレーターが悲鳴を上げ、持っている鉄塊を誇示する。
輸送機を丸々一つ持つ男は唇についた血を舐めた。
◇
――湧き出る過去の記憶。
『だから、アタシが訓練してあげるよ』
『弱いからって? いやはや手厳しいな』
『事実でしょ』
『お前にそれを言われちゃ誰もかれもそうだろ』
アターリアは輸送機のボディを軽く小突いた。
『これくらいは持ち上げられるようになってもらわないとね!』
『……俺にできるとでも?』
『無理な部分はアタシの“コレ”にお任せよー!』
手にしたスパナをくるりと回し、アターリアは男を指した。
◇
――「俺でも、できたよ」
輸送機は圧倒的質量をもって少女に襲い掛かる。
少女はそれを手のひら一つで――受け止めた。
つんざくような金属音と、みしみしという不快音が耳に五月蠅い。
輸送機が歪み、軋み、悲鳴を上げた。泣き叫ぶ声は次第に断末魔に変わっていく。輸送機は挟まれている力と力に耐えきれずに装甲が割れ、裂け、はじけ飛んでいく。
少女は片手で押さえつけたまま輸送機を地面にたたきつける。完全に破壊された輸送機からの爆炎と放出された。
少女の腰辺りから生える多脚が再び地面に接地する。アンカーが星に食い込んで爆風を完全に受け流そうと――
「……?」
少女の視線が自身の腰に向けられた。先ほどまで正常にその役割を果たしていたロボットアームがギチギチと動きを鈍くしていく。凍っていく。
少女の視線は下に、地面に向けられた。地面には薄く氷が張り、それがロボットアームまで続いている。視線は続いて自身の腕へ、肩へ、すべてが薄く凍っている。
冷却液。輸送機の後方部に搭載された冷凍庫に使用されていたそれが輸送機を受け止めた際に漏れ、彼女の身体を伝い流れてロボットアームにまで到達したのだ。
――爆発が二人を飲み込んだ。熱された装甲板があたりに散らばり、それによって焼けた地面をナノマシンが自動で修復し終えると、あたりに沈黙の帳が降りる。
スクラップの山となった輸送機のその下でなにかが動いた。機械の腕が姿を現す。
瓦礫を完全に押しのけ終えた少女は、少しすすけた顔で周囲の様子を見渡すとどこへとも足を――
「――」
その後頭部に何丁もの拳銃が突き付けられた。
「……」
少女の顔が人形じみた動きで背後の男へ向く。銃口は再び、今度は額に。
「……思い出す。“完璧に”、それがお前の合言葉だった」
“完璧に決めてあげる!” “完璧にこなしてみせるよ” “完っ璧に美味しいんだから!”
完璧に、完璧であろうとした。彼女は才能に満ち溢れていた。機械いじりも、身体能力も、並みよりもはるか遠くの地平に彼女は立っていた。それでも――才能を御する才能だけは、欠落していた。
完璧が、才能が、すべてが足枷になった。
「そんな、足枷――」
◇
『――そんな足枷、壊してしまえ』
『え?』
『足枷、だよ。お前の才能で、お前の才能と言う名の足枷を壊すんだ』
『……なにそれ、そんなのどうやって』
『知らん』
『はぁ?』
『それを考えるのは、お前の役目だ。”完璧な”お前の、な』
◇
「そんな足枷――」
少女の腰のロボットアームが稼働を開始する。間が開き、関節が動き、地面に接地しようとする。
無数のマニュピレーターが無数の引き金に力を込めた。
「そんな足枷」
弾丸が。
『「そんな足枷、壊してしまえ」』
◇
……『わかったよ、██、私は天才だからね!』
『ああ、そうだな』
◇
鉛弾が少女の額に穴をあける。何度も、何度も。繰り返し。尽きるまで。
≉
爆発の余波も、それによってまき散らされた炎も消えた。夜の空気がなにかを運んできて、男はそのなにかを掴めないまま、ぼぅっと空へと手を伸ばした。
「……アターリア」
寝転がったまま、隣に横たわる物言わぬ遺体を見つめた。彼女は、彼女で。でも彼女じゃなくて。
もう頭がどうにかなってしまいそうだった。忘れたいのに思い出してしまう。隣の温もりを――寂しさを。忘れたはずのそれが一気にぶり返して男の全身に絡みついてくる。引きずって、引きちぎることなんてできずに。
「……俺に、どうしろと」
今はただ、歩きたかった。脳のメモリーをいっぱいにして、はち切れたかった。
アフターパンク・ラストアーク 五芒星 @Gobousei_pentagram
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