アフターパンク・ラストアーク

五芒星

6月12日と超長射程無誘導濃電砲

 主人公。物語の核。すべての物事はたった一人を中心として動く。周りには自然と仲間が集まり、気が付けば幸せを形成する。くじけ、倒れても立ち上がり、最後には乗り越えて平和を手に入れる。


「――クソ喰らえだ」


 男は右手に持った銃のトリガーを引いた。銃声と共に微小ながらも返り血が頬についたのをぬぐうと、男は歩きだす。汚らしい路地はどこまでもいっても汚らしかった。


 人類は一度滅んだ、らしい。栄華を極めた旧時代の息吹は消え、今は無数の廃墟とその中で蠢くAIが残るのみだ。今の人類は旧時代の廃墟へ潜り込んでは遺物を持ち帰る盗掘家か、家もない吹き溜まりにたまる人間が大半で、詳細もわからない技術に頼って暮らしている。


 裏路地のさらに奥、ここらは一帯でも特に治安が悪い場所であり、無防備に歩けば3秒と持たない。そんな場所に彼の自宅はあった。

 自宅、とは言っても旧時代の鉄板をデタラメにつぎはぎした箱のようなものだ。扉は力任せに開けるもので、開閉のたびに錆をあたりにまき散らす。


 適当なぼろきれを組み合わせたベッドに寝転がり、男は天井を見上げた。

 帰り道に賊に絡まれることもあったが、今回の買い出しは無事に終わった。必要なパーツや油等も手に入ったのでやっと手入れができる。


「ふぅ……」


 漏れたのは安堵の息だ。ここ3日で4度目になる買い出しがようやく成功したのだ。今回もまたダメかと思ってしまったので、とても――


「――!」


 木製の天井を突き破って、何かが空から落ちてきた。木材がばらばらと散らばった部屋の中心で何かが動く。


「助けて……」


 それは、少女だった。白色の髪と鈍色の目、妙にこぎれいな恰好の彼女は男のほうへ手を伸ばす。


「助けて……」


 もう一度呟く少女を見据えた男は。


「――」


 迷いなく拳銃を取り出し、少女へ向けて3発撃ち込んだ。

 銃弾を受けて少女は一瞬にして沈黙する。


「……ここもダメか」


 そこからの行動は決まっていた。男は早々に油やパーツをローブの内側へしまい込むと、扉を開け、家の外へ出る。フードを深くかぶるとそのまま歩きだした。


「2週間、か」


 前回、赤色の瞳を持つ女が終われる所を巻き込まれたのが二週間前。前々回、桃色髪の大人しい少女が家に転がり込んできたのが二週間と三日前。どちらも迷わずに撃ち殺した。


「……いつになったら――」


 その思考を止める。いつになっても終わらない。どうせそう結論付けるのがオチだ。


 大きな通りに出て雑踏に紛れ込む。またどこか住める場所を探さなければ、闇雲に進み続けてたどり着いたのは簡易食糧搬出プラントだった。窓ガラスを割って中に侵入し、落ち着ける場所を探す。ふと、床に落ちる灰色の外套が目に入った。


「――っ」


 顔を歪ませてそれから目をそらす。5年ほど前、まだ諦めていなかったときの記憶がフラッシュバックした。


「うえっ……おぇぇぇ……」


 脳裏に焼き付いている空色の髪を必死に頭から追い出す。吐しゃ物を吐き出し切ると男はその場にへたり込んだ。


「戻って、来たのか」


 ハイペースで住処を変えていてはいつかこうなるのは分かっていた。だが、実感してみればなんと辛いことか。


「これ以上、どこに行けばいいんだ」


 ゴウン、ゴウンと合成パンを運ぶベルトコンベアーの音さえ、男に頭痛をもたらす。1つ思い出してしまえばもう止まらない。無数の声と情景が浮かんでは消えて、その際に心に刃を突き立てる。


『お兄さんはどうして生きているの?』

 空色の髪を持つ少女が表情を変えないまま問いかけ、


『お前は私の相棒だ』

 重そうなコートに身を包んだ女がこちらへ笑いかけ、


『ずっと一緒にいたいな……なんて』

 マフラーに顔をうずめた少女は顔を真っ赤にしながらそう言った。


「――やめてくれ」


 男は必死に頭を振る。これらを思い出した次の瞬間はもう決まっているのだ。だが止まらない。脳みそのその内側で空色の髪を持つ頭部が宙を舞い、重そうなコートは炎に包まれ、マフラーは光線を受けて粒子へと還った。


「やめろ……やめてくれ……やめて……」


 思い出したくない。過去など。あきらめたくない気持ちなど。


 ≒


 ある日、少女と出会った。マフラーで顔を半分隠したその少女は顔を真っ赤に泣きはらしていた。話しかけたのは、その顔に当時の男と同じ寂しさを感じたからだろうか。

 彼女を狙って何人もの追手が来た。そのすべてを倒し、殺し、彼女を守った。何度も食事を共にし、何度も眠り、二人で何度も笑いあった。

 ――彼女が旧時代の人間だと知ったのは、彼女が粒子へと還った後だった。旧時代の人間の蘇生、その実験体だったらしい。


 泣いて嘆いて後悔をして、そんなときに別の少女と出会った。殺し屋として育てられ、遠距離狙撃用の遺物を使う、殺し屋を辞めたい無表情の少女。

 一緒に逃げた。殺し屋の統括を倒し、彼女を殺しの道から解放した。

 ――そして、目の前で彼女は首と胴体が分かれて死んだ。統括の部下に不意を突かれたのだ。その日は段々と冷たくなっていく彼女の身体を抱きしめて眠った。


 その後も何度も、何度も同じことが起きた。出会って、守って、そして死んだ。何度も血を浴びて、何度も目の前でばらばらになった。そして悟った。これからも何度も出会い、何度も失うのだと、ならば、ならば。もう出会いたくない、と。


「――」


 男は目を覚ます。前に見た時と変わらぬ景色。培養プラントの内部は薄暗く、天窓からかすかに差してくる光が床の一部のみを照らす。

 旧時代の対空汚染の影響は未だ残っており、空には常に薄暗い雲が立ち込めているため、差してくる光は本当にかすかなのだ。


「……ああ、最悪な目覚めだ」


 搬出プラントの奥、培養液を水替わりにして服から吐しゃ物を洗い流す。培養液の特性上干す必要はない。すぐに気化して乾いたローブを再び身に着け、男は重い腰を上げた。

 頭はまだズキズキと見えない包丁でめった刺しにされている。だがここで止まっていればそれがひどくなるのもわかりきっている。ベルトコンベアーを流れる合成パンを適当に口に詰め込み、そうしてようやく持ち直した。

 この世界は終末を迎えて随分と久しい世界だ。今男がいるこの場所だって旧時代の産物に過ぎない。そんな廃墟に暮らす人々は食料に困ることがない。搬出プラントは合成された食物を、旧時代の人類が滅びようと決まった個数を毎日製造し続けるのだから。


「……これは――失敗か」


 最も、今ベルトコンベアーを流れてきた黒ずんだ謎の物体のように、最近はどこかガタが来ているらしく、日に日に合成物にエラーが起こり始めているのだが。


 工場から出ると、雨が降り始めていた。空がいくら汚染されようとも地球はその機能を止める気はないらしい。

 傘は無いのでフードを被って進む。目的地などない。故に急ぐ必要もないのが唯一の救いだろうか。


 ≠


 ふと足を止める。目の前には中途で折れた高い塔がその存在感だけはそのままにそびえたっていた。


「ここもか……」


 男は苦々し挙げにそう呟くと目線を外す。もうこの街には思い出したくない思い出を想起する場所しか残っていないのだろうか。少なくとも男はそう感じるほどには出会いと別れを繰り返してきた。


「きゃっ……すみません!」


 途中、路地から飛び出してきた少女に謝られる。そのまま走り去っていく少女を見る男の目は恐怖に染まりきっていた。

 もしこの遭遇のせいで巡り巡ってまたあの少女に出会うことになったら、もし彼女がまた面倒ごとに巻き込まれているような人物であったならば。そう思考するたびに全身を悪寒がかけめぐるのだ。だから、その少女の後を追うようにして駆けていく集団には何の干渉もしなかった。


 雨がしとしとと地面に水たまりを作る。水面に反射した自分の顔はいつ見てもひどいものだ。死体と見分けがつかないという評価もあながち間違っていない。


「ははっ……」


 雨でさえ、水面でさえ思い出を想起する。本当に逃げ場はどこにもない。この世のありとあらゆるピースがスコップとなって彼の心を掘り起こす。埋めなおしはしてくれない。ただ荒らしてどこかへ消えていく。


 日没までにはまだ時間がある。早く一晩を過ごせる場所を見つけたい。だが、見つけたと思ってもそこは必ず過去泊まったことのある場所だ。その時は2人だったが、今の男はそうではない。


 いっそ死んでしまおうかと何度思っただろうか。だがそんな勇気もない。死にたいなどと言ってもいざ自分の番になれば怖くなって足がすくむだけだ


 気が付けば男は都市の境界線に立っていた。ドーム状のシールドが覆いつくす街、シールドの外と中ではほとんど景色は変わらない。変わるのはただ一点のみ、安全性だ。

 シールド内の治安は最悪だが、外では治安と言う概念そのものが存在しない。旧時代の遺物が当時の指令そのままに徘徊し、そして行動を起こす。魑魅魍魎渦巻く世界だ。だが、男の逃げる場所はもう外にしか存在しない。男は一歩踏み出すとシールドから抜け出した。


 街と何も変わらない廃墟群ただ違うのは人口だろうか。人の気配がほぼない建造物の合間にふと、ピーというセンサー音が響いた。


「―!」


 男の行動は早い、放棄された屋台の裏側に回り込んであたりの様子を伺う。そして見つけた。ビルの谷間、5メートルほど上空を赤い光が空間に線を残しながら移動している。一般的な探知ドローンだとあたりを付けた男はしゃがみ、それをやり過ごすことに決めた。

 ドローンという存在ですら想起させる記憶がある。いつのことだったか、ドローンネットワークの指揮権を持つというアンドロイドの少女と行動を共にしたことがあった。アンドロイドと言うには彼女は感情豊かでそして――最後は、崩れた建物の下敷きになって、感情を表したまま死んだ。


「……」


 赤い光が通過したのを確認して男は物陰から飛び出す。廃墟の扉を乱暴に開けて中へ飛び込めば、そこは光も差さない病院の内部だ。


 侵入者をマークする赤い閃光が男を包んだ。舌打ちと共に男は廊下を走る。


「――見つかった。熱源感知か」


 次の扉に到達する前に、天井が粉砕された。そこから降下してきたのは砲塔を持つ多脚型の兵器。


「珍しいな」


 男は左手で銃を抜くと、2,3発発砲する。旧時代の産物であるそのハンドガンは、恐らく当時の威力そのままに、多脚兵器の走行を叩く。だが、へこみもしない。


「――」


 砲塔が回転する。狭い廊下の壁を削りながら男へ向けられた長い砲身が高い音を立て始める。


 そして、放出。電磁増幅によって極限まで加速した鉛弾が病院の壁を打ち破り、衝撃波によって柱もガラスも、全てが打ち砕けた。

 崩れるような音は病院が倒壊する予兆だ。男はすぐに踵を返して外へ出る。背後で病院が崩れ去る中、男の目の前にはもう一体の多脚型兵器が砲身をこちらに向けていた。信じられないほどの甲高い音は既に発射準備が完了している証だ。


 つんざくような音。ほとばしる閃光。男は思わず目をつぶろうとした、その刹那。真っ白な閃光が多脚兵器を貫いた。発射準備状態に入っていた電磁パルサーは暴走し、そのまま大爆発を起こす。


 爆風に飛ばされた男は4度目の転がりの後再び地面に立った。

 閃光の方向を向けば、遥かかなたの建物の屋上でなにかが光る。


「――嘘だ」


 思わず声が漏れた。間違えるはずがない。わからないはずがない。今の閃光を知らないはずがない。それは男がもう一度見たいと願ってやまなかったものだった。


「……スティングレイ」


 男には確信があった。頭に浮かぶのは空色の髪の少女、無表情でも、それ以外の部分で感情を表すのが一番上手な少女。彼女が持っていた超長射程無誘導濃電砲プラズマビームコンストラクター、スティングレイの光だ。


 しかしなぜ、彼女は男の目の前で確かに死んだはずだ。胴体と別れてしまった頭を抱いて眠った日を今でも覚えているのに。


 視界の端で再び何かが光った。反射的に男がその場から飛びのくと、すぐに高出力のインスタントプラズマが地面を焼き、溶かし、溶岩だまりを創り出した。


 男はビル群の間にその身を差し入れた。すでに狙撃手がいる座標は頭に入れてある。なぜ自信を狙うのか、そしてなぜそれを持っているのか。男にはわからない。だが取り返さねばならない。本来それは彼女のものなのだ。


 前方の高層ビル、その中層部分が次第に赤色を帯びた。と思ったら次の瞬間にはそこからプラズマが放出される。さすが出力は折り紙付きだと男は踵を返した。


 建物を挟んでいるため、敵に男の位置は分からないはずだ。だが、プラズマは正確に男を狙って建物を溶かしながら動く。


「シッ――」


 小さな掛け声とともに放置された車を乗り越えた次の瞬間にインスタントプラズマが車に直撃した。男は瞬時に身を転がし、アスファルトの亀裂に入るが、その熱は未だアスファルトを貫通し、男を天へ送らんと迫り続ける。


 ダメだと判断した男は亀裂内を走る。狙撃手がいる座標まではもう少し、この亀裂を抜け、この階段を上がり、そして――


「――」


 そこは何もない屋上。明かりも、命も、いや、命は2つある。1つは男。もう一つは夜でもわかる空色の髪――


「……グレイ?」


 言葉が漏れる。空色髪の少女は自身が持つ、背の丈をゆうに超える銃身を持つそれを持ったまま、蹴りを放った。


「――!」


 動揺した男はその蹴りをもろに喰らい、上ってきた階段を再び転がり落ちる。


 階段の一番下で身を起こした男が目にしたのは、屋上に続く扉からわずかに漏れる光。


 そして音もなく、超長射程無誘導濃電砲プラズマビームコンストラクター、スティングレイはその力を解き放った。

 高濃縮のプラズマが建物の壁を、床を、溶かして除かして侵す。それは正に圧倒的な暴力といっても過言ではない代物だ。


「――なぜ!!」


 男は声を張り上げた。久しぶりに全力を使った喉が使うなと悲鳴を上げた。だが男は止まらない。


「なぜだ! どうして――どうしてだ!! スティングレイ!!」


 崩壊した屋上から跳躍した少女は、その言葉に微塵も反応しなかった。再び銃口に僅かな光が灯る。


「やめろスティングレイ! そんなことをすれば自分まで――あのとき約束しただろう!!」


 ――『わかった。これからは自分を大切にしてみる。そのかわりあなたも私を大切にしてよ?』

「ああ、任せとけ。守ってやるよ。全力を賭してな」


 あの日の場面が頭に浮かんではじけた。何が守るだ。何が全力を賭してだ。


 銃口の光はその輝きを濃くしていく。上空から見たなら星に見えたであろうそれはだが悪夢の輝きだ。至近距離で放たれたならプラズマは男だけでなく少女をも溶かしつくすだろう。


 銃口に気を取られた男の頬を銃弾がかすめた。見れば少女の左手には小さなハンドガンが握られているではないか。


 男も左手に拳銃を握りデタラメに発砲するが、それは届かない。


「――」


 男が右手をあらわにする。と、それが分かれた。1が2に、3が4に――10を超える小さなマニュピレーター。その束が男の右腕だ。少女に接近し、マニュピレーターのうち半分で拳銃を叩き落とし、もう半分で長い銃身を思い切り上へ跳ね上げた。


 一筋の光が銃口から上空へ走った。暗い空は一瞬だけ明るくなり、そしてすぐにその暗黒を取り戻す。


 少女は飛んで行った拳銃から目を外す。超長射程無誘導濃電砲、スティングレイを振り回し、まるでこん棒のように使って男を打ち付ける。そしてその間に再び銃口の輝きがその勢いを増す。


 全ての腕を総動員して少女を攻め立てる。だがそれは的確にからめとられ、受け流され、叩き落とされる。男はにがにがしげに拳銃を構え――るが、それすらも大振りで迫った長い銃身によって男の手を離れ、壁に激突させられてぐちゃぐちゃになった。


「――もう、分かった」


 初めて少女の顔に感情が灯った。その名は驚愕。目の前の男の右腕である十数本のマニュピレーターすべてが拳銃を握り、別々の角度から少女を狙っていた。


「お前はグレイじゃない」


 何重にも重なった銃声が鳴り響いた。


 ≄


 倒れた少女の近くに男は座り込んだ。顔も、動きも、すべてが記憶上のスティングレイと一致する。だが、彼女ではない。彼女ならもう決して自分を犠牲にしてまで標的を捉えることなどしない。そう約束したのだ。

 そしてそれ以前に彼女はもう死んでいる。守ると、そう誓った男の目の前で首と胴体を切断されて死んだ。遺体は崩壊する建物と共に今も地中にあるはずだ。


 出会ったとき、彼女には名がなかった。幼いころから“スコーン”と呼ばれる感情抑制薬を投与され、遺物とリンクさせられた短命の暗殺者集団の一員だったのだ。

 最初は驚くほど感情を見せてくれなかった。発見時の大けがのせいで精神までやられたのかと疑うほどに。食べ物は文句を言わず食べ、どんな寝床でも寝ろと言えば寝てきっかり4時間後には目を覚ましている。そんな娘だった。


 半月経った頃、彼女が初めて話した言葉は『あなた、だれ?』だった。半月経って初めて聞くのがそれか、と当時は大笑いしたのを覚えている。そんな私を見て少しふくれっ面になった彼女の姿も初めて見る者だった。


 彼女の持つ遺物はプラズマを圧縮して打ち出す代物だった。その名にちなんで彼女をスティングレイ、グレイと呼ぶことにした。

 更に半年たつ頃、男とスティングレイに間はすっかり縮まった。恋人とは少し違う。家族にしては変だ。相棒と、そう呼ぶのが正しい間柄だった。そのころだ。彼女の所属していた組織からの追手がやってきた。彼女を取り換えさんとする組織に男は反抗し、少女もそれを望まなかった。


 2人は大暴れを――言葉通りのことをした。追手のいる建物をプラズマで焼き払って、その残骸の上で星を見上げたりもした。約束したのはその時だ。おおもとの拠点に攻め入り、首領の顔面をプラズマで吹き飛ばして、そして解放だ。あとは二人で残りの人生を静かに、けれど苛烈に過ごす。そのはずだったのに。


「スティングレイ……」


 男は倒れた少女の瞼をゆっくりと閉じ、マニュピレーターを一本に束ねて再び上着の下にしまい込んだ。

 今でも彼女が死んだ瞬間は覚えている。残党の1人が放った凶撃に2人は大苦戦をした。首領を倒すために限界まで酷使した身体はもはや限界で、いつ倒れるかもわからないほどに視界はかすんでいた。そして、男を殺すための一撃、それをかばって彼女の首は――


 最後に彼女が浮かべた表情は笑顔、だったと思う。残党を撃ち殺し、駆け寄るもその顔は原型をとどめておらず、その確証は得られずじまいだった。


 男は少女の近くに置かれた長い銃身――スティングレイに手を伸ばし、それを掴んだ。思い出はどこまで行っても思いででしかないのかもしれない。後悔をしても過去は変わらず、未来には生かせないのかもしれない。だが、思い出さずにはいられない。スティングレイとの日々が、数多の人物との日々が。彼にとってはそれだった。

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