第一章 富む者は魔を擁せず ~ノーマネーノーライフ~(終)

 無造作に差しだされた紙切れ一枚に、サチカは全身の血が沸き立つのを感じた。興奮を抑えきれずにそれを両手で掲げたままそこら中の本棚の間をジグザクに走り回って、今ようやく『古代魔術487』と『古代魔術488』の間にある長机に戻ってきたところだ。


「すごいわ‼」

「お、おう」

「すごいわ‼」

「う、うん」

「すごいわ‼」

「はい、センパイすごいです~‼」


 今度は高らかに歌いだすサチカに面食らっているのは、その小切手を手渡しにきたロア・ギュスターヴだった。図書空間は学生以外の入室が制限されているため、いつもは傍に控えている執事も今はいない。

 ミトラの手拍子を受けて1曲歌い切ったサチカは何事もなかったかのように席に戻り、至って平静に口を開く。


「確かに受け取ったわ」

「姉御、さすがに無理があると思うぜ」


 呆れて肩をすくめるウィルを相手にせず、サチカはいそいそと小切手をしまい込む。


「それにしても、良かったのかよ」

「……あ、あぁ俺様か? 何がだ?」


 呆気にとられていたロアが、ウィルに問われて我にかえる。


「ウィルくん、蒸し返すのも悪いんじゃないかな……?」

「逆だぜ、ヒースよぉ。今しかねえんだよ。———結局、言ってねぇんだろ?『好きだ』ってな」

「……あぁ、そうだ」

「あとから後悔するんじゃねえか?」

「しないといえば嘘になる。……だが、誇らしかったんだ」

「誇らしかった?」

「そうだ。自分の気持ちなんかより、彼女の幸せを願えたことが誇らしかった。それだけで、ちっぽけな後悔なんかより価値がある。そうだろう?」


 その想いの正体を、ロア本人ですらあの瞬間まで勘違いしていたのだという。

 認識できていたのは”伝えたい”という感情だけで、傷つけるかもしれないというためらいさえも杞憂だった。

 確かに恋心はある。それでも、それを押し退けて一番に伝えたかったのが感謝だったこと、それを伝えられたことは何よりも代えがたいのだと語ったロアは、サチカの目には大人びているようで幼くも見えた。


「……ははは! 野暮なこと聞いちまったな。カッコいいじゃねえか‼」

「カッコいいじゃない‼」


 サチカとウィルは両側からバッシバッシとその背中を叩き、ミトラは褒められているのが羨ましいのか不満そうに突き出た腹肉を強めに揉む。

 苦笑するヒースが止めに入る中、ロアはやめろといいつつ吹っ切れたように笑っていたのだった。

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愛情!魔力!!百合!!! 鈴木G.U. @suzukigu

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