幼い兄弟

雨世界

1 ……いっぱいいっぱい、笑ったね。

 幼い兄弟


 登場人物


 森風木の葉 お兄ちゃん 七歳


 森風落ち葉 弟 五歳


 プロローグ


 たくさん泣いたね。


 本編


 ……いっぱいいっぱい、笑ったね。


 君たちと初めて出会った日のことを、私たちは今もはっきりと覚えている。

 

 ほらこっちだよ。早く早く、と落ち葉の手を小さな手をしっかりと離さないように握りながらお兄ちゃんの木の葉は言った。

 うんわかった。すぐにいくよ、と木の葉のあとを必死で追いかけている、まだ少し落ち着きのない弟の落ち葉はそう言った。

 幼い兄弟は二人で一緒につないで、真夜中の森の中の小道の上を風のように駆け抜けている。

 幼い兄弟の頭上にはとても美しいきらきらと光るたくさんの宝石のような星空が広がっている。

 森に入る前に、広大な緑色の草原の大地の上を走っているときに、その星のあまりの美しさに兄弟は星空を見上げて、少しの間だけ、その走る足の動きを止めてしまっていた。

 そんなこともあって、兄弟はまた今まで以上に急いで、真っ暗な真夜中の森の中を走り続けていたのだった。

 その走る速さは、小さな体をした二人の年齢を考えると、……と言うよりも人間の走ることのできる速さの限界として考えてみても、とても信じることができないような、そんな速さで二人の幼い兄弟は森の中を疾走している。その走る速度は、二人の幼い兄弟が(人間の姿や形をしているのだけど、本当は)人間ではない、ということのなによりの証拠でもあった。

 その二人の走る速度は空を飛ぶ飛行機よりは遅かったけど、大地を走る新幹線よりも速かった。

 世界の上を吹き抜ける風と同じような速度で、二人は大地の上を駆け抜けていた。 兄弟はなにかに必死に間に合うように、走っていた。二人の表情には、とくにお兄さんの木の葉の表情には、(弟の落ち葉は、まだどうしてこんなに急がなくちゃいけないんだろう? というような、この状況を本当に理解はしていないような、お気楽な表情が見て取れた。まるで兄弟二人だけで、絶対に怒られるから両親には内緒にして、夜の冒険でもしているみたいに思っているような節もあった)とても強い焦りの表情が浮かんでいた。

 まさに風と同じ速度で兄弟は世界の中を自由自在に駆け抜けていた。

 幼い兄弟は真夜中の森の中を駆け抜け、真っ暗なざーっととても大きな水の流れる音がする大きな川を泳いで渡り、底が見えないくらいにとても深くて向こう側まですごく距離のある大きな崖を飛び越えて、巨大な山脈を形成する連なる高い山々を通り過ぎて、(日本一の山である富士山も超えて、二人は富士山を見るのが初めてだったので走りながら、うわー、おっきい、と声を出しながら星空の下にある夜の富士山を見て、とても感動した)やがて、大きなたくさんの人たちが暮らしいてる人工の明かりが、それこそ自然の夜空の星空に負けないくらいにたくさん明るく灯っている大都市までやってきた。

 やっとついたね。

 うん。やっとついた。ちゃんと約束通りに家にまで帰ってきた。

 幼い兄弟は手をつないだまま、光り輝く大都市の明かりを見て、にっこりと笑ってそう言った。


 幼い兄弟がこんなにも急いで走っていた理由。

 それは『両親との約束』を守るためだった。

 お父さんとお母さんとした、……とても大切な約束。

 それは『どんなことがあっても、ちゃんと無事に、絶対に自分の家にまで帰ってくること』だった。

 だから幼い兄弟は、その約束を果たすために、必死に息を切らせて大地の上を走って自分たちの生まれた家にまで、ちゃんとこうして二人で一緒に帰ってきたのだった。

 よし、じゃあ一緒に言うよ。

 うん。わかった。

 そう言って、木の葉と落ち葉の幼い兄弟はお互いの顔を見てにっこりと、いたずらっ子の顔で笑った。

 せーの……。


「……お母さん」

「……お父さん」

 幼い兄弟が病院の真っ白な小さな二つのベットの中で目をさますと、その周囲にいた大人たちはみんながみんな、本当に驚いた顔をした。

 もう絶対に助からないとお医者さんから言われていた大きな事故にあった兄弟がほとんど同時に、二人一緒に、とても長い眠りから唐突に目を覚ましたからだった。


「……ただいま。お父さん。お母さん」と意識を取り戻した(包帯で身体中をぐるぐる巻きにされている、まるでミイラ男みたいな)幼い兄弟は小さく笑って二人で一緒に声を揃えて、若い両親にそう言った。

 若い両親は、……もう、喜びのあまり、(まるで小さな子供みたいに)ずっと目を覚ました二人の横で、(抱きしめることはできない容態だった)泣いているばかりで、……なにも言葉を言うことはできなかった。


 幼い兄弟 終わり

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幼い兄弟 雨世界 @amesekai

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