恋の行方
あるところに、十二人のお姫さまがいました。
ある日、十一番目のお姫さまがため息をつきました。ため息は風に乗って、お城の外に出て、森を抜け、街を通って、海へ出て、
海の中では、蛸の王子さまが、八番目のお姫さまのために贈り物の準備をしていました。お姫様のため息が、吸い込まれるように蛸の王子さまの中に入りました。
ちょうどそのとき、王子さまの目の前に若いクジラの娘がいました。王子さまは雷に打たれたかのように衝撃を受けました。何故だか急に目の前のピンクの若いクジラの娘が気になって仕方がなくなりました。
クジラの娘が所在なく海を泳いでいると、誰かに声を掛けられました。
「やあ、これから何処かへお出掛けしないかい?」
蛸の王子さまでした。王子さまに声を掛けられるなんて、クジラの娘は嬉しく思いました。
「ええ、是非とも。ご一緒させていただきます」
蛸の王子さまとクジラの娘は、一緒に泳ぎはじめました。
それから、蛸の王子さまとクジラの娘は、七つの海を巡りました。
暖かい海、冷たい海、明るい海、暗い海、美味しい海藻が食べられる海、綺麗な珊瑚がある海、何もない海。行く先々で素敵な物を見つけました。
七色に光るウミウシ。
天上を埋め尽くすほどのイワシの群れ。
途方もなく長いウツボ。
透明なクモ。
何層にも重なった真珠。などなど。
色々な海を巡っているうちに、一年の月日が経っていました。
さて、王子さまが若いクジラの娘と七つの海を巡っている間、八番目のお姫さまはだんだんと不安になってきました。お姫さまが海で暮らす間、いつも傍に王子さまがいました。でも今は一人きりです。
「ねえ、王子さまは、私の夫はどこへ行ったのでしょう」
お姫さまは、近くにいた青い斑点のあるエイに訊ねました。
「さて? 温かい海の方へ行くのをお見掛けしましたが」
お姫さまは王子さまを探しに出かけました。
暖かい海、冷たい海、明るい海、暗い海、美味しい海藻が食べられる海、綺麗な珊瑚がある海、何もない海。行く先々で訪ねましたが、王子さまは見つかりません。代わりにこんな話を聞きました。
「王子さまは、ピンクの若いクジラの娘と一緒に泳いでいったよ」
王子さまの後を追いかけるうち、お姫さまは元の海に戻ってきていました。
「ああ、王子さまはどこへ行ったのだろう?」
お姫さまが呟くと、泡の向こうから王子さまがやって来るのが見えました。その横には、ピンクのクジラの娘もいました。
「やあ、こんなところにいたのか。探したんだよ」
王子さまは言いました。
「私こそ、あなたを探していたんですよ」
お姫さまは言いました。
「ああ、すまなかった。どうやら入れ違いになっていたようだね」
王子さまは弁明しました。お姫さまは静かに頷くと、クジラの娘を差しました。
「……そちらの方は?」
お姫さまに見つめられて、クジラの娘はドキリとしました。目の中には星が瞬いて、心臓は二つに増えたようでした。
「彼女は、そう。ちょうどこの辺りを泳いでいて出逢ったんだ。何故だか声を掛けなくてはいけない気がして、それで付いてきてもらっていたんだ」
王子さまは答えました。王子さまの目が妖しく山吹色に光ります。
「そう」
お姫さまは二人の目をじっと見つめました。まずクジラの娘の目を。それから王子さまの目を。そして、王子さまに口づけをしました。
するとどうしたことでしょう。王子さまからため息が漏れ出て、すうっとお姫さまの中に入って行きました。それにしたがって、王子さまの目の光が段々と薄れて行きました。一時は深海の先まで見通そうというほどに煌めいていた目は、元の凪いだ海のような深い知性を宿す目に変わっていました。
お姫さまがため息を全部吸い込むと、すべて分かってしまいました。
王子さまが、お姫さまのために贈り物を探していたこと。
クジラの娘は王子さま手伝いを熱心にしてくれたこと。
王子さまの様子がおかしくなったのは、妹の十一番目のお姫さまがこぼしたため息のせいであること。
妹が、ため息とともに思い出と恋心を失ってしまったこと。
八番目のお姫さまには、すべてが分かりました。
「遅くなってしまったけれど」
王子さまはそっと腕を伸ばしました。お姫さまの指には、真っ赤な宝石の指輪が光っていました。
お姫さまは微笑んで、また口づけをしました。
十二人のお姫さま @chased_dogs
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