訪れ

増田朋美

訪れ

訪れ

その日は曇っていた。特に晴れて良い天気でもない。静かで、のんびりした日曜日。家で静かにしている人もいるだろうし、外へ出て、紅葉を見に行く人もいるだろう。のんびりしていて、穏やかな日曜日だなあと、思ってしまうのであるが、若い女性は、のんびりするよりも、どこかへ出かけることが、優先されてしまうようだ。みんな、外へ出て、いろんなところに出かけてしまっている。遊園地とか、百貨店とか、そういう所に出かけてしまう。そういうところが潤っているというと、やっぱり日本は幸せな国家だと思うのである。

「いやあ、最近は、若い人の活字離れというのが多いようだが、確かに、こういう図書館に来るのは、年よりばっかだね。」

と、杉ちゃんは、建物の中を見渡しながら、そういうことを言った。正確に言えば、建物というより電車というべきなのかもしれない。というのも、この図書館、古くなった電車を改造して、図書館に仕立て上げた、マイクロライブラリーなのである。なんでも衣笠という裕福な一家が、使われない電車を買い取って図書館にしたというのだ。今回ジョチさんは、衣笠家がそれを売却したいという相談を受けて、ここにやってきたのである。

「そうですね。本来は、子供さんの本を専門的に貸し出す図書館としてつくられたそうですが、古い電車を利用しているところから、お年寄りが懐かしがって、来てしまうようになったんです。まあ、仕方ないですね。それでも、利用者さんがいてくださって、安心しました。衣笠さんは、利用者もめっきり減ったとおっしゃっていましたけど。」

と、ジョチさんが、そういった。確かに出されている本は、エリック・カールとか、赤羽末吉といった、子供向けの本が大量に置かれている。其れも、お年寄りたちが、うれしがって、借りて行ってしまうという。

「まあ、立てた人は、一寸目的が違うと言って、がっかりされていたようですが、それでも人が来てくれるんだから、いいんじゃないですか。」

と、ジョチさんはそういうことを言った。と、杉ちゃんの近くにいた、おばあさんが、一冊の本を手に取った。

「あ、何か貸出ですか?」

と杉ちゃんが聞くと、

「はい。孫に読んであげようと思いまして。」

と、彼女は言うのだった。なるほど、そういう使い方も在るのかと、杉ちゃんたちは、おばあさんが、絵本を借りていくのを、眺めていた。受付をしていたのは、一人の男性であるが、何か薬でも飲んでいるのだろうか、一寸表情が硬かった。杉ちゃんはそれを気にすることはなかったが、中にはちょっと怖い顔だわねという人もいる。

「まあ、お年寄りの施設になってしまったとしても、本は、子供さんに読んであげられることもあります。テレビと違って、毛嫌いする人も少ないですから、それでいいことにしましょう。」

ジョチさんは、ちょっとうらやましそうに言った。

「うちでは、子供はいませんし、誰かに読んでやるということもありません。僕は、この図書館の施設長さんに買収を依頼されて、今日来させてもらったのですが、この図書館には、子供の本ばかりありますから、ここに来させてもらう人たちは、みんな子供がいて、幸せな家庭の方だということになりますな。」

「はあ、そうだねえ。確かに、それは言えるよな。でもだよ、子どもがいなくても、本を読みたいという大人だっているんじゃないの?」

と、杉ちゃんがいって、一人の女性を顎で示した。

「あの人、子供がいるように見えるかな。」

杉ちゃんの勘は時々時計より正確に当たることが在った。確かに、近くに一人の女性が本を開いているのが見えた。年は、三十代後半か四十代くらいのひとである。

「ほら、絵本を読むような子供がいる女性だったら、キャラクターものの服を着るとかさ、子供っぽい鞄を持つとか、そういうことするだろう。でもあの人は、それももっていないぞ。」

「保育士とか、そういう職業についている方かもしれませんよ。ご自身は子供を持っていなくても、保育士をしているという方は、結構いますからねえ。」

杉ちゃんとジョチさんは、そういうことを言い合った。すると、本を読んでいた女性は、自分のことを噂していたのが分かったのか、本から顔を離した。

「あ、ああ、すみません。僕たちは、何にも魂胆があるわけではありませんよ。ただ、この図書館の、雰囲気を調べに来ただけですから。この衣笠文庫のね。」

と、ジョチさんが言うと、女性は、

「いえ、大丈夫ですよ、私みたいな人が、こんな子供の本を専門に扱っている図書館に訪れるというのが、なんだか面白いとお思いになるのでしょう?確かにそう見えますよねえ。私、家に小さな子供がいるわけでもないですし。」

と、にこやかにいった。

「ええ、気にしてないよ。絵本というものは、子供だけのものじゃない。大人が読んでもいいって、思うから。最も、僕は文字というものは読めないが、、、。」

と、杉ちゃんが言った。

「ああ、そうですか。つまり、ディスレクシアの方なんですね。私はそういうことに偏見も持ちませんから大丈夫ですよ。私は、ただ、気分転換にこの図書館を訪れているだけです。もしよかったら、読んで差し上げてもいいですよ。私、朗読のボランティアをしたことが在りますから。」

と女性が言うので杉ちゃんは、

「そうか、この本を読んでくれ。僕は文字を読めないので、何が書いてあるのかさっぱりわからない。」

と、杉ちゃんは一冊の本を渡した。彼女はにこやかに笑って、

「ええ、わかりました。行きますよ。えーと、はらぺこあおむし、エリック・カール、、、。」

と親切に本を読んでくれた。ジョチさんが、そういう障害のひとに慣れているということは、そういう仕事にでもついているんじゃないかと思われる女性である。

「どうもありがとう。」

と、彼女が読み終わると、杉ちゃんは丁寧にお礼を言った。

「お礼をしたいんだが、お前さんの名前を教えてくれるか?」

「ええ、私は鈴木久美子です。でもお礼はいりません。こういうひとたちに、何かしてあげるのは当たり前の事だと思いますから。少なくとも私は、そう考えていますので、お礼はいりません。」

杉ちゃんがそういうと、女性はそういう事を言った。

「でも、何かした方が良いのではないかと思いますが。」

とジョチさんが言うが、久美子さんという女性は、何もいりませんとにこやかに笑って言った。そして、じゃあ、この後私、十一時から人と待ち合わせがありますからと言って、一礼し、持っていた本の貸し出し手続きをして、古い電車を出ていった。

「鈴木久美子さんか。そういう偏見のない人もいるんですね。」

と、ジョチさんは、今時珍しい女性だという顔をしていった。確かにそうだよな、と杉ちゃんも頷く。

「まあ、今の時代だと少々変わり者と言えるかもしれません。大人になっても絵本を読んだり、杉ちゃんのような人に、本を偏見なく読んでくれるんですから。」

その数日後の事であった。

「おーい、杉ちゃんいるか?」

と、急いだ顔をして、華岡が製鉄所にやってきた。何をしに来たんだろと杉ちゃんたちが顔を見合わせていると、

「ああ、蘭に、杉ちゃんはここにいると聞いたもんだからさ。一寸杉ちゃんに聞きたいことが在って、ここに来させてもらった。」

と華岡は、建物の中に入った。

「水穂に、焼き芋を持ってきてやったぞ。」

と華岡は、持っていた焼き芋を布団に座っている水穂さんに渡した。しかし、杉ちゃんが食べたそうな顔をしたので、水穂さんは、杉ちゃんに焼き芋を渡してしまった。

「で、僕に何のようなんだよ。」

と杉ちゃんは焼き芋を頬張りながらそういうと、

「ああ、焼き芋の話ではなくて、実はな、一昨日また事件が起きたんだ。場所は、あの、衣笠文庫の置かれている、公園の中だ。被害者は、衣笠文庫の経営者、衣笠義保。死因は、公園の遊具で頭を強く打った事によるものであるが、ほかに目立った外傷はなく、誤って遊具に頭をぶつけることもないので、殺人事件として俺たちは捜査しているんだ。それで、衣笠義保が死亡する寸前に、ある女性が、公園を出ていったのを近所の住人が目撃しているので、その女性を逮捕したんだが、この女性が、本当に口の硬い女で。どうしても事件の事をしゃべらない。なので杉ちゃん、君も一寸協力してくれないかな。」

と、華岡は、頭をかじりながら言った。

「なんだまたそういう話しか。僕みたいな素人ではなくてさ、もっと徳のある人に頼むべきじゃないの?」

と杉ちゃんが言うと、

「だって、事件が起こる前、杉ちゃんと、理事長さんがその女と話しているのを、衣笠文庫の利用者が目撃しているんだ。その女性の名は、鈴木久美子だ。」

と華岡はいった。

「鈴木久美子だって?」

「ああ、そうだよ。鈴木久美子。職業は、特に現在は働いていない。ただ、ボランティア活動には従事しているみたいだった。大学を卒業後、医者として富士市内の病院で働いていたようであるが、結婚を機に止めていて、今は、子どもや障碍者などに、絵本の読み聞かせをする、ボランティアをやっている。いくつかボランティアを掛け持ちしていて、精神疾患者を相手にするボランティアもやっていたらしい。」

と華岡は説明した。

「で、その女性が、なんであの衣笠文庫を経営している人を殺害に至ったの?」

と杉ちゃんが聞くと、

「ああ、そこがわからないから、杉ちゃんに協力してほしいと言っているんだ。俺たちは、いくら彼女に話しかけても、何も答えてくれないんだから。」

と、華岡は言った。

「そういうことか。実は僕もそのあたりは知らないな。彼女は、ただ、絵本を読んでいて、僕に、はらぺこあおむしを読んでくれた。少なくとも彼女は、その衣笠文庫に恨みがあるようには見えなかったねえ。」

と、杉ちゃんは、焼き芋のしっぽを食べながらそういうことを言った。結局、水穂さんにもってきた焼き芋は、杉ちゃんに全部食べられてしまうことになった。

「そうかあ、、、。彼女が何の目的で衣笠義保を殺害したのか、それは杉ちゃんにもわからないのか。うーん、容疑者は簡単に見つかったのに、なんでこういう風に決定するのが難しいんだろう。」

と、華岡はため息をつく。

「まあ、そういう事もありますよ、華岡さん。人生なんて、簡単にほいほいと行くのではありません。ましてや、警察関係の華岡さんだったら、そういうことはすぐわかるんじゃないですか。」

と水穂さんが言った。華岡は、うん、そうだなあといいながら、本来焼き芋をあげるつもりだった水穂さんを見た。

「最近、食事はしているか?」

と水穂さんに尋ねる。

「もうげっそり痩せて、もうちょっと頑張ってくれよ。蘭だって、理事長さんだってお前には生きていてほしいと思ってるさ。俺な、この仕事をしていると、世の中で無駄になってしまう奴なんて誰もいないなあと思うんだ。」

と、華岡は、水穂さんに言った。水穂さんは、そうですねとだけうなづいた。

「だったらさ、はらぺこあおむしの本みたいに、食べすぎるくらい食べた方が良いんだよ。だから、もうちょっと体力付けてくれよな。あの、衣笠義保だって、いろいろ嫌われていた男だったようであるが、衣笠文庫の利用者にとっては、本を貸してくれる大事な人だったと思うから。俺は、そう思っている。」

「そうなんですか。一応、ご飯は食べていますし、薬ももらっています。」

と、水穂さんがそう答えると、

「何を言ってんだ。薬はしっかり飲んでいるが、ご飯何てたくあん一切れしか食べてないじゃないか。」

と杉ちゃんが訂正したため、華岡はがっかりしてしまった。

「頼むからたくあん一切れじゃなくて、ちゃんと食べるようにしてくれよ。お前は、衣笠義保とはそこが違うんだぜ。」

「どう違うんだ?」

と、杉ちゃんが聞くと、

「ああ、衣笠義保は、大学時代から精神を病んでいる。一度、書店に就職しようとしているが、それが原因で断られている。それで、家族が、仕方なく衣笠文庫の管理をやらせていたようだ。」

と華岡が答えた。

「そういうことか。で、その衣笠義保と、鈴木久美子という人は、何かつながりがあったのか?」

と、杉ちゃんが聞くと、

「ああ、鈴木久美子は、衣笠義保の訪問介護で、衣笠家を訪れていることは、これまでの捜査で明らかになっている。ボランティア活動の一部だが、鈴木久美子はたびたび衣笠義保のもとを訪れて、生活指導などをしていたらしい。それに、義保も、彼女のことを信頼していたようだ。だから、肝心なことは、その動機だ。なんで、鈴木久美子が、自分のクライエントでもある、衣笠義保を殺さなければならなかったか、これだよ。俺がわからないのはね。」

華岡はため息をついた。

「まあ、其れも少しずづ取り調べで明らかになるんじゃないの。誰だって黙っていられるもんじゃないからね。それは、どんな人間でも同じだよ。」

杉ちゃんがそういうと、華岡は、ううんと言って小さくなってしまった。

その次の日。杉ちゃんとジョチさんは、事件があったあの公園に行ってみた。電車を改造したマイクロライブラリーである衣笠文庫は、一応開館はしていたが、利用していたお年寄りたちも、数少なくなっていた。

「本当に、理事長さんも大変でしたわね。ここをやっていた、義保さんが殺されてしまうとは。あの人、自分は何も仕事ができないと言っておきながら、本のほこりを払ったり整理したり、丁寧にやってくれたんだけど。」

と、一人のおばあさんが、ジョチさんに話しかけた。

「まあそうですね。でも義保さんが亡くなったことでも衣笠家は何も変わってはおりません。相変わらずここをかいとってくれと、義保さんのご家族からご依頼は変わらないでおります。」

と、ジョチさんはとりあえず、経過報告をした。

「じゃあ、衣笠文庫はやっぱり買収されてしまうのか?」

と杉ちゃんが聞くと、

「まあ、そういうことですね。衣笠さんのご家族が、それを強く希望しているようなので。でも、僕はここを買収したとしても、取り壊したりすることはしたくありませんね。これまでの通り、図書館として、皆さんの役に立つ施設としてのこしていきたいとかんがえております。本の管理は、うちで雇うなりして、誰かに担当させればいい。精神障害で失業される方は、非常に多くおりますから、その人たちを雇うことなど、簡単なことですよ。」

とジョチさんは、経営者らしく言った。

「そうですか。じゃあ、新しい方がここに来てくださっても、ここは心の癒しの場所として、残ってくれるんですね。ああ、本当によかった。」

とおばあさんはそういうことを言う。

「なんで、本を借りるところが心の癒しの場所なんだ?」

と杉ちゃんが聞くと、

「ええ、ここは、日常生活で、疲れてしまった私たちが、絵本を読んでリラックスというか、力をつける場所でしたから。私たち、孫に読んであげたいと絵本を借りていたけど、自分のためでもあったんですよ。あの衣笠義保さんは、そういうところもちゃんと見抜いていましたわ。だから、いい本を紹介してくださったこともありました。あの人、確かに、心を病んでいたかもしれないけど、そういう風に誠意をもって私たちに接してくれましたわ。」

と、おばあさんは言った。ということは、本を借りていたのは、子どもたちのためというだけではなかったのである。大人のお年寄りであっても、子供のために書かれた絵本を読んでいたのだ。

「そうなんですね。義保さんは、そういうことをちゃんとわかってたんですね。それはなんとなく僕も彼を見てわかる気がいたしました。」

「しかし、其れならますますわからなくなる。どうして義保さんが、介護者の鈴木久美子さんに殺害されたんだろうか。鈴木さんだって、僕みたいなバカな奴に本を読んでくれたんだからさ、けっして悪い人じゃない。」

ジョチさんと杉ちゃんは相次いでいった。

「そうね。確かに、人ってのは、完全に善にも悪にもなれないって、誰かの本に書いてあったと思うけど。でも、思いが強くなると、そうじゃなくなっちゃうのかもしれない。」

とおばあさんが、そういうことを言った。杉ちゃんもジョチさんも、そうですねえと頭を傾げた。その日は、おばあさんが本を返却して、杉ちゃんたちは、あの衣笠義保が頭を打ったと思われる遊具の前に、花を置いて、公園を出ていった。そしてタクシーを呼びましょうかとジョチさんがスマートフォンを出そうとすると、スマートフォンが勢いを立ててなった。

「はい、もしもし、曾我です。」

とジョチさんが出た。

「ああ、わかりました。沖田先生への連絡は?そうなんですね、わかりました。」

「一体どうしたの?」

ジョチさんが電話を切ると、杉ちゃんは彼に尋ねる。

「ええ、水穂さんが、食事をした後、体調を崩してしまったみたいで。幸い、痰取り機があったので、それで何とかしてみたそうですが、念のため、沖田先生に連絡を取るということでした。」

とジョチさんが答えた。

「それくらいの事なら、いちいち報告しなくてもいいと思うのですが、彼女たちは、心が優しいので、報告しなければならないと思ったんでしょうね。」

「はあ、なるほどねえ。いちいち報告かあ。水穂さんは大丈夫なのだろうか。」

「ええ、大丈夫みたいですよ。彼については、薬もあります。ですが、人間にはどうしても、一人で黙っていることは難しい人がいますよね。それで、僕に報告しなければならないと思ったんでしょう。まあ、そういうことは、女性であればよくある事ですよ。」

と、ジョチさんは言った。

「まあ、そういうことか。もしかして、その余計なことだったんじゃないかな。」

と、杉ちゃんは、車いすの車輪に手をかけて、そういうことを言った。

「だからその余計なこと、を発生させてしまった。つまり、衣笠義保さんのことを、心配しすぎるあまり、殺害に至ったんだ。だって、僕、華岡さんに聞いたんだけどさ、あの鈴木久美子さんは、ボランティアで、衣笠義保さんのことを頻繁に訪れていたらしいから、、、。」

「ああなるほどね。」

とジョチさんも頷いた。

「杉ちゃんの言いたいことはなんとなくわかりますよ。鈴木久美子さんが、衣笠義保さんと頻繁に会っている関係であれば、義保さんに自然に情が移りますよね。多分、久美子さんは、義保さんのことを説得するつもりでいたのだが、義保さんがあまりに抵抗したので、それで、ということだったかもしれないですね。実は僕、彼の家族から聞いたことが在りました。たった一人だけ、彼だけが、衣笠文庫を僕に明け渡すのを、非常に反対していたらしいんです。それに、僕のところに、売却を申し入れたのは、義保さんの病状が悪化したということだったんですよね。」

「ほらやっぱり。そういう事だな。絶対あってるよ。衣笠義保さんは、どうしてもあのマイクロライブラリーを手放したくなかったんだ。それで、家族は困ったかなんかして、鈴木久美子さんに説得を申し入れたんじゃないのかな。それで、最悪の結果になってしまったけど、迷惑な精神疾患者が消えてくれたんで、何も家族は悲しそうではなかった。違う?」

杉ちゃんは、えへんと咳払いをして、そういうことを言った。

「でも、僕たちは、ただの一般人ですから、警察の話に加担することはやめた方が良いですよ。其れより、水穂さんがどうなったか心配なので、すぐに製鉄所へタクシーを回してもらいましょうね。」

と、ジョチさんは再びスマートフォンの番号を回した。

富士警察署では、鈴木久美子が、やっと事件に関する話を始めてくれたので、華岡たちはその動機を聞いていた。久美子はあれははずみだと言った。彼女は、あの日、衣笠家の家族から、義保さんが興奮して止まらないので、呼び出されたと話した。義保は、衣笠文庫を手放したくないと主張した。家の中ではなく外で話そうということになり、久美子は義保を公園に連れて行った。でも、義保は興奮覚めぬまま、まだ衣笠文庫を続けたいと訴え続けた。義保は、興奮したまま久美子にかぶさろうとしたため、彼女はそれを振りほどいたが、そのはずみで、義保が、遊具に頭をぶつけてしまったというのだ。

「まあ、そうでしょうね。精神障害があると言っても、単なる意思が強かったというだけなのかもしれません。現在ではなんでも障害にしてしまうことが多いですからね。でも、彼にとっては、本当に、悲しかったのでしょうね。」

製鉄所に向かうタクシーの中でジョチさんは、そういうことを言った。

「まあ、そういうやつには、意思を受け取ったと態度で示すことが何よりなんだな。」

と、杉ちゃんはカラカラと笑った。





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訪れ 増田朋美 @masubuchi4996

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