出会い
初めて薄井と会ったのは、高校一年の5月上旬の放課後の体育館だった。だから薄井とは知り合って日が浅い。
俺は部活の後一人残ってシュート練習をしていたところに、薄井はボールを持って体育館に入って来た。
誰だろうと顔を見たが、どこかで見たことがあると思った。肩まである髪。感情をあまり出さなくて、誰かと話しているところを見たことがない同じクラスの薄井だと思った。
「もしかして、同じクラスの薄井さん?」
「そうだけど」
短く返す彼女は、スリーポイントラインに立ち、シュートする。そのボールは弧を描き、綺麗にリングの中に入る。
少し対抗心が増え、俺も同じラインに立ち、シュートするも、入るどころかリングにすらかすらない。それを見ていた薄井が鼻で笑った。
「どうしたんだいバスケ部部員。帰宅部に負けているよ?」
ボール拾いから戻って見ていた薄井が煽って来た。上等だ、と思って走ってボールを取って、再びシュートする。ボールはリングの周りを回りながらも、なんとか中に入った。
嬉しくてガッツポーズをしている間に、薄井はまたもや決める。プププと嘲笑うかのように、笑みを浮かべてこちらを見ている。
「……目的はなんだ」
一人で練習している時に煽りに来たのか、と憶測を立てる。
「ただバスケをしに来ただけだが」
返事だけして再びシュートする薄井。放ったボールは綺麗にスパッとリングの中に入った。
「冷やかしに来たのか?一人で練習している人を」
「そういうわけではないさ。どうだ?試合でもやるか?」
「上等だ、このヤロー」
あっさりと相手の挑発に乗ってしまった。彼女の動きはなかなか機敏で、さらにシュートの精度も高い。バスケ部に入っていないのが悔やまれるほどだ。
「お前、うまいな…」
息を切らしながら、薄井に話しかける。残念ながら僅差で試合には負けてしまった。
「君もな…浅瀬仁……」
薄井も息を切らしている。彼女は倒れ込んでいる俺に手を差し伸べした。
「私は薄井杏。よろしく」
「浅瀬仁だ。こちらこそ」
彼女の手を取り、立ち上がる。薄井は笑って、そのまま体育館の出口に向かって走り出した。
「おい!」
声を上げても、彼女は止まらない。体育館の外に出た後、薄井はこちらを振り向いた。
「片付けは任せた!」
俺があっ、と声を上げる前に、彼女の姿はもう見えない。仕方なく、一人でモップがけをした。
モップがけを終わらせ、ようやく家路につく。下宿先の藤木荘が近くて、なんとか夕食の時間には間に合った。
「お帰りなさい。ご飯できてるわよ」
大家さんの藤木さんが出迎えてくれた。中に入り、2階の自分の部屋で荷物を置き、着替えて下に降りる。廊下までにいい匂いが充満していた。
居間に入ると、同じく下宿している同居人が先に座布団に座っていた。ちゃぶだいの上には美味しそうな料理が並んでいる。
「遅かったじゃないか。せっかくの藤木さんの料理が冷めちゃうぞ」
そんなことを言って来たのは吉原さんだった。前髪で目が隠れている、いかにも怪しい男の風貌をしている。
その時、どたどたと音が聞こえた。誰かが廊下を走っているのだろうか。そして勢いよくふすまを開ける女性の姿が見えた。
「藤木さーん!今日の夕ご飯はなんです…か……」
ふすまを開けたのは、薄井だった。
「よう、薄井。お前もここの住人だったなんてな…!」
彼女も俺に気がついたのか、なんとか言葉を取り繕う。
「ち、違うんだ。君に押し付けたのは、そう!君に可能性を見出したからだ」
そのあとは薄井を怒ったことを覚えている。そしてこれが、癪にも薄井との出会いだった。
あんにんどうふ 木浦 @kurage1964
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