最後の弾丸

North.s.Traveller

第1話


 「最後の一発か……」



 掌に転がる、”およそ単三電池3倍の長さもある弾薬”を物憂げに見つめながら、豊かな口髭を蓄え、葉巻の煙を燻らせるこの男は言っていた。


 ジャック・カイル……38歳。

 職業……アメリカ海兵隊、狙撃手。

 戦績……6年間で、公式で140人、非公式も合わせると225人。

 愛銃……マクラミン TAC-50。(1km先の敵兵や装甲車を撃ち抜く、「対物ライフル」という非常に強力な狙撃銃)



 「……フゥ……思えば奇妙なモノだよな……。

 あのクソ暑い荒野で、いつも通りじゃあない任務ミッションをやるかと思っていたら……」



 死没……2020年、3月5日。アフガニスタンにて非公式の任務中、敵スナイパーとの交戦により殉職ヘッドショット



 「あっさりと死んじまった……。

 真面な家族ファミリーや愛する恋人スゥイートハートすらもいない……クソッタレな人生だったからか、”あぁ、やっと終われるんだな……”って、後悔は無かったハズなのに……」



 転生……エスペラーザ歴444年、現在戦場となっているこの森で右も左も分からない中、愛銃を持ったまま目覚める。



 「”もう人は信じない”……って、”観測手”を付けろと煩い上官を黙らせるために、必死こいてやってきたって言うのに……」



 経緯……”帝国”に奴隷同然の扱いをされていた、属国である”王国”の住民によって保護される。その後、得意の狙撃を生かし、魔物狩りや理不尽に虐げらていた住民達など救い続けた結果、王国軍に配属。

 しかし、彼の「狙撃能力」や「現代軍需物資」を”魔力によって創造出来る能力”を知った帝国が、帝国の存在する大陸に覇を唱えるため、王国に彼の身柄を寄越すように要求。


 だが王国はコレを突っぱねたのをキッカケに反乱を決意。

 独立と、国のために何度も身を犠牲してくれたジャックを守るために……!

 彼が目覚めた森でもある「王国と帝国の国境を股に掛ける大森林」にて、現在戦争中なのであった……。



 「オレみたいな、”ロクデナシ”だけで良かったのに……! お前らは……ッ!」



 現状……絶望的である。


 ……何故かって?

 ジャックは押し殺したような怒号と共に、口に加えていた葉巻を投げつけていた。

 まだ火も消えていなかった葉巻が転がった先……彼を取り巻く闇の中で、ボンヤリと僅かな火が浮かび上がらせた物は……死体だった。


 それも目を凝らせば無数の……どれも苦悶に満ちた表情で、口や喉を押さえている十以上はある死体があったのだ……!



 「順調なハズだったのに……! 武器、装備、弾薬、食料に……この戦車でさえも……!

 完璧に揃えていたハズなのに……! あのクソ帝国が……! 昔のクソナチ供みたいな事をしやがって……ッ!」



 止め処もない怒りと共に、言葉を絞り出すジャック。

 現在、戦車内部の壁にもたれ掛かっている前は……帝国側から洪水のように溢れ出す敵兵や怒号な指令を飛ばす将校を、”抑制器サプレッサー”を付けた愛銃で次々に仕留めたり……王国軍の側面や死角から歩兵を狩ろうとアンブッシュする斥候部隊を、被害が出る前に迅速に排除したりと、「援護」に徹していた。


 彼自身は”前線で戦いたい気持ち”に溢れていた。

 しかし、頑なに”後ろに居てくれ”と懇願する彼が率いる部隊の者達が居たり……それ以前に、自分自身の特技が”援護に徹する事”だと何よりも自分自身が理解していたからこそ、彼は”苦渋の思い”を抱き抱えながらも、援護に徹していた。


 ……だが、それが仇となった。

 長距離狙撃用の高倍率狙撃眼鏡スコープの先で、彼は見てしまったのだ……。

 自身率いる部隊が乗る戦車隊が、突如として現れた”緑色の煙”にジョジョに……ジョジョに包まれていくのを……!

 戦車の周囲に居た随伴歩兵の仲間達が、急にもがき苦しみ出し、次々と地に付していって行くのを……ッ!


 戦車隊が煙に包まれようとするする中……。

 何故か煙が充満した発生源らしき方向へと次々に砲撃する轟音の中……突如とした事に、彼は呆然とするしかなかった……。



 「分かっていた筈だよな……?

 クソ帝国のクソッタレ錬金術師アルケミストが、新開発の兵器毒ガスを作り出したって、俺らの密偵スパイ達が言ってくれて……オレが散々忠告してッ……お前らも知っていたハズなのに……ッ!

 何で……何でお前らは、笑って”大丈夫、王国と隊長のためだよ”……って、最前線に行きやがったんだよ……ッ!?」



 ……何で用意出来なかった?

 アイツらの笑顔に惑わされず、お節介に”創造したガスマスクを戦車内に無理やり突っ込ませる”事も出来た筈だ……。それに、”煙が発生した時点で、ガスマスクを被ってから助けに行く”事もできた筈だ……。

 観測手も付けず、”一匹狼ローンウルフ”とも呼ばれてきた実力は?

 それに、”もう人は信じない”……と偉そうに人生論を語っていた事は?



 〜……ポタッ、ポタポタ……〜


 「……チキショウ、チキショウ……ッ!

 アイツらだって……オレは……信じて無かったハズなのに……!?

 何で……何で、”涙”なんて出てきやがるんだよ……ッ!?」



 酒や女、煙草に博打ギャンブルにうつつを抜かし、気に入らない奴をブン殴っては喧嘩沙汰と、荒れに荒れた時期は覚えていた……。

 だが殺人に強盗、その他諸々の犯罪に手を染めた事がなく……むしろ、それを誘われたり、現場を見よう物ならその都度胸につっかえる”モヤモヤとした気持ち”を解消するため、そんな相手を病院送りした事も……。

 そして何故か、いつも世話になっている”ポリ公のジジイ”に「お前は軍隊に入れ」と、拒否したのに無理矢理入らされた事でさえも……。


 だが彼は、人生の中で”涙”を流した覚えは……ハッキリと言ってなかった。



 「……あぁ、そうか……。

 ガキの頃、あの”ポリ公のジジイ”が何故か”ピザ”と”ストロベリーサンデー”を奢ってくれた際、テキーラを煽って上機嫌になったジジイが、「仲間を知れ」……ってうるさく言ってたのは、この事だったのか……。

 この、いつも鬱陶しく思っていた”モヤモヤした思い”……それを、傍にいてくれるだけで晴らしてくれる……妙に鬱陶しくて……妙にお節介な……お前らが……」



 ”もう人は信じない”……ジャックはそれを信条にしていたからこそ、225人もの相手に”容易く”引き金を引けていたのだ。男は勿論……女子供に老人も、敵であれば容赦無く……。

 だが……率いた部隊の仲間達の骸を前に、咽び泣き続けていた彼が仲間から”ほんのチョッピリの欠片”であれ、”愛情”を知ってしまった今では……今後スナイパーとしての彼は、死んだも同然になってしまうであろう……。


 人を前にし、情けや哀れみを感じては……”躊躇”というスナイパーにとっての”死神”を呼び寄せかねないのだから……。



 〜ズシン……ズシン……ッ!〜


 「……来やがったか……」



 ……数分後、搭乗する戦車をも揺らす地響きを感じたジャックは、戦車の操縦室に狙撃対策によって僅かにしか開けていない”覗き窓”を横目にそう呟いた。

 煙が晴れる数分前……ようやく正気を取り戻しては、ガスマスクを創造しては素早く装着し、敵の目もくれずに仲間達が乗る戦車へと駆けて、乗り込んだ後……覗き窓越しに高倍率狙撃眼鏡スコープから確認したあの巨影……!


 王国軍の部隊が壊滅したのを確認するや否や、ガス塗れな中を回れ右して去っていた筈のあの巨影デカブツが……! 何の冗談か、この死屍累々と化した戦場にノコノコと戻ってきやがったのだ……ッ!

 あの巨影デカブツが……! クソッタレ錬金術師アルケミストが”もう一つ”開発していたという「超兵器」が……ッ!



 〜ガチャッ! カラン、ジャッ、ジャコンッ!〜



 握り潰さんばかりに、右手に握り締めていた”12.7x99mm NATO弾”を持ったまま、ジャックは愛銃に備え付けられた”ボルトアクション”を操作し、薬室チャンバーに弾を押し込む。その後は戦車に乗り降りするための車長展望塔キューポラへと続く梯子を駆け上り、ハッチを上げては戦車から頭を覗かせた。

 ……どの動作も荒々しく、彼が”仲間を失った事への怒り”がひしひしと感じられるモノであった……。



 〜ズシン……ズシン……ズシンッ! ……ズシャンッ!〜



 そして、器用にもバランスが悪い筈の梯子に足を掛けながら、戦車の砲塔上部に愛銃に付いた三脚を展開し委託射撃の態勢を執った。

 すると、狙撃眼鏡スコープを除いた先……森に点在する巨木と巨木の間から、ジャックが乗る戦車がチッポケに思える程の巨影デカブツ……いや、巨人が現れたのだった……ッ!



 〜ピシッ! プシュ〜ッ、パカッ!〜


 「何処だ!? 何処に居るんだッ!? ローンウルフッ!?

 皇帝陛下の願いを叶えるのは、この偉大なる錬金術師である僕なんだぞッ!?」



 「マジかよ」……思わずジャックは、そう呟いてしまう所であった……。

 狙撃眼鏡スコープ越しに確認した、巨人の胸部……そこが徐に白煙を吹き出しながら開いたかと思えば、中から金の豪奢な刺繍の入った魔法使いらしきローブを着た、小学生低学年くらいの背丈の男の子(?)がヒョコリ現れたではないか……ッ!?


 「……まさか、報告通りだったとはな」……とも、彼は思っていた。

 錬金術師アルケミストの報告を密偵から聞いた際、”青年にも満たない子供が”……と彼は聞いていたのだ。立って歩く豚オークだの、空飛ぶ蜥蜴ドラゴンだの、異世界に来てから様々な”ありえない事”を経験してきた彼だったが、流石にコレは笑いつつも一蹴したのだ。

 「いや、流石に子供ガキがゴーレムなんて”ロボット”を、作れるハズがないって」……と。


 ……そう受け流していた自身を殴ってやりたいと、彼は思っていた。

 勇んで来たものの、もう”創造による補給は魔力切れで一切出来ない中”……一体全体如何やって、あの巨人トランスフォーマーを破壊すればいいんだ!? ……と、携帯対戦車擲弾発射器ロケットランチャーすらも創造できない中、狙撃眼鏡スコープ越しに途方に暮れるしかなかった。



 「クソ! クソッ! なんで居ないんだよッ!?

 魔力探知機マナレーダーによれば、奴の反応はこのゴミ山の中にある筈なのに……ッ!

 ゲホッ! ゴホッ! ……何で姿が見えないんだッ!? クソガァァァッ!」



 しかしながら、ジャックにとって幸運だったのは「彼の存在が悟られていなかった」事だ。

 彼が戦車へと駆けつける前、帝国軍は歩兵以外にも”火矢”や”爆弾”による攻撃も多用していた。

 その際にこの戦場を取り囲む”草木”に次々に引火し、ここら一帯が”白煙や黒煙が立ち込める”灼熱の焦土と化していたからだ。


 それらの煙に包まれた上に、咳き込みながら見ている魔力探知機マナレーダーが、”大雑把な点”でしか表示出来ないのなら、尚更ジャックを見つける事は困難であろう……。

 右に左に視線を動かし、それと同時に滅多矢鱈に搭乗する巨人ゴーレムの両腕をも動かして、周囲の木々をなぎ倒したりしながら、まるで見た目相応の駄々っ子のように__彼への罵声を浴びせ続ける醜態が繰り返された……。



 「……あんな奴に? あんな奴に……アイツらは……ッ!?」



 痺れを切らしたのか、錬金術師アルケミストが乗る巨人ゴーレムの頭部から……あの”毒ガス”が噴出されるのを見て、彼は悟った。

 そして、仲間の骸の前に居た時にあった目の輝きはとっくに失われていたが……その目の奥には、今までにはなかった”闘志”が揺らめき燃え上がっていた……ッ!



 「……卑怯とは言わせねェぞ……? クソガキ……ッ!」



 ジョジョに迫る”毒ガス”を前に、再び首に下げていたガスマスクを被る中……ジャックは仲間達に感謝していた。あの砲撃は”無意味”では無かった事に……!


 〜ズドォォォォォンッ!〜


 未だ右往左往と捜索を続ける錬金術師アルケミストが、執拗に繰り返し押し続けているボタンが、恐らく巨人ゴーレムの操縦席を守る開閉した胸部コックピットシールドの開閉装置を破壊した事に……!

 そして、その操縦席の錬金術師アルケミストが座る奥に……ジョジョに青から赤へと変貌して行き、蒸気をも吹き出す”怪しい巨大な水晶クリスタル”があった事も……!


 〜パリィィィィィンッ!〜


 「ッ!? なっ、嘘だッ!?

 動力源コアの……莫大な魔力を貯めた、太陽結晶コロナクリスタルが……!?

 なんで砕けてッ!?」






 その日の夜、森の中で一つの爆音が響いた後……一筋の大きな黒い煙が立ち上がったという……。

 翌日、援軍として向かっていた王国軍はこの惨状に驚き悲しみながらも、兵士達の亡骸を回収。

 提供してくれた”センシャ”も回収しようと王国軍は動いていたが……先日の”爆音”の範囲に入っていたのか、一つ残らず跡形もなく吹き飛んでいたという……。


 そうして……王国の片隅に設立されている共同墓地に、次々と墓が建てられて行ったが……それらの墓の中には、あのスナイパーの名前はなかったという……。


 しかしながら数年後、独立を果たした王国内の墓地では奇妙な噂が流れるようになる……。

 この王国では、死者の眠る墓に対して花などの御供物をすれど、ジョジョに風化していく墓を誰も掃除はしないのが慣例であった。

 だが……ある日を境に毎年、その”ある日”になると……その共同墓地の内の一部がピカピカに磨かれ、立派で豪華な御供物が、人知れず一夜にして供えられるようになったのだ。


 それは奇妙な偶然か……供えられるようになった墓は、あのスナイパーが”配属された部隊の者達”が眠る墓だけだったそうだ……。

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