第3話

***



「いっぺー」


 山道君を呼ぶ女子の声に、私はどきりとした。女子からもいっぺーって呼ばれてるんだ。よせばいいのについつい見てしまう。うちのクラスではないその女子が、山道君と親しげに談笑するのを見て、私はなんだか面白くなかった。あの子は誰だろう。活発な可愛い女子。面白くないだけでなく、嫌な気分だ。その女子が悪いわけでないのになんかムカムカする。

 私はわざと消しゴムを指で弾いて山道君の近くに落とした。


「いっぺー、ごめん、取って」


 私の口からとんでもない言葉が出た。

 山道君は両目を見開いて、少し頬を赤く染めた。山道君と話していた女子がちらりと私の方を見た。負けたらいけない気がした。私もその女子を見返す。


「はい、消しゴム」


 山道君が拾って私の手に消しゴムを置いた。山道君の親指が私の掌に触れる。ビリビリと電気が走るような感覚がした。

 山道君は帯電してるのか。それで光ってるのかな。



 帰宅後。

 ベッドに横になって自分の手を見る。

 掌がまだ熱い。

 山道君を初めていっぺーと呼んだけれど、山道君はどう思ったかな。嫌じゃなかったかな。あの女子とはどんな関係なんだろう。山道君は私の掌に触れた時、何も感じなかったのかな。

 その日、私はなかなか眠れなかった。


***


 放課後図書室へ行き、また宇宙人の本を読んでいた。読んでいても一向に謎は解決しない。頬に西陽が当たって温かい。あくびが出た。それでも何かヒントがあるのではと、閉じようとする目蓋に力を入れる。

 17時に閉まる図書室は、後20分の段階で誰もいなかった。図書委員の当番の山道君を除いては。


「それ、面白いの? 面白くないの?」


 不意に山道君の声が降ってきて、私は覚醒した。


「え? な、何が?!」


 人気のない図書室に私の声が響き渡る。山道君が横から私の読んでいる本を覗いていた。


「隣いい?」


 山道君は私の隣に座った。こんなに間近だと山道君の発する光が眩しくて困ってしまう。私は宇宙人の本の内容がぶっ飛んでしまった。


「最近よく図書室に来てるよね。そして宇宙人の本ばかり読んでる。興味があるの?」

「宇宙人に興味があるんじゃなくて、謎を解明したくて」

「謎?」


 山道君は興味深そうに私の方に身を乗り出した。近い。近いよ。眩し過ぎてチカチカする。


「山道君は人間が光る現象ってどう思う?」


 山道君は私の言葉に、


「いっぺーってこの前みたいに呼んでくれていいよ」


 と言ってから、うーんと首を傾げた。


「光る……俺はそんな人見たことないけど」

「そうだよね。私もなんでか分からなくて、その謎を解くために図書室に来てるの」

「そうなんだ。それで謎は解決しそう?」

「全く解決してない」

「そっか。具体的にはどんな感じなの? 光ってるって」


 山道君の言葉に、私は山道君を見つめる。やっぱり眩しい。心音が早くなっていく。


「内側から輝いてるって感じで、ついつい見てしまうんだ。キラキラ眩しくて、なんだか素敵に見えて、その人の新しいところを知れると嬉しくて、もっと知りたくなるの」


 私が山道君を見たまま感じることを言うと、山道君は、「あー」と複雑そうな顔をした。


「えっとさ、それって、似たような現象、俺知ってる。光って見えるかは置いといて、教室に入るとまず視界に入ってくるとか、その人の声だけよく聞こえるとか、どこにいても見つけられるとか、その人の興味があることが気になるとか。その人が異性と話してるとなんかモヤモヤするとか。似てない?」


 山道君の言葉に私は驚いた。全て当てはまることだったから。


「なんで分かるの? 光ってるし、やっぱり山道君て宇宙人なの?」


 私の言葉に奇妙な沈黙が流れた。


「えっと、俺が光ってる人ってこと?」


 そう言った山道君の顔が赤く染まっていた。


「そうなの。ねえ、宇宙人だとしても誰にも言わないから教えて?」

「えっとさ、北野さん。俺は宇宙人じゃないよ。

……たぶんだけど、北野さんの症状を一般的に恋と呼びます」

「恋?」


 私は目をうろうろささた。

 え? 私山道君に恋してるの? これが恋なの?


「北野さん、俺のこと好きなの?」


 私が山道君を好き? そりゃ嫌う要素もないし、確かに男子の中でなんだか特別かもしれない。気になって仕方ないし、もっと知りたい。これが好きってことなの? 私は段々頬が熱くなるのを感じた。


「その、これが好きってことなら、好きなんだと思う」


 山道君は可笑しそうに吹き出した。嬉しそうでもあった。


「ははっ。心許ない答え! もしかして、北野さん恋、初めてなの?」

「実は、そうなの」

「そっか。

じゃあさ、もし、俺が宇宙人だとして、そしたら嫌いになる? 受け入れる?」

「大丈夫! 山道君が宇宙人でも、私は山道君が、す、好き、だから」


 私は好き、と言う時とても恥ずかしいけれど心を込めて言った。山道君は見ていてこっちが幸せになるような笑顔になった。ああ、眩しさ倍増。


「北野さん、俺、凄く嬉しい! 俺も北野さんのことが好きだから。自転車屋に来た時、かっこいいとこ見せたいって思ってパンク修理したんだ」


 どきどき心臓が煩い。

 え? 山道君が私を好き? かっこいいとこ見せたかった?


「……その、パンク修理の時からなの。山道君が光り出したの」

「そうなんだ。頑張ったかいあった!」


 眩しいやら恥ずかしいやら嬉しいやらでなんかモジモジしてしまう。


「よかったら付き合わない?」

「付き合う?」

「えっと、彼氏彼女になりませんか? もしかしたら光のことも分かるかも、よ」


 夕陽のせいではなく、真っ赤な山道君。その声が震えていて、緊張してるのが伝わってくる。新しいことばかりで私の頭はパンクしそう。

 でも。

 私はさらに未知の世界に飛び込んでみることにした。


「ぜひ、よろしくお願いします!」


           了

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君、光る 天音 花香 @hanaka-amane

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