もみじのように

「変わった趣味だねー」

 い、いかん。

 もみじ好きの変人だと思われている。

 草陰で友達が両手を合わせてゴメンのポーズをしている。

 事情を問いたい所だが、早く弁明しないと!

「こ、これはその……」

「私も好きだよ。赤ちゃんの手みたいに可愛いし綺麗だから。武田君がもみじに告白をしているのを見たら、ついつい飛び出して来ちゃった」

 明日香さんは照れたように舌を出して頭をかいていた。

 そうか、友達は止める間もなかったのかもしれない。

 いや、それより……もしかして、僕は明日香さんに嫌われてはいないのか?

 それなら、チャンスである。

 変人ではなく、ただのもみじ好きだと思われたのも幸運だ。

 ここはうまい事を言って、明日香さんの心を掴もう!


「明日香さんの赤ちゃんは、きっともみじのように可愛いと思います」


「は?」


 え、今なんて言われた?

 明日香さんの目付きが険しくなる。

「私に赤ちゃんなんていないんだけど」

 赤ちゃんなんてとか言っている!?

 かなり機嫌を悪くしたようだ。

「す、すみません。本当にすみません!」

 僕が平謝りすると、明日香さんは腕を組んでため息を吐く。

「まったく……いきなりそんな事を言うなんて」

 僕の顔面から血の気が引く。口がパクパクするが、言葉が出ない。

 終わった。

 そう確信した。

 これからどんな批難をされても、受け入れなければならないだろう。

 明日香さんは一呼吸置いて口を開く。


「責任取ってね」


「え?」


「なーてね」


 明日香さんがいたずらっぽく微笑んだ。

 僕は少しずつ冷静になっていく。

 からかわれたのか?

 安堵すると共に、両手を握りしめて、肩を震わす。

「もてあそばないでください!」

「え? 何の事?」

 明日香さんが両目をパチクリさせる。

「僕は……僕は……!」

 声が震える。

 風が吹く。

 もみじを揺らし、葉音を立てて、どこまでも続く空へ向かって紅葉が舞い上がる。

 僕の気持ちを鼓舞するようだった。


「僕は綺麗な月も、もみじも好きですが、もっと綺麗なあなたの事が大好きなのです!」


 言ってしまった。

 風が止む。

 辺りは静かになった。いつの間にか虫の音が響く。

 きっと笑われる。

 そう思った。

 しかし、明日香さんは真剣な表情になっていた。

「最初からそう言ってくれた方が分かりやすかったよ」

 頬を赤らめて、僕の両手を取る。

「その気持ちに嘘はないよね?」

 僕は顔面に血の気が登るのを感じた。

 頷いて返事をしようとした、その時だった。

 ピーコピコピコぴっこぴこ。

 スマホが鳴った。

 ちょうど、友達が明日香さんを連れてくる予定の時間になったのだろう。

 そうだ。

 スマホが鳴った事に友達がツッコミを入れるのを、会話のきっかけとして考えていたのだった。

 可能な限り間抜けな音にしたのだった。

 明日香さんが噴き出す。

 そして、屈託のない笑い声を発した。

「もう、面白いね! 武田君は真面目なだけじゃなくて、お茶目なんだね」

 僕は恥ずかしくて、視線が泳ぐ。

 草陰に視線をやると、友達が口元を押さえてニヤニヤしている。笑いをこらえているようだ。後でとっちめてやろう。

「ちゃんとこっち見てよ」

 明日香さんにたしなめられた。

「す、すみません。スマホの音を止めます」

 明日香さんの手を振りほどこうとするが、明日香さんが首を横に振る。

「いいよ。面白いから。それより敬語をやめて。なんだか変な感じがするから」

「す、すみません」

「まずはそこだよ」

「ご、ごめん」

「謝らなくていいけど……まあいっか」

 明日香さんは、女神のように優しい微笑みを浮かべていた。

 一分後にスマホが止まった。

 辺りは再び静かになる。

「帰ろうか」

 明日香さんが手を離す。

 僕はその手を掴んだ。

「送るよ」

「ありがとう!」

 この時、明日香さんの笑顔は最高に輝いていた。

 手をつないで家路を辿る事になった。

 きっと月が微笑んでいるだろう。

 

 明日香さんを送った後で自宅に戻る。心臓のドキドキが収まらなかった。なかなか眠れなかった。

 

 翌日、寝坊した。大急ぎで教室に行くと、クラスのみんなから笑われた。

 そんな中で、明日香さんは怒っていた。

「もう、自己管理はちゃんとして!」

「す、すみません。じゃなくてご、ごめん」

 明日香さんがずんずんと近づいてくる。

 誰にも聞こえないような小声で耳打ちしてくる。

「未来の赤ちゃんのためにも、しっかりしてね」

「は、はい」

「なーんてね」

 舌を出す明日香さんが可愛い。

「か、からかわないでくれ!」

 僕の頬はきっと、もみじのように赤かったと思う。

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もみじに想いを寄せて 今晩葉ミチル @konmitiru123

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