もみじに想いを寄せて
今晩葉ミチル
もみじの木の前で
もみじの木の前で、僕、武田成久は声を荒げていた。
「月が綺麗ですね。でも、あなたの方がもっと綺麗です。そんなあなたが好きです!」
傍目では意味不明な行動だろう。頭がおかしいと思われるかもしれない。
しかし、僕は真剣だ。
告白の練習をしているのだ。
「月が綺麗ですね。でも、あなたの方がもっと綺麗です。そんなあなたが好きです!」
頭がくらくらする。明らかに酸素を欲しているが、うまく呼吸ができない。
緊張している。心臓がバクバクする。
今日はここに米田明日香さんがくる。
明日香さんは陸上部のキャプテンで、黒い短髪とキラキラした笑顔が特徴的なクラスメイトだ。明るくて誰とでも仲良くなれるような、とても可愛い女の子だ。
対する僕は、テストはビリ争いの常連だし、足は遅いし、友達は少ない、クラスの雑用係だ。無遅刻無欠席だけしか褒めようがない、コンポレックスだらけの男だ。
僕にできるのは、明日香さんの下働きくらいだろう。具体的に何をやるのかは思いつかないが。使い走りくらいだろうか。
少しはリラックスしないといけないと思うが、どうしても落ち着かない。
そんな胸の内を吐き出すように、もみじの木に向かって何度も同じセリフを叫んでいた。
「月が綺麗ですね。でも、あなたの方がもっと綺麗です。そんなあなたが好きです!」
声が枯れてきている。相手が聞き取れなかったら、今までの努力が水の泡だ。
僕は深呼吸をして腰をおろす。無駄に力が入っていたのか、足のしびれを感じる。
痛んだ喉をなでる。水筒の水を飲む。赤から黄色のグラデーションが効いていて、少し派手だが綺麗な色合いだ。もみじ色だと感じて買ったんだ。
そういえば、明日香さんも同じ水筒を愛用していたな。
なんとなく嬉しくなった記憶がある。
陸上競技で優勝できなかった彼女に対して、僕はいつもテストでビリだからと言って笑われたのはいい思い出である。
その時は、話が弾んだな。
武田君が傍にいると安心できると言われたのは、後世に自慢してもいいと思う。
正直な所、彼女と僕は釣り合わないだろう。
しかし、高校最後の秋、これから受験に集中する時期を逃せばチャンスはないだろう。二度と会えないかもしれない。
やらない後悔をするくらいなら、一生の恥をかく。
僕は覚悟を決めて、自分の想いを伝える事にした。
明日香さんは、僕の友達に連れてこられる手はずになっている。会話のきっかけを掴み、いい雰囲気になったら、折を見て友達だけ先に帰る計画だ。
友達が陸上部だったのが幸運だった。誕生日にはプレゼントをやって、パシリもやって、なんとか頼み込んだ。
僕はスマホで時間を確認する。
五時五十五分。
「約束の時間まであと五分か……」
明日香さんが来るまで、もう少し告白の練習をしよう。
僕は立ち上がり、もみじの木の前で息を吸う。
「月が綺麗ですね。でも、あなたはもっと綺麗です。そんなあなたが好きです!」
練習するうちに、うまく声が出るようになる。気持ちを込められるようになった。
ふと、空を見上げる。
もみじの葉から月明かりがこぼれている。幻想的な光景だ。
僕の告白を応援するように、風と共に揺れ、葉音を立てていた。
気合が入る。
「月が綺麗ですね。でも、あなたはもっと綺麗です。そんなあなたが好きです!」
「もみじがそんなに好きなの?」
突然話しかけられて心臓が飛び出そうになった。
振り向けば黒い短髪の制服女子がいる。清楚な黒い短髪に、バランスの良い体付き。いい匂いだ。爽やかな汗を流した後で、香料を使っているのだろう。
明日香さんだ!
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