ミロクのモノローグ②啼き毀れそうな雛

 

 アタシが神と崇めるヒトは、

 通称、マダム・チェルシー。

 正式名称、チェルシー・シャルロット。

 年齢不詳。性別不詳。定説によると両性具有の麗人らしい。


 たしかに、ライヴ終了後のうちあげでは、老若男女を問わず皆サマと仲良くしておられるワ。そんなにもハグとかキスとか浴びせ合っているヒト、アタシの人生に居なかったから、はじめて、うちあげの席でハグされたときは本当、吃驚ビックリしちゃった。金髪の縦ロールがほどけて、えも云われぬ薫香もほどけていた。


「好いにおいですね。香水、何、使っていらっしゃるんですか?」

 緊張気味にたずねたアタシに、マダム・チェルシーは、やっぱりにおいのする吐息で答える。ブルガリアン・ローズのサプリのにおいって分かった。何処ドコ何処ドコまでも嗜んでいらっしゃるのね。

「エタニティ。永遠っていう意味よ」

 永遠の美貌を予感させるような、素敵な香水の名前だった。


 ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★


 アタシは、学生のお小遣いで購うには、ちょっぴり高価な香水を付け始める。

 マダム・チェルシーと同じ香りになりたくて。


「あなた、男性でしょう? 何が目的で私たちのチェルシーに付きまとっているわけ?」

 ライヴハウスでカオが割れてきたかしら?

 或る夜、アタシはグルーピーと呼ばれるお姉サマの集団に囲まれた。


 アタシ、この人たち、苦手なのよね。徒党を組んで、ファンクラヴと称して、マダム・チェルシーのプライヴェートを見張っている。ストーカーじゃないの!? しかも、種の存続を目的に付きまとっているのだから性質タチが悪い。幕間に偶然、聞いてしまった下世話な会話ときたら……女ってイヤね。そう思っちゃった。


「マダム・チェルシーって両性具有なんでしょ? だったら私たちにもチャンスあるわよね」

「モチのロンよ。あの人のこどもが欲しくてたまらない!」

「生まれてくる子は男でも女でも美形に間違いなし。さっさと種まきしてくれないかな」


 ゾッとしたワ。

 この人たちはマダム・チェルシーの音楽を聴きに来ているんじゃなくて、マダム・チェルシーのカラダを欲していらっしゃるのね。これが女というイキモノなの? 絶望しちゃう。だったら、アタシが憧れている女の子って何だろう。女になる前段階の、めざめを知らないつぼみ


 そうかもしれない。永遠に、めざめないつぼみ

 エタニティ・ガール。スリーピング・ビューティ。


「アタシは、マダム・チェルシーの音楽が好きなの。音楽で学校生活のストレスを解消しているの。ライヴハウス出停しゅっていは考えられない」


 グルーピーの皆サマと約束した。

 違う、約束させられた。

 マダム・チェルシーに手を出しませんって。


 アタシは、マダム・チェルシーのカラダに興味の無い、

 女の子のコスプレをした発育不全の男の子です。

 これで御満足ゴマンゾクでしょうか。


 マダム・チェルシーは神レベルの聡明なヒト。グルーピーに何を求愛もとめられているのか御存知ごぞんじだったから、それなりのファンサービスで対応なさっていた。

 おとなって大変。バンドマンは客商売だものね。グルーピーの皆サマというクラスター的に発生している狂信集団が居てこそ、マダム・チェルシーのお財布は潤うのだし。


 マダム・チェルシーは神サマ。その千里眼で何でもお見通し。

 グルーピーの皆サマに、アタシが絡まれたこと、察知して気を遣ってくれた。

「この子、ひとりで来てくれているの。おともだちがいなくて心配。こちらのグループの方々と仲良くしてもらえたら安心だわ」

 マダム・チェルシーは、アタシが齢上としうえの皆サマの輪の中に入れるよう、そっと背中を押した。きっかけをくださったのよ。


 アタシは、おばあちゃんと同年齢おないどしぐらいの音楽有識者ミュージック・マニアのグループに、遠慮がちに入る。誰もアタシの心をいじめるようなことを云わないグループよ。

 それでも、グルーピーの鳴り止まないひそひそ声は聴こえてしまう。

「あの子、あんなナリをしていて男なのよ。ウケる!」

「声で分かるって。話し掛けてみなさいよ」


 意地でも話すものか。そう決めた。

 声を発した途端にアタシはこわれる。そんな気がする。


 女の子向けに裁断つくられたロリータ・ファッションは、アタシの骨格と心を巧みに秘匿かくす、柔軟やわらかく見えて強固かたい鎧。

 声を発した途端に罅割ひびわれる脆い鎧なの。


 アタシが入れてもらったグループは、至極、穏やかだった。

 ビートルズがどうとか、キング・クリムゾンがどうとか、それをふまえてマダム・チェルシーはプログレッシヴ・ロックだとか、いまひとつ難し過ぎて、アタシにはついていけない音楽談義を交わしている。アタシは輪の中でうなずいているだけ。


 不意に思い浮かぶ。

 アタシを可愛かわいいって云ってくれる、おばあちゃんの顔。

 おばあちゃん。アタシの母方の祖母。夫に先立たれて未亡人。

 高齢者の独り暮らしは危ないから同居しましょうって娘夫婦に誘われても、やんわり断って、ひとりで居る。


 アタシが、おばあちゃんの家に遊びに行ったことなんて数えるくらいしかないけれど、洋楽のCDがキッチンに並んでいたことを見憶おぼえているの。マッシュルームみたいな髪型の男のヒトが印刷うつったジャケットを記憶している。音楽有識者ミュージック・マニアの皆サマのグループに入れてもらって、それがビートルズだって知った。


 もしかしたら、おばあちゃんと音楽有識者ミュージック・マニアの皆サマ、趣味が合うのではないかしら。おばあちゃんをライヴに誘ってみよう。そうしたら、この空間を共有して楽しめるのではなくて!?


 答えを確かめないうちに、アタシは次回のライヴ・チケットを二枚、購入していた。

「あら、おともだちを連れてきてくれるの?」

 マダム・チェルシーは喜色満面。


 そう、おともだち。年齢が五十歳以上、離れた、おともだち。


『ミロクのモノローグ③雛の生命が咲く前夜』へ、つゞく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る