ミロクのモノローグ③雛の生命が咲く前夜


 ライヴのチケットを二枚、購入したあくる日。

 穏やかな日曜日の午后ごごに、おばあちゃんの固定電話に接続アクセスする。


 コール五回目、出てくれない。聴こえていないのかな。

 コール十回目、出てくれない。年齢を重ねると足腰が弱ると云うわね。素早く動けないのかも。

 コール十五回目、出てくれない。きっと、御午睡おひるねでもしていらっしゃるのね。


 二十回を前に切断きろうとした。刹那せつな、おばあちゃんの声が応答する。

「はい。大変お待たせしまして、申し訳ございません。お名前頂戴ちょうだいできますか?」

 おばあちゃんの家電話は、ナンバー・ディスプレイ搭載ではないのかしら。娘夫婦の家からかかってきた電話に、

「お名前頂戴できますか」

 と問われて、アタシは、しどろもどろ。


「あの……えーっと……おばあちゃん……」

 アタシ、ううん、

「ボクです。ハジメです」

 って、たったそれだけのことが咽喉のどを詰まらせて出てこない。


 アタシはミロクなのだから。

 少年ボクじゃないの。少女アタシなのだから。


「あら、その声。ハジメちゃんね。お元気?」

 名乗らずとも分かってくれる、おばあちゃん。その温和あたたかい声に安心して、自分でも驚くぐらい、すらすらとしゃべってしまう。

「元気よ。おばあちゃんも、お元気かしら? もし、お元気で暇していらっしゃるのでしたら、一緒にライヴに行きませんこと? 抽選でチケットが当たったの。二週間後。日曜日の夜よ。場所は〇×市に最近、完成できた大型ショッピング・モールの裏手のフィアンサーユで、十八時開演なんだけど」


 咄嗟とっさに、抽選で当たって余っています、なていにしちゃった。

 そのほうが自然でしょ。

「それは楽しそうですこと。だけど、おばあちゃんと一緒でいいのかしら。もっと年齢の近い、気の合うおともだちをお誘いしたら?」


 年齢が近くて気の合うおともだちなんて居ない。


「おばあちゃんはアタシのおともだちよ。これからはアタシのこと、ミロクって呼んでくれたら嬉しいな」

 伝わる想い。歓喜の心。

「はい、ミロクちゃん。何卒どうぞよしなに。二週間後が楽しみよ」

 ミロクちゃんって呼んでもらえた。

 それだけで、アタシのテンションは上昇アガって、ハッピーな女の子に接近ちかづくの。


 ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★


 日曜日の夜、おばあちゃんは、すんなり場に馴染なじんでいた。過去まえにも此処ここに来たことがあるみたいに、ドリンクを注文したり、お化粧直しに行ったり、場慣れした様子で、くつろいでいる。


「やぁ、ミロクちゃん。そちらの御方は、お連れさま?」

 話し掛けてくれたのは、マダム・チェルシー御推薦ゴスイセンの人間性を有した音楽有識者ミュージック・マニア殿村とのむらさん。音楽を純粋に愛する還暦の老紳士。「老」って付けるのがはばかられる容貌ようぼう御自慢ゴジマンぞろえというファッションで、独特の色気を醸しておられるの。


 アタシはポケットサイズの筆記帖メモちょうに、〇・七ミリのブルー・ブラックのボールペンを走らせて御挨拶ゴアイサツ

「殿村さん、こんばんは。今夜は自慢のおばあちゃんと一緒です。アタシたち、気の合うおともだちよ」


 殿村さんとおばあちゃんの視線が合わさった。瞬間、御両人は恋に陥落おちた少年少女のように、ちょっぴり照れながら打ち解けてしまうの。キャッ、こそばゆい。


「はじめまして。殿村です。そのブリティッシュなドレス、八十年代あたりのJane Marpleジェーンマープルでしょうか」

「まぁ、よく御存知ごぞんじなのね。何年代かは空覚うろおぼえだけど、Jane Marpleジェーンマープルですの」

「唐突に失礼しました。私、服飾関係に長年、従事しておりまして」


 知らなかった。殿村さんって服飾関係のお仕事だったのね。

 道理で、いつもハイセンスなジレの着こなし。


 それよりも、おばあちゃんに似合う格子模様チェックのワンピースがJane Marpleジェーンマープルのヴィンテージですって!? 少女服の老舗しにせ、他の追随を許さないJane Marpleジェーンマープルブランドには慧眼けいがんを光らせていたつもりですのに、アタシの眼は曇っていました。


 でも、八十年代って、アタシの生まれる前じゃない。

 ブランドも人間も歴史、長いなぁ。


 人生の歴史の長さに比例した会話で盛り上がる殿村さんとおばあちゃん。

 客電が点いているあいだじゅう、両名の会話は絶えなかった。

 主にJane Marpleジェーンマープルの変遷と、ブリティッシュなロックの話ね。

 おふたりは、アタシにも話を振ってくれるから和気藹々わきあいあい


 今夜、おばあちゃんを誘って本統ホントに良かったワ。


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