48.美少女の正体


「キミ、話せないの?」


 月彦つきひこに問い掛けられた美少女は無言でした。老婦人は美少女の頭を安心させるようにでて、意外な真実を静かに明かすのです。


御免ゴメンなさいね。声を発した途端、正体が明らかになりますので。こんなナリをしておりますが、この子は……お察しくださいませ」


 どうやら、の正体はなのです。

 言われて見れば羨ましいぐらい、すらりと背が高く、少女に特有の余分な脂肪も見当たりません。そのフォルムは、アノレキシアの月彦と非常に近しく感じられました。


「なーんだ。そういうことか。たいした問題じゃないね。僕は、こんなナリをしているけれど女の子なんだ。気付いていた?」


 月彦は、あっさりと「たいした問題じゃない」と言い切りました。

 美少女、もとい美少年は、まじまじと月彦と、その横に居る私を見ます。


『そっちの彼女は? もしかして、アタシと同じような人?』


 端末の編集画面に素早く打ち込まれた文字。

 それを読み取った月彦が答えます。


日芽子ひめこさんは正真正銘、完全無敵なお姫様さ」


 眩暈めまいがします。何故に月彦という人は、私をくらくらさせる台詞セリフを、なく口走る才にけているのでしょう。


「愛し合っているのさ❤」


 久々に語尾にハートマークが見えました。初対面の相手にカミングアウトの末、のろけるだなんて、まったく恥ずかしい。こそばゆい。


 相変わらず、月彦の脳シナプスは王子として絡まること無く、毅然きぜん其処そこに在りました。


『オススメは、ピューレの上質なマンゴージュース。この蝙蝠コウモリアイテムはね、キミみたいなゴシック・ファッションをするときに使うのよ。ねぇ……アタシって可愛かわいい?』


 エプロンドレスの美少年は、月彦の問い掛けの大部分をおぼえており、すべてにメールの下書き機能を使って答えました。月彦は、お兄さんのようなお姉さんのような、とにかく年長者らしい落ち着き方です。


「キミは性別を超越して可愛いよ。ゴシックも似合いそうだね。さて、僕たちも同じジュースにしよう。日芽子さんは此処ここで待っていてね」


 月彦は立ち上がり、ドリンクを求めてカウンターへ歩いて行きました。

 私は、眼前の老婦人と、性別を超えた嫩者わかものと、ひそひそ話し始めます。

 嫩者わかものかたくなに、画面に文章を打ち込みます。


『あの王子様のお姫様なのよね。一緒に暮らしているの?』

「はい。月彦くんには、お世話になりっぱなしで、一緒に暮らしています」

「ホホホ。お熱うございます。桜桃の模様の春らしい御召物おめしものですこと」

「この衣装は、彼が見立てたのです。髪型も彼が」

『センス抜群。幸せそう』


 私も私です。初対面の相手に何を話しているのでしょう。他人の幸福ほどつまらないものはないでしょうに、不可思議な孫娘くんは追求をめません。


『性別を超越して可愛い。アタシのこと、そんなふうに認めてくれるんだから、彼氏さん、絶対いい人ね。いつも一緒にライヴ参戦?』

「一緒じゃないと無理です」

『そうよね。場慣れしていない感じするもの。でも、彼氏さんは慣れているよね。突然だけど、この三つ編みって本物?』


 孫娘くんは、月彦が丁寧に編み込んだ私の三つ編みに触れました。


「自分の髪よ」

『綺麗。大切にしてね。アタシはエクステ。両親が石頭だから、仕方なく、昼間は意に反する男子高校生ファッションを甘受しているの。あと一年の我慢よ。大学生に成ったら親許おやもとを離れて、自由に生きてみせる。そして、アタシの、たったひとりの味方に、親孝行じゃなかった、祖母孝行するの』


 孫娘くんの、たったひとりの味方であるおばあちゃま。老眼なのでしょう。メール画面の言葉の遣り取りに目をつむって、マンゴージュースを味わっておられます。


 その落ち着いた姿は私の憧れでした。

 長生きすれば自然に辿たどり着ける境地だと思えて、希望と生命力がくのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る