47.完全復活祭の開始


『本日の演目

 マダム・チェルシー・シャルロットの完全復活祭ワンマン・ライヴ


「対バン無しか。今更いまさら、知ったよ。道理で、こういう客層なわけだ」


 チェルシー先輩のホームは、ライヴ開始前から絢爛豪華けんらんごうか

 個性的な水魚の交わりは、圧倒的に美々びびしいものです。


 ジュストコールをまとった麗人が、バーのカウンターで何か注文しています。

 長身でい匂いのするコスプレイヤーさんが、ベートーヴェンの時代を思わせるドレスの少女たちに囲まれて、ちやほやされています。


 視線の向く先々にあるものが、すべて美しく好もしい。

 ライヴハウスとは不思議な場所です。

 こんなところにも老婦人が居られます。

 長袖の洋装から露出している手の甲を手袋で包んだ、上品な老婦人。


 花紺青スマルトのAラインのワンピース。

 白い手袋に白いタイツ。そして白銀の髪。

 やわらかそうで真っ白な髪を頭頂部からゆるく編み込んで、洋装と同じ素材の花紺青スマルトのリボンで一纏ひとまとめにしておられます。かぎ針編みらしき星形の目が並ぶショールを膝に掛けて、小さい方卓テーヴル蝙蝠コウモリの羽根の付いたバッグを、ちょこんと置いておられます。


「あのバッグ、僕のポーチとおそろいだ」


 ハイセンスな老婦人に注目して、彼女のバッグと自分のポーチを見比べる月彦つきひこ。今日も、蝙蝠コウモリモチーフのポーチをお財布にして、くびに提げています。


「月彦くん、私、何処かに座りたい」

「うん、僕も、そう思ったところ」


 めぼしい席は埋まり、空席と思われる椅子には、ハンカチや上衣うわぎが掛けられています。観覧者が多いことを物語る光景でした。月彦は思い切ったように、老婦人が独り座る席へ赴き、相席希望を申し出ます。


「この椅子、空いています?」


 文庫本へ落としていた視線を上げた老婦人は、銀色のフレームの眼鏡を外して私たちを見ました。


「空いていますよ。戻って来る子は居ますけれどね、今は空いています。どうぞ」


 直径百センチほどの正方形の卓子テーヴルの周りに、小さい背凭せもたれの付いた折り畳み椅子がひとつ。私たちはアノレキシアゆえ嵩張かさばりません。ひとつの椅子に、ふたり座ることが可能ですが、近くの席の女の子が余った椅子を供給してくれます。


「良かったら、使っちゃってください。私は立ち見しますから、必要なくて」

「助かります。どうもありがとう。良かったね、日芽子ひめこさん」


 私たちは、椅子を並べて座りました。方卓テーヴルを隔てて品の良い老婦人。

 同じブランドのアイテムを持っていることに親しみがいたでしょうか。

 月彦は屈託なく話し掛けます。


蝙蝠コウモリ、素敵ですね」

「孫と共有しておりますの」

「お孫さんと?」

「はい。今夜も孫が心配で、一緒に来ましたの」


 私は、月彦と老婦人の会話に耳を澄ませていました。


「今夜も? 『フィアンサーユ』には、よく来られるのですか?」

此処ここは、そのような名前でしたかね。可愛かわいい孫と一緒に、ライヴハウスを行脚あんぎゃしておりますの……噂をすれば」


 両手にソフトドリンクを持った美少女が現れました。

 彼女は、老婦人が膝の上に引っ込めたバッグのあった場所にグラスを並べて、椅子の要らなくなったグループから、手際よく拝借した椅子に掛けました。場慣れしている様子が伝わります。


 老婦人のお孫さんらしき少女は美しい。

 あまり凝視しては失礼だと思いながら、視線を外すことができません。彼女は、カントリーテイストのエプロンドレスを美事みごとに着こなしていました。


 茶褐色の円襟まるえり花片はなびらの如く開く可憐かれんなブラウスに、同じ色のフレアスカート。ふんわりと生成り色のエプロンを合わせています。まるで『不思議の国のアリス』と『赤毛のアン』を足して二で割ったような雰囲気。髪型はしくも私と酷似そっくりです。ぱっつん前髪。揺れる二本の三つ編み。頭には麦藁ストロー素材のつばの大きな帽子。


 完璧なロリータ・ファッションです。見蕩みとれてしまいます。

 私は、やはり女の子の可愛かわいさというものにかれる性質なのでしょう。

 だからと言って、可愛い女の子を恋愛対象に思うことはありません。

 私の恋愛対象は月彦だけです。彼に一点集中しているのです。


「わぁ、すごく可愛い。おばあちゃまが心配するのも分かるよ」

「……」

「この蝙蝠コウモリアイテム、おそろいだね」

「……」

「ドリンク、何を選んだの? よく『フィアンサーユ』に来るんでしょう? オススメのドリンク、教えてよ」

「……」


 月彦の一方的な問い掛けが続きました。

 絶世の美少女は、花のつぼみのような唇を開かないままです。

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