24.少年少女は永遠に咲く


 月彦つきひこのランドセルにローズティー。

 日芽子ひめこのバスケットにサンドイッチ。


 あぁ、自分をと言ってしまいました。

 私は今、それぐらい無邪気で、幼き日に戻って楽しんでいるのです。


 月彦は月彦。日芽子は日芽子。

 今夜は、すべての社会的しがらみから脱却して参りましょう。

 再び真白ましろのベルサイユ宮殿へ。

 カーマインの幔幕まんまくとざされた六角形の秘密の部屋へ。


 ♪日芽子さん、大好き♪ 心はずむメロディアスな告白。

 ♪月彦くん、大好き♪ リフレインします。


 プラットホームで電車を待つ私たちの横を、同じ色、同じデザインの服を着た学生たちが通り過ぎます。その際、月彦と私に一瞥いちべつを投げ掛けて行きました。それは冷笑の視線であると同時に、羨望をたたえた眼差しなのです。


「僕たちが羨ましいんだ。皆、見ているね」


 月彦。

 今夜のあなたときたらゴシック・スタイルの極み。

 ジャンポール・ゴルチエのショーに出演するモデルのようです。


 吸血鬼。

 既に多くのフィールドで使い古された感すら漂う、しかしながら魅力的な永遠のゴシック。


 そでの広がった装飾過剰な白いシャツの上を、蝙蝠模様コウモリもようのコルセットで締め付けまして、その芸術的に細いラインをおおう黒いマント。そして、禁断のレーダーホーゼン。チロルの『少年』も真っ青の黒い半ズボン姿を初披露です。


 浮腫むくみの消えた月彦の足のラインは細く、バンビのようでした。お気に入りの黒い着圧ソックスで締め上げなくても細いでしょう。脂肪の無い膝が何かの鉱石のように輝いて見えます。


 定番の十センチソールが付いた黒靴で闊歩かっぽする『少年』は、頭にミニシルクハットを載せて歩きます。アッシュカラーの髪は鎖骨の辺りで不揃ふぞろいに揺れ、ヲトコでもヲンナでもない、あえて形容するなら、やはり『少年』に最も近い風貌ふうぼうをしているのです。


 ちょっと待って、

『少年』だってヲトコじゃない、と思われるでしょう。

 御尤ごもっともです。

『少年』とはのぞんで成れるものではなく、目指して成れるものでもない。

『少年』にも『少女』にも、のぞんで成れる人は居ない。

 人間の成長過程の呼称なのですから。

 限定された成長過程にだけ用いられる呼称なのですから。


 まれに、その呼称に長々と執着する私のような人間が居ります。私がアノレキシアの月彦にかれるのは、おそらく『少年少女』の年代から未来に進まない畸形きけいめいた百合素質を、持ち続け生き続ける人体の不可思議を、現実世界に透写して見せてくれる人体像ペルソナだから。


 パーフェクトなコーディネート。月彦の手腕は私にもふるわれました。勿体無もったいなくも着付けて頂きました。今夜の私はと申しますと……。


 マドモアゼル。

 吸血鬼に血を提供する名も無きマドモアゼルです。


「エリザベート・バートリーに血を搾り取られる運命に在る少女さ」


 月彦は、そう解説しました。

 世界悪女図鑑に登場する名高きエリザベート。彼女の美貌を保つための拷問器具、その名も『鉄の処女』の犠牲いけにえに成る運命の乙女なのです。


 シンプルな白いワンピース。ウエストマークは高い位置にあり、スカートは座ると円形を描くほど、たっぷりのひだが取られていました。白いタイツに白い靴。血のくれなゐが映えるファッション。


 頭には大きいサッシュのリボンが白百合のように咲くのです。美容院に行くことを横着した黒髪は腰の辺りまで伸びており、月彦が丁寧にかして、シアバター配合のオイルで彩ったお陰で艶々つやつやです。


「さすが日芽子さん。膨張色を着ても膨張しない。軽やかな妖精だ」

「月彦くん。私は幸せよ……何処に行こうとしていたかしら?」


 夢の果てでしょうか。この世の果てでしょうか。

 現実離れした恰好スタイルで、現実の地下鉄に乗る私たち。

 耳許みみもと轟音ごうおんが響いた気がして、地獄の底に引き摺られます。


「オータム・コレクションだよ。日芽子さん、地下鉄に酔うなんて、随分ずいぶんと繊細なんだね。あと一駅すこしだから」


 地獄の季節が終わります。

 電車は目的地に到着して、私たちはチェルシー先輩の待つイベント会場への歩みを進めるのです。




 私の歩みは重く、月彦に介助されてイベント会場に辿たどり着きました。

 ロビーにて、チェルシー先輩が煙草を喫っています。先輩の恰好スタイルも吸血鬼でした。微笑ほほえんだ口許くちもとに、長い牙が見え隠れして、表情が凍り付きました。


「おいでなさいな」


 驚くべきことに、チェルシー先輩は私をお姫様抱っこして、何処かに連れて行きます。


 私の意識は跡絶とだえました。

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