12.日芽子選手は金メダルに散る


櫻井さくらいさん、おめでとう。商品券三千円分を進呈します」


 店長は上機嫌でした。

 私は何を祝われているのか、見当がつきません。


「店長、何が、おめでたいのでしょう」

「店舗に報奨金が出たんだよ。これは推売の神が降臨した結果だね。春の推売コンクールで、特保トクホのコーヒーとお茶を沢山たくさん、売ってくれたでしょう。これからは櫻井さんを推売の女神と呼ぼうかな。瑞月みづきさんも頑張ってくれたけど、櫻井さんには及ばなかったねぇ」


 店長は『従業員の推売グラフ・春季』を、パソコンのウィンドウに呼び出しました。Excelエクセル画面の中、作成された棒グラフが伸びる先、ご丁寧に『金メダル・櫻井選手』とオートシェイプで描かれて、その隣の棒グラフには『銀メダル・瑞月選手』が並びます。

 従業員が、いつのまに選手に成ったのでしょう。


「名付けて『春のメタボリック撲滅・特保選手権』だ。一位には三千円、二位には二千円、三位には千円の報奨金を進呈する。ちなみに銅メダルはオレだよ。褒めて褒めて」


 本日の店長は至って無邪気です。

 正しくは『春の健康食品・推売コンクール』を、独断で『春のメタボリック撲滅・特保選手権』と命名するあたり、スーパーハイテンション。


「店長、このたびは、おめでとうございます」

「うーん、櫻井さん、固いなぁ。でも、接客すると、やわらかくなるんだよね。推売の女神の接客トークに乾杯! もっと喜んでいこう。一位トップだよ」


 一位トップ。小さいファーマシー店舗の中の一位トップ

 何処かの公立中学校で「徒競走一位だぜ」と自慢する、幼稚極まりなかった男子の様子が思い浮かんで、素直に喜べません。私は可愛かわいげのないでしょうか。


 しかし、三千円の商品券は喜んで頂戴ちょうだいします。

 ゼロカロリーゼリーを三十個、買いましょう。

 そうやって店舗へ売上貢献。私は従業員のかがみ


瑞月みづきさん、おはよう。瑞月さんへの報奨金、二千円だ」


 Excelエクセルグラフと私の姿を見比べる瑞月先輩。


「櫻井さん、役得よね。その少女体型と舌足らずなロリータ・ボイスで、随分ずいぶんとメタボ小父様おじさまの心をつかまえた結果、おめでとう」


 言葉のトゲは日常茶飯事。堂々と左手を差し出す瑞月先輩。


「良い勝負をありがとう。戦える相手が居るって幸せよね」


 清々しく言い放ちました。




 瑞月みづき先輩。ダブルワーク、あるいはトリプルワークの女神。

 私など体力的に自信が無く、ダブルループにもトリプルループにも到底とうてい、挑めません。

 あぁ、これはフィギュアスケートの話でした。だって、瑞月先輩はフィギュアスケートが大好きで、レジが暇な際は熱弁されるものですから。


「私、学生時代には、趣味でフィギュアスケートをしていたのよ。ダブルループは難なく飛べたわ。ペアでね、男の子と合わせて跳ぶの。持ち上げて跳ばしてもらうのも気持ち良かったなぁ」


 大好きなスポーツの話をしているときの先輩は、純粋力ピュアネスに充ちています。


「スピンも得意よ。全然、目が回らないの。スピンだけの選手権があったら、私が一位トップになると思う。あのころは櫻井さんみたいに胸の無い体型だった。簡単に持ち上げてもらえたの。今は、こんなに肉厚に成っちゃったけれど」


 先輩は「肉厚」と言いますが、健康的な細さです。お胸は豊満ですけれど、腰や足など細くてスーパーモデルの如く。あっさりと「胸の無い体型」という言葉のトゲを仕込んでくるあたり、強気でした。


 事実、私の胸は成長を放棄しておりまして、男性の身体を志向する月彦つきひこに羨ましがられるばかり。胸部を豊満にする手術は多々あれど、貧弱にする手術は数少ないかと。稀少価値レア・ケースです。それは、さておき。


「ペアは危険と言われがちですよね。お怪我されませんでした?」

「大当たり。推定二メートルから落下して、前歯を折ったの。これは差し歯。綺麗でしょう」


 先輩が歯を見せて微笑ほほえんだとき、お客様が籠を持って精算に来られました。


「いらっしゃいませ」


 私たちの声がそろいます。

 お客様の籠の中には、にきび肌荒れ口内炎に効くビタミンB系のサプリメントと、ピンクの小粒の下剤と、ゼロカロリーゼリーが入っていました。

 この三点から、お客様の健康への心がけを推察して、どの角度からでも推売に持って行くのが登録販売者の仕事。


「おなかの調子をすっきりさせる美味おいしいコーヒー風味の商品がございますよ。ねぇ、櫻井さん」


 先輩は、あえて私に接客トークを投げてきました。

 もう個人の成績を争う『春のメタボリック撲滅・特保選手権』は終わったのです。誰が成果を上げても良い段階で仕事を押し付けて、いいえ、譲ってくださるあたり、非常に先輩らしい。


此方こちら、炭水化物と一緒に召し上がって頂くことにより、オリゴ糖が腸内をお掃除してくれますよ。ゼロカロリーゼリーと一緒に続けてもらうほどに、美肌効果も期待できます。下剤を常用されますと、やがて腸管が麻痺して、おくすり無しでは動けなくなる危険性が伴います。下剤は本当に困ったときの、お守りになさるとよろしいかと」


 お客様が選択済みの商品をすべて肯定しながら、プラスワンという技術点に挑戦する接客トーク。


「コーヒータイプ、良さそうね。頂こうかしら」


 試みは成功して、あっさりと特保のスティック・コーヒーが売れました。

 四点合計五千五百円なり。ありがとうございます。どうぞ、お大事に。


「さすがだわ、櫻井さん。歴代最高の技術点だった」

「いいえ。先輩の投げ方が上手うまかったのです」


 そんなふうに瑞月先輩と私は、切磋琢磨せっさたくましております。

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