10.薔薇も百合も美しく咲く
六角形の小部屋にも届く、けたたましい楽音。
微量のトフィソパムを流し込んだ
『パウダールームに行ってきます』
会場の
ギグの
夜の顔はロリータ限定ギグ。昼の顔はブライダル。
そんな風情を醸す会場。清潔な白無垢のパウダールームは宮殿の如く。
鏡の中にはマダムではなくマドモアゼル。
お化粧を直す彼女たちは、異国のプリンセスみたいなファッションに身を包み、少女で在ることの幸せの渦中に住まうようでした。
そして、鏡に映る私も彼女たちと同列に、幸せそうな少女に他ならないのです。
「キャーッ、
パウダールームを出たところで、思わぬ襲撃を受けました。
美しい、お姉様かお兄様か分からない御方に捕まったのです。
いったい何者でしょう。
「先輩、僕のお姫様に手、出さないでよ」
あぁ、こんな歯の浮くような
「月彦ちゃんも
月彦に「先輩」と呼ばれた人物は、細長い腕で私たちを抱き締めました。
「冗談は
月彦ちゃん。そう呼ばれたのに、
「もう時間だわ。準備しなくちゃ。二十分後に開始よ。見逃さないでね」
「目、覚ましてもらったよ。先輩の魂を僕に刻み込んでおくれ」
意味不明の会話。
まったく読めず
「先輩は、人形みたいな子が大好物なんだ」
「月彦くんの学生時代の先輩?」
「僕の人生の先輩さ」
宮殿風のパウダールーム。仲良きことは美しき少女同士を映す鏡。
麗しき男装の月彦に、マドモアゼルたちの疑惑の目は鏡越しに一瞬そそがれど、たちまち落ち着いたのでした。
大きな鏡の前に並んだ月彦と私。昔話が始まります。
「あれは二十歳を過ぎたころ……と言っておこう。僕がライヴハウスの片隅で煙草を
「つらかったのね。月彦くん、生きていてくれて、ありがとう。ところで、恩人さんは何者かしら?」
「コスプレイヤー兼バンドマンとして活躍中。本業は派遣社員」
バンドマンということは、どうやら男性のようですね。
世の中のアンドロギュヌス的な人々が
月彦に似た男装の麗人が横切りました。
「日芽子さん。目移りしないで。僕だけを見て。僕だけを愛して」
視線が月彦以外に釘付けになってはいけないのです。
月彦を見詰めて、濃密な愛をそそぐ私。眼差しと
誰にも邪魔させない、ふたりきりの世界。
アップルの香りのハンドソープで洗ったばかりの冷たい手。
指を
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