9.女の子というアイデンティティ
カーテンは
心の琴線に触れる内緒話、幕開けです。
「
結婚適齢期を逃す。いかにも、
家庭にて、職場にて、避けて通れない恋愛と結婚の話。
お見合いをしました。合コンに参加しました。
心は
私は欠陥商品なのでしょうか。
月彦には真実を話しておくべきでしょう。
「月彦くん。もう答えを言ってくれたのだわ。女の子。私は今現在、女の子というアイデンティティでしか生きられないのよ。育ってヲンナに成って女性としての輪廻を生きることにね、疑問を感じているの。違和感と言ったほうがいいかしら。月彦くんに選ばれて幸せよ。無理に女性を演じなくていいのだもの」
「……そうか。僕だって同じだ。日芽子さんの王子で居ると、
私たちは同病
いいえ、少なくとも私は、月彦に
既成概念を超越しようとしている純粋な生命体をただ崇めて、その
「月彦くん。私、お
取り皿に、月彦の脳と身体が許す範囲のグリーンサラダを取り分けました。
レタス、トマト、キュウリ。無糖のアイスティーにストローを差します。
「飲ませて。それから食べさせて」
甘えてくる月彦の言うとおりにしました。
『アノレキシアは、一度、優しくしてもらった人に限りなく依存する傾向があり、接する際はミイラ取りがミイラに成らないよう、気を付ける必要がある』
論文で読んだ
はたして、月彦が私を求める気持ちは真実の愛なのか、病が導く精神の形態なのか、その両方なのか。
考えると疲れてしまいます。私は考えることを
無理をしなくても生きていける心のパートナーに巡り逢えたのです。
女の子の
そう信じていたいのです。
月彦は数枚のレタスと、トマトの半月切りを二切れ、キュウリの輪切りを三枚だけ食べました。
「もう満腹だよ」
両手に
常備薬を持参しています。私は鞄からピルケースを取り出して、収納されたトフィソパムの殻を破りました。
「おくすりを飲みましょう。今の月彦くんには必要だわ」
月彦のグラスの水は飲み干されていました。私のグラスには並々と残っています。その水を彼のグラスに、そそぎました。
「効くかな?」
月彦は一日一食しか摂りません。トフィソパムという自律神経調整剤は、一日三回食後に飲む処方で、まろやかな効果の発現を期待できるのですが、一日一回の食後でも、信じて飲むことが大事です。一種のプラセボ効果を得られると期待していました。
「肥らないかな?」
心の安定よりも、身体の肥大を恐れる月彦を
「トフィソパムは三環系じゃないわ。
「日芽子さんの言うことは、信じる。登録販売者さんだけどね、僕だけの薬剤師さん、そして、管理栄養士さんで居てよ。僕を管理して、生かせて」
ギリギリのところで神経の均衡を保つ月彦が、おくすりを飲みました。
彼を介助して、自分の肩に
いつのまにか、爆音と感じられた演目は終わっていました。
館内には、バッハのアリアが低く流れております。神経が休まるメロディー。
ルルルルルルぐぅ。
静かな小部屋で、私の空腹が音を立てました。
「
「いいのよ。私、猫舌なのだから」
私は席を移動して、彼が壁際のソファに身体を伸ばせるようにしました。
目を閉じて横たわっていれば、おくすりの効果は良い具合に表れるでしょう。
ようやく、ボロネーゼとグリーンサラダの夕食を摂る私。
月彦は仮眠に興じるのでした。
私たちは、守られた小部屋に隔離された
この透明な膜に包まれたような時間を、好もしく思いました。
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