8.ドレス・コードは幼子の装い
「
「ありがとうございます。お疲れ様です、店長。お先、失礼します」
退店前の荷物チェックと挨拶を済ませて、お散歩帰りの月彦と合流しました。
「
月彦の選んだ衣裳。それは『トキメキ❤フルール・コレクション』という響きと同じぐらい、気恥ずかしさを感じるファッションです。
重なるフリルとレースが繊細な乙女模様を描く
熟した
「ストロベリー・ミルクティー。日芽子さん、食べちゃいたいぐらいの
コーディネートは苺のフレーバー香るミルク紅茶の甘さ。
幼少時代、ピアノ発表会で着用した衣装を思い出します。
二十五歳にして、禁じられたファッションの遊びへ飛翔。
罪悪感を
私たちは、イベント会場への
通勤通学ラッシュの車内は座席が埋まり、吊り革に
幸せそうなカップルです。
私たちは、何処から見ても誰から見ても、きっと幸福な彼氏と彼女なのでした。
結婚式場を想わせるチャペル風の白い建物。
未知のイベント会場に
「僕は同伴の王子さ。
受付にて、寒気のする
「ドレス・コード、認証致しました。王子様。お姫様。ごゆっくり、お楽しみくださいませ」
丁重に出迎えられ、つられて頭を下げる私を、月彦が遮ります。
「そんなにペコペコしなくていいよ。店員モードは解除だ。僕たち、お客様なのだから」
開始寸前のイベント空間に
外観とは正反対の暗黒なステージ。客電が落ちて、耳を
「激しいな。僕、こういうノリには、ついていけないんだ」
月彦はお散歩で疲れたであろう足を、私は立ち仕事で疲れた足を休めたく、
舞台の様子を映し出すテレヴィ・スクリーンを埋め込まれた小部屋でした。
六角柱型に切り抜かれた小部屋の壁面に、白い革張りの椅子が備え付けられており、真ん中には白い
隣り合い、重たげなベルベットのカーテンの影で
「いらっしゃいませ。ご注文をお伺い致します」
ウェイターが、オーダーを取りに来ます。
「水をください」
メニューを無視する月彦は、水を求めるのみ。
しつこいようですが、彼は当然の如く私が知る限り、病識の無いアノレキシアでして、食べるという本能が欠如しているのです。
「
ウェイターは困り顔でした。私は卓上のメニューを手に取り、即決します。
「ボロネーゼとグリーンサラダ、アイスティーをください。サラダはドレッシング抜きで、アイスティーはお砂糖抜きで、フォークと取り皿とストローをふたりぶん、お願いします」
「かしこまりました」
そんなことをされても
「……がとうね、日芽子さん」
生演奏がカーテン越しとテレヴィ・スクリーンから二重に聴こえて、小さい月彦の声を掻き消してしまいます。私は、ギグの様子を伝える室内のモニターの電源を切りました。
画面の光と音が落ちると同時に、私たちの時間は濃密になるのです。
「ありがとうね、日芽子さん。
月彦は聡い人です。
「どうして謝るの? 私は月彦くんが好き。だから、お付き合いさせてもらっているの。分かるでしょう?」
唇を重ね合いました。
月彦の唇には、ライチ味のゼリーの瑞々しさが、淡く残っています。
「失礼します」
カーテンが引かれます。ウェイターは手際良く注文の品を並べて、端末から精算レシートを切り離しました。
「千八百八十円でございます」
今、精算が必要な様子でした。月彦は、天使ならぬ
「ありがとうございます。追加注文の際は係員に、お申し付けください。ごゆっくり、どうぞ」
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